第5話 記憶からすっぽ抜けちゃったんだよねぇ

「静子は…黙って…あっちへいきなさい」


 恐ろしいほどに低い声の静子ちゃんのお母さんが私を睨みながらそういう。


「嫌。それになんてことしてるの。友達を殺さないでよ」


 その一言を言うと、彼女は手をあげてパシン! と彼女の母の頬をひっぱたいた音がした。

 その拍子に私の首が解放されて、ようやっと思いっきり息が吸えるようになった。


「ゲホッ…カハッ……」


 涙目になりながら息を吸っていると、その隣では母娘がさきほどの重苦しいような真っ黒いオーラはどこへやら。ごくごく普通に喋っていた。そして声も元に戻っていた。


「なっ…反抗期?! そんなのお母さん認めないんだからねっ!」


 涙目になりながら地面に転がった彼女。そんな母を上から睨む静子ちゃん。

 え、ナニコレこの図。


「バカじゃないの母さん。いつまでも私をここに閉じ込めておけると思って?」

「静子ちゃんっ! 考えを正してちょうだい! ここから出てなにかいいことあると思うの?!」

「思う」

「なにもないわよ! 苦しいだけよ!! ここにとどまってれば苦しみは」

「減らないよ」

「!」


 静子ちゃんはそっと、まだ息が上手くできない私へ歩み寄って、背中を優しくさすってくれた。


「どんどん…増えていくよ。あいつらを見てよ…きっといつか…私たちもああなっちゃう。そしてきっと、ずっと終わらない。」


 静子ちゃんはそっと頭を撫でてくれた。落ち着かせてくれた。


「お母さん私、わたし…」


 静子ちゃんは苦しそうな顔をして、自分の母を見つめた。とても悲しそうなその顔は、見ているこっちまで苦しくなるような錯覚がした。


「悪霊なんかになりたくないよ!!」

「…!」

「成仏…したいよ」


 泣き出してしまった彼女を、今度は彼女の母がゆったりと立ち上がって歩み寄って、背中を撫でる。


「そう…」

「お母さんも…解き放ってあげたい」

「…それは、できないかも…ね」

「どうして? どうして私は可能性があって、お母さんはダメなの?」

「だって…あなたは…成仏したいんでしょう? ここから出たいんでしょう? 人を助けたりもできたんでしょう?」


 静子ちゃんは黙って私の方を向いて…そしてゆっくりと頷きながら母の方を向いた。


「…うん。」

「そこが私との違うところなのよねー」


 脱力したようなため息をついた母親に、む~とした静子ちゃん。


「まず、私はあなたを殺したわ…変わっていくあなたがいつか私の元を離れてしまうのではって怖くなって。そして…後悔した。だから私も後を追った。自害したのね。」

「そこから凄かったよね…母さんったら子供を公園に引き寄せては憑りいて殺して…見てよあの数」

「それが、私の罪よ…あの子たちが成仏しないと私も…」


 そして、フウ…と溜息を零した。


「わかった。娘の旅立ち…見守らなきゃ親じゃないわね」


 そして私の方へ歩み寄った。もちろんビクって怯えましたとも? その様子を見て彼女が苦笑したのは言うまでもありませんね。


「あなたも、ごめんなさいね。怖い思いさせて…まぁ、また話し相手にでもなってくれると助かるんだけ「え、遠慮しまふ…」…そう。残念☆」


 今度は静子ちゃんが歩み寄った。いつもの優しい仕草で。優しい暖かい目で、でも若干悲しそうで。


「ごめんね…今まで言えなくて」

「せ、静子ちゃんは…幽霊…だったの? は、はじめから…?」

「うん…」

「し、しんで…たの?」

「うん。ごめんね……騙すつもりじゃなかったんだ。ただ、怖がらせたくなかったの。」


 私は、急に寒くなって…ガタガタ震えだした。


「怖かったよね…ごめんね……」


 いましかない。そう思った。今言えなかったら、きっと私が後悔する……。


「静子ちゃん…私はずっと、会いたかった。話したかったの」


 辺りが寒くなる。暗くなる。怖かった、でも、これだけは譲れないと、恐怖心を振り払って私は彼女の目を見つめ返した。


「あり、がとう! 私と友達になってくれて…!!」

「…!」


 パン! となにかが弾かれる音がした。同時に暗くなっていた公園が一部輝き始めたような気がした。


「あなたがいたから、声をかけてくれたから…私は」

「危ない! 下がって二人とも!」


 静子ちゃんのお母さんが私たちを守るように何かから庇った。見ればその攻撃は、真っ黒い人影からきたもので。

 びちょり…そんな音がして、地面を見れば蛇のような真っ黒い何かがそこに蠢いていた。


「本当、昔の自分を殴りたいわ~」

「母さん、これって」

「私が殺したあの子たち…いつの間にか怨念抱えちゃってたのね~悪霊化してるし~もーいやねー?」

「他人事じゃないでしょ!!」


 パシン!


「痛いわよ静子」

「誰のせいよコレ?!」

「…私ね…ごめんなさい」


 そう言ってる間も黒い彼らはどんどん周りを囲んで。


『『『逃 ガ サ ナ イ』』』


 そういいながら、時々黒いものを投げつけた。


「ねぇ、このさいだから謝るわね? 亜樹ちゃん本当にごめんね?」

「あわわっ…!ゆ、許しますから…これ…どうにかして…!」

「わぁーい♪許してもらっちゃった~♪」


 そして、そんな中でも私はまだ言えなかったことを静子ちゃんへ言うために…声を張り上げた。張り上げなければ…掠れた声しか出なかったから。


「私を…! 救ってくれてありがとう!!」

「え?」


 静子ちゃんは目をまん丸くして…そしてそれからパァアアって笑ってくれて。


「こちらこそ、ありがとう…私のはじめてのお友達は、亜樹ちゃんだったんだよ」


 これで、心残すこともない。

 ここで死んでもいい。そう思った。

 そう思った瞬間、いきなりその場所は光に満ち溢れて──…黒い影はたちまち消え去っていった。

 そばにいた静子ちゃんのお母さんが「あら。お迎えが来たわ!」ってはしゃいで。なんのことかと聞こうと思ったら、静子ちゃんのお母さんはもうすでに消えていた。


「せ、静子ちゃん……消えちゃったよ?」

「うん……よかった」

「あれ?」


 隣にいたはずの彼女も消えていて。

 そうして、探そうと立って前へ一歩歩み出した瞬間転んで。

 起き上がったら…


「あーちゃん? ぼーってなってるけど…大丈夫?」

「え?」


 見ると、そこには消えたと思ってた友達数名がいて。何もなかったかのように砂場で遊んでいた。


「あれ? どーしたの…その傷? 転んだの?」


 彼女が指をさすのは膝小僧。たしかに擦りむいている。傷は大した事なさそうだった。私には、先ほどの出来事は頭から消されたかのように靄がかかっており…首を傾げ、心当たりはないとだけ答えた。


 一通り遊んで、家に帰る。


 帰った早々、驚かれて、それは一体どうしたのだと、鏡の前に立たされた。

 私もギョッとした。全く身に覚えのない、あたかも首を絞めつけられたかのような青い手の形のアザがクッキリハッキリできていたのだ。


 その日から家族が少し過保護になって、私の外出を極度に減らしたのは…言うまでもなかった。


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