ノンフィクション78% ~1人語りの怪談話~

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ワルガキ小学生、夜の学校に潜入す。

 ワルガキ小学生がする夏のお遊びには、定番があります。

 そうです。夜の学校探索です。

 あれは私が小学五年生の頃でした。

 両親が寝つくのを待って抜け出したので、深夜二時は回っていたはずです。


 私がワルガキだった頃の小学校は大らかなものでした。侵入防止のセンサーがついているのは、校門と一部の扉くらいだったのです。

 ですから学校の裏で友人二人と合流した私は、フェンスを乗り越え、軽やかに小学校の敷地へと侵入できました。無論、校舎の扉は、どこも閉まっています。

 しかし、そこはワルガキ小学生ですよ。

 前日の昼間に、忘れ物を取ると称して校内に潜入、端っこにある部屋に入って、窓の鍵を開けておいたのです。


 私は友人たちを窓の前まで連れていき、得意になって手をかけました。もう楽勝でカラカラ開きます。潜入です。用具室というには手狭で、物も少ない部屋でした。扉の鍵だけはかけなおされていました。

 ですが内に入ってしまえば、障害にはなりえません。


 カチリ。


 廊下に出た私は、手持ちの小さなペンライトをつけました。まだ目が慣れていないので、廊下が暗く感じたのですね。

 長い廊下の壁には、白い給食袋や体育着の入った袋が、ずらっと並んでいました。

 もう大興奮です。気分はスパイで、秘密書類の奪取を狙うヒーローです。スパイなんてただの泥棒みたいなもので、ヒーローなんかじゃありませんけどね。


 とはいえ、首尾よく潜入したとしても、他の部屋の鍵は開いていないわけです。すぐに飽きそうですよね。少なくとも友人二人は、そう思っていました。けれど諦めるにはまだ早いのです。

 潜入経路は残っています。


 私の通っていた小学校の教室には、通気性のためなのか、足元に長細い木製の小窓がついていたのです。一応は真鍮らしきネジ式の鍵もついていたのですけれど、特別な理由がない限り、誰も閉めたりしていませんでした。

 私はダメ元で通気窓に手をかけ、横に押してみました。


 ズリ、ズリ……。

 

 と、建付けの悪そうな音がしました。隙間が少しできていました。

 つまり、通気窓は開くのです!

 もうワルガキたちを止めるものはありません。縦横無尽です。

 あちらこちらに入って回って、ドキドキ体験タイムに突入です。

 当然、普段は入れない部屋を開拓したくなります。


 それは、職員室に入った時でした。

 廊下の先から、ぺたり、ぺたり、と足音が聞こえてきたんです。

 なにせ常なら進入禁止の区域に足を踏みいれていますからね。

 私らは、


 宿直の先生だ! 


 と、身を震わせました。

 いかな浅慮のワルガキ小学生と言えども、住居不法侵入くらいは知っています。

 速やかに脱出したいのですが、なかなか外には出られません。月明かりが差し込む学校は、とても明るかったのです。


 ご存じの通り、小学校の教室というのは、採光をなによりも重視しています。夜目に慣れさえすれば、夏の明け方にも引けを取らないくらいに明るいのです。

 すると友人の一人が、「カーテン閉めれば真っ暗になるんじゃね」と、小声で言いました。私たちは頷き合って、黒い遮光カーテンを引っ張りました。

 失敗でしたね。


 黙って通り過ぎるのを待っていれば良かったんですよ。

 だって相手もまさか侵入者がいるなんて思っていませんし、教室の中まで調べるのも大変ですし、足音の他には虫の声くらいしかしないのですから。

 カーテンレールが、小さな音を立てました。

 

 かちゃ、かちゃかちゃ。

 

 ごく小さな音です。部屋が次第に暗くなっていきます。

 これで見つからないですよね。なんて、甘かったのです。

 足音がこちらに直進してきます。

 やべぇ、と慌てだす私たち。もう時間なんてありません。

 職員室の引き戸が揺さぶられます。四角い覗き窓にはめられた薄っぺらい曇りガラスが、ワシャン、ワシャン、と悲鳴をあげています。


 私たちは音に構わずカーテンを引ききり、腰を屈めました。

 職員室への侵入経路は開いたままの通気窓ですから、見回りの先生が扉から入る隙をつき、入れ替わりに外に出ようと考えたのです。

 なおも扉が揺さぶられます。


 ワシャン、ワシャシャシャン……

 

 響く音が、すさまじいストレスでした。

 先生に見つかったらどうなるのかな。親になんて言われるのかな。もしかして警察に連れて行かれちゃうのかな。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 ふいに、ピタリと、扉が鳴り止みました。

 代わりに足音が移動を始めます。一個ずつ職員室の窓を揺らしています。開くかどうか確かめているんですね。

 

 ガタタ。ぺたり、ぺたり。ガタタ。ぺたり、ぺたり。

 

 私は窓を見上げました。頭上の窓の鍵は、かけられていませんでした。

 建付けの悪い窓が、力任せに引き開けられます。


 ひっ。


 私は息を呑み込み、叫びたくなるのを堪えて、じっと待ちました。

 頭の上に、職員室を覗き込むような気配が現れました。

 遮光カーテンが引かれているので、部屋は真っ暗になっています。しかし廊下側にカーテンはないので、開かれた窓から青白い光が入ってきました。教員用の事務机が光に照らしだされます。


 早くいなくなれ! 


 と、念じて耐えます。

 ガタリ、と覗き込む誰かが窓に身を乗り出しました。ぐるぐる首を巡らせているのが分かります。下を向くなと祈ります。


 舌打ちが聞こえました。


 気配が廊下側へと引っ込みます。窓がスルスルと閉まります。

 ぺたり、ぺたり、と足音が廊下を通り過ぎて行きました。


 安堵です。

 絶体絶命の危機を乗り越えたのです。

 ワルガキ小学生たちは静かに大興奮です。しかしここで騒いでバレたら元も子もありませんから、コッソリ脱出しました。

 その後、休みが明けて、月曜の朝のことでした。


 月曜日は朝礼がありますから、軍隊式の整列をさせられ、ユーモアの欠片もない校長の話に、延々と耐えなくてはなりません。いつもだったら苦行です。

 けれどその日は、少し違っていました。


「昨日の夜、学校の近くで、不審な人を見かけませんでしたか? もし『あの人かな』と思い当たる子がいたら、教室に戻ってから、すぐに担任の先生に教えてあげてくださいね」


 たったそれだけで校長の話は終わりです。とても珍しいことでした。

 皆が口々に「やったぁ」とか「不審ってどゆこと?」とか話していました。

 私と友達二人だけは、「俺たちのことだ!」と静かに興奮していました。

 古今東西を問わず、犯人というのは、捜査状況を知りたがるものです。

 教室に引き上げた私は、担任の先生に聞きました。


「昨日、何かあったんですか?」


 心の内では、得意になっていました。

 先生は難しい顔をして言いました。


「実は昨日、校長室に誰かが入ったらしいんだよ。誰か見かけたかい?」


 私は愕然としました。

 校長室には入っていません。入れるわけがないのです。他の教室と違い、足元に通気窓がないのです。

 そうです。

 あのとき覗き込んできた誰かは、その足で、職員室の先の校長室に入ったのです。

 そしてまた、その誰かは、学校の先生などではなかったのです。


 私たちは授業合間の休み時間に話し合い、昨晩のことを話すべきだと決めました。

 みんなで職員室に向かいます。

 職員室前の廊下の先に、見慣れない服装の人たちがいました。

 青色の制服に、同じ色の帽子。警察官です。校長室の扉を確認しています。

 私たちは大人たちの真剣な顔に怯えて、とうとう話すことができませんでした。


 小学生だった私たちにとって、見知らぬ侵入者など怖くはありませんでした。

 では、怖かったのは何でしょうか。

 私たちが怖がっていたのは、お説教の方だったのです。

 なにせ当時の大人たちは、躊躇なく小学生の頬を叩いたのですから……。

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