第5話 【天才】
アルム君に算術を教えてもらい初めて一年近く経ちました。
彼はもうすぐ3歳になります。
近頃は発音も良くなり、難なく言葉を話しています。
私としてはあの可愛らしい言葉が聞けないというのは悲しいですが、彼の成長は微笑ましい限りです。
彼には算術を教えてもらうと同時に治癒魔法を教えています。
最初はお互いが先生で生徒ということに違和感を感じましたが、今はもう慣れました。
というか今は既に治癒魔法を教えていないので私は先生ではなくなりました。
教えていない理由は簡単です。
教える必要がないのです。
彼はつい先日、治癒魔法を全て覚え、行使できるようになりました。
私が8年かかったものを彼はたったの1年でこなしたのです。
それも無詠唱で。
無詠唱というものは私の知る限り、子供用の本にある英雄譚にしか出てきていません。
今現在で彼を除けば誰も無詠唱という技術を持っていないのです。
彼に無詠唱について尋ねたところ、体の中の魔力の流れを掴むと出来る、とのことでした。
どうやら魔法を使うと体内を流れる魔力を感じるそうですが、私は全く感じません。
仮に感じたところで無詠唱など出来ないでしょう。
何も教えることが出来ない私を、彼は未だに「先生」と呼んでいます。
理由を聞くと尊敬しているからと答えられました。
私のどこを尊敬しているのか分かりませんが、「先生」という言葉の響きは心地よいです。
私が最近感じますが無詠唱も然り、彼は言葉もいつの間にか覚えていましたし、彼には天賦の才が与えられているのだと思います。
天才というやつですね。
そして、この1年間で私にも成長はありました。
彼程のものではありませんが、カケ算というものを教わり、ククというものも覚えました。
今はクク応用して四角の面積を求めるということをしています。
四角の面積の求め方など誰も知らないはずですが、どうして彼はこんなに博識なのでしょう。
少し、その才能が羨ましいです。
=====
〜アルム目線〜
治癒魔法を習得してから1週間程経った。
治癒魔法を覚えるのはそこまで難しくはなかった。
それもこれも無詠唱のお陰だ。
1度詠唱で魔力の動く感覚を覚えると無詠唱で治癒魔法を使えた。
無詠唱様様だな。
アトミーは無詠唱に驚いていたが、俺にはどれほど珍しいものなのか分からない。
無詠唱を使えるようになるまでの経緯を話すと「流石は天才、ということですね。アルム君なら何でも出来るのでは?」と言ってきた。
アトミーは俺のことを買いかぶりすぎだ。
俺は、普通の人よりも少し物知りなだけでアトミーの思うような大層なものじゃない。
まぁアトミーに褒められるというのは嬉しいけどな。
ちなみに、俺が治癒魔法を習得したと知った時のサルガの反応は半端じゃなかった。
喜びの声をあげ、俺を抱き上げると顔中にキスされた。
男にキスなんて吐きそうだが、その時は嫌とは思っても明らかな嫌悪感というものは抱かなかった。
まさか俺には気付かぬ間にソッチの感性が出来たのだろうか。
まぁ、これも体だけなら血の繋がりがあるということが影響しているのだろう。
アトミーはこの1年で九九を覚えた。
途中7の段を覚えるのに苦労していたみたいだが、今は順調に面積の公式を今は学んでいる。
7の段の覚えにくさは異世界であっても共通らしい。
更に分かった事だが、この世界にはカケ算というものがなく、全て足して求めるのだそうだ。
不便な世界だな。
そして、今である。
俺にある問題が立ちはだかっている。
暇だ、暇すぎるのだ。
魔法鍛錬書の詠唱文は全て覚えたし、治癒魔法も覚えた。
唯一の至福の時間はアトミーに算数を教える時間だが、それもアトミーの仕事の状況によっては無くなる。
その上日が暮れてから授業をするから1日の内、たったの2時間程しか教えられない。
最初はエルマやアトミーを手伝おうと思ったが「アルムはあっちで遊んでなさい。これはお母さんがしておくから」と言われてしまった。
一瞬、いや遊ぶも何も俺19歳だし、と思ったが外見は2歳なのだ。
そう言われて当然か。
とはいえ遊ぶと言ってもおもちゃで遊ぶ他ない。
そんなもの遊ぶ前から飽きている。
ということで、ここ1週間程することもなく俺は時間を持て余していた。
さて、今日も暇だな。
今日はどうやって時間潰すか…
あーぁ、他の魔法試してみたいなぁ。
その日も昨日と同じぼやきを心の中で呟いていた。
因みに俺は未だに治癒、つまり光と風以外を使ったことがない。
正直試したくて仕方ないが、場所がない。
外で試そうとも思ったが歩けるようになったとはいえ、外に続く玄関と裏口の扉は他のものより大きく重いため開けられない。
その上、エルマ達に外に行きたいと頼んだが「もう少し大きくなってから村の方を案内するから、それまではダメよ」と言われた。
何故今はダメなんだろうか。
あー、暇だ。
元の世界ならこういう時勉強してたんだがなぁ。
ここじゃ勉強道具すらない。
アトミー、今暇かな。ちょっと行ってみるか。
俺は魔法への期待を早々に捨て、あの可憐な少女への淡い期待を足取りに込めてアトミーの部屋へと近づく。
しかし、その足取りは部屋に達する前に止まった。
なんと、裏口の扉が若干ながらも開いているのだ。
おいおい、これ、遂にきたんじゃないか?
よし、行ける。
誰にも言わずに出て行くのは気がひけるけど、言えば行かせてもらえないしな。
ごめんよエルマ達。俺、自分の欲には逆らえないんだ。
俺は開いている扉の隙間から抜けられることを確認し、一応心の中で謝ってから外に出た。
勿論帰りのことを考えて、扉のところに木の棒を突っ返させた。
今の時間帯ならエルマもアトミーも家事で裏口のことは気付かないだろうしな。
窓から見た時の景色では分からなかったが、家の裏は森になっていた。
杉みたいな木やドングリのような実を付けている木が所狭しとはえている。
そしてその大小様々な木々の中に一本道があった。
それは森の奥の方まで真っ直ぐと伸びていて、先の方は暗くてよく見えない。
うーん、不気味だが行ってみるか…
この道、大丈夫だよな?
危ないところとかに通じてないよな?
行った先に食べると豚になる食べ物を出す屋台とか、ないよな?
不安と共に俺は慎重に歩を進めた。
少し歩くとまだ昼だというのに周りが段々と暗くなってきた。
俺が歩きながら引き返そうか迷いはじめたとき、少し先の方が明るくなってきた。
明るくなるにつれ俺の足取りも速くなり、その光に達すると、そこは開けた丘のようになっていた。
俺の脛あたりまでの草で覆われた広さにして半径50メートルほどの楕円に近い形をした丘は、さっきまでの森の中とは打って変わって清々しい風と日の光であふれていた。
おぉ、広いな。こんなところあったのか。
あ、でも、ここいいんじゃないか?
ちょっと家から遠いけど、魔法を試すにはもってこいの場所だな。
よし、じゃあこれからはここで魔法の特訓するか。
扉を毎度毎度バレないように開けとくのは大変だがどうにかなるだろ。
俺は喉から飛び出そうになる興奮を飲み込み、まず準備運動に久しぶりのウィンドを使った。
勿論無詠唱で、だ。
いつもより興奮気味のせいか魔力の量が多く、強めのウィンドが丘の草を揺らす。
そして、ウィンドを使い終えると幼級魔法から順に詠唱でいたと試してから無詠唱での魔法の行使を試していった。
しかし結局全ては終わらず、土と雷と炎は中級、水は初級のところで魔力が尽きてしまった。
本来この程度では尽きないはずの魔力も、初めて使う魔法への興奮と無詠唱と詠唱を1度ずつ試すせいで通常の3倍程の威力で使ったせいで尽きてしまった。
魔法は威力をあげればその分魔力消費も上がるものなのだ。
因みに言うと無詠唱もただの詠唱に比べて魔力消費が多い。
今日だけで魔力も普通に同じ魔法に使う魔力量の5倍は使っただろう。
うーん、もうそろそろ枯渇か…
1度枯渇すると2週間近く回復に掛かるし、今日は一旦帰るか。
取り敢えず他の魔法も無詠唱でできるみたいだし、
俺はその日はそこで帰り、次の日もまた丘に来た。
しかしその日も全ての魔法を行使するには至らなかった。
これは単に上級魔法の魔力消費量が多いからだ。
その上、上級は1属性でも数が多い。
今日は土と雷は何もせず、風と水と炎を上級まで試した。
例え上級になっても、体を流れる魔力の感覚は明確に伝わり、それを再現、つまり無詠唱で行うことは出来た。
その日も俺はやり場のない興奮と魔力の減りに対しての悔しさを胸に家に帰った。
そして次の日、ようやく全ての魔法を試し終えた。
少しだけ上級雷魔法の無詠唱に手こずったが、結果的には出来たんだし良しとしよう。
そこで俺は、ふと思いついた。
この体を流れる魔力の感覚を自分の好きなように工夫出来ないのだろうか。
今まで再現して無詠唱を出来るようになることだけを考えたきたが、よくよく考えれば出来るような気がする。
思いついてからの俺の行動は早い。
ものは試しが俺の座右の銘なのだ。
早速ぐるぐると体を血液のように流れる魔力に意識を集中させる。
使うなら取り敢えず使い慣れている風魔法だ。
竜巻をイメージして、魔力を右手のところでぐるぐると回す。
数秒のうちに加速度的にその回転の速さと威力は増していく。
そして抑えていられる限界に達し、俺は右手を前に出した。
「
思わず勝手に言葉が飛び出て、俺のその言葉と同時に魔力は魔法として顕現した。
風のため目視できないが、丘に生える草や森の木々がその威力を証明するかのごとくざわめいている。
草に至っては引きちぎれていれ、空中で舞っていた。
ピシッ、ピシビシ、ミシミシ、バゴッ
俺が予想以上の威力を見せる名無しの魔法に感嘆していると、その魔法のある下辺りからおかしな音がした。
よく見ると地面が抉れ、土の塊が宙に浮こうとしていた。
そしてその土塊はぐるぐると回りながら螺旋のような軌道で浮きだすと、少ししてからドサッという音と共に丘に降り積もった。
緑の中にまばらにある茶色の土を見て俺は確信した。
魔法は創意工夫次第では何でもできる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます