第4話 黒い影のいる公園

 まぁ、何はともあれ…彼女のおかげで色々学べた私は、そのまま一年を普通にすごせた。普通じゃなかったけども、前よりかは断然、心に余裕ができていた。

 前はひたすら追いつめられていたから。

 だが、彼女とまた会って話がしたい。どうして急に会えなくなったのか、どうしてあの時、寂しそうな顔をしたのか…

 色々話したかった。お礼も言いたかった。


 しかし彼女とは会えなかった。そのまま、時が過ぎて──…


 ある日、私が数名の友達を誘い、同じ公園で遊んでいると、その友達の一人が聞いてきたのである。


「あーちゃんって、この公園好きだよねー」

「うん。大好き」

「はじめから好きだったのー?」

「ううん。嫌いだったよ」

「へぇ……どうやって好きになったの?」


 その、とても子供の声とは思えない大人の女の人の、冷たい冷たい声に…お腹が冷たくなったような気がした。

 身体がガタガタ震えて、目の前にいるソレを見る事が出来ない。こんな感覚は生まれて初めて…いや…


 いつもどこかで、感じていたモノだ。


「ねぇ…どうやって?」


 じっとりとした、声。ねっちょりとした、視線…

 幼かったころはわからなかったけれど、この冷たく、とても嫌なオーラは殺気だった。そう。幼い子供に向けてはならないような、息苦しいほどの殺気が…自分に放たれていて。


 ふいに、自分の周りにいた友達はいなくなっていた事に気が付いて。もっと怖く感じてしまった。軽くパニックに陥ったと思う。

 同じ公園なのに、同じじゃないような変な感覚。いつも感じている、見ている幽霊たちとは断然違うなにかが、まわりでウジャウジャと蠢いていて。


 顔も見れないような、人型だとわかる程度の…真っ黒い影みたいな者たちがあちらこちら居て。私と、私の前にいるナニカをじっと、見つめている。

 あまりの恐ろしさに身体が硬直して、声もでなくなった。


「ねぇ、わかってた? あの子が自分を犠牲にしてあなたを守ってたってこと」


 あの子?


「ねぇ、あの子の苦しみ…理解できてた? あの子があなたを助ければ助けるほど…あの子が罰を受けてたって…知ってたの?」


 なに…それ…

 そんなの、そんなの私は


「し、らない…」


 声を振り絞って出した一言に、先ほどの殺気が増す。やっぱり殺気を出しているのは…目の前にいるこの


「おばさ、ん…ダレ…?」

「あの子の母」


 静子ちゃんのお母さん…?


「縛られてるのに助けて無茶した…あの子はもう、あなたとは会わない。会わせない…」


 意味が分からない


「な、んで?! わた、し…また会いたい! また、お話しして…いろいろ話して…謝って…ありがとうって伝えたいの!!」


 そう気持ち素直に叫んだ。ずっとたまってたフラストレーションが爆発したのかもしれないし、そうでなくてもただ言えることは、あの時の私は必死だったという事だ。


「まさか…こんなガキが解くなんて…でも」

「ハァッ…! ウッ…うぐっ!」

「赦しはしない……」


 身体の硬直が解けた瞬間に、その静子ちゃんのお母さんが私の首を絞めつけて。この世のものとは思えないような、濁った声で、鬼のような形相で睨んだ。


『お前もあの子とおんなじように殺してやる!!』


 どういう…こと?

 お母さんなんでしょ?

 それなのに…まさか…

 まさ、か……


 え?


 ちょっと…でも待って…


 じゃあ…


 あの子は…


 静子ちゃんって……


「ぁ……ッ」

「しねしねしねしねしねしねしねしね!!」


 そんなこと考えている場合じゃない……! このままだと私は…


 意識が遠のく…


「………ッ」


 声、でないや……


「しねしねしねしねしねしねしねしね死んでしまえ!!」


 手に、ちから…でなくなっ……


『ケタケタケタケタケタケタケタ!』

『死ンデシマエ!』

『ソシテ俺タチノヨウニ ナレバイイノダ!』

『アハハハハハハアハハハハアハハハハハアッハハハ!!』


 けたたましく、周りにいただけの真っ黒い人影は…笑いはじめてそのまま睨んできた。言いながら拍手をしている者もいた…


 喜んでいる…? 死にかけている人を見て……?


 助けて


 誰か、助けて……


 そんな声は出ない。心で叫ぶしかなかった。

 精一杯の私の抵抗は…無意味で。自分はなんの価値もない人間なんだと、生きる価値もないのだと言われた。


 あざ笑われながら、私は彼らの声を聴いていた。とても痛々しくって、歪んでいて、苦しい魂の叫びのような…


 まるで、“自分たちもそうだったから、お前もくればいい”と言っているような気がした。


 ああ、そうか


 きっとあの人たちも…誰にも助けられずに死んでいってしまったんだ。

 でも、だからって他の人を殺したり、恨んだりするのは…間違ってない?


 ああ……


 もう目の前がほとんど見えない。


 そうか…私はここでこのまま死ぬのか……


 それも、アリ…かもしれないなぁ…


 見えてたってなんの得にもなりゃしない。今だってこんな感じになっているし…


 もう、面倒だ。このまま生きるのも、この先こんな感じに生きていくのも……


 もう、いっそこのまま───…


 …──し ん で し ま え ば い い の で し ょ う 


「なにバカな事してんの二人とも」

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