第4話 【アトミー・ターミシルとアルム・ガルミア】

 



 俺は昨日2歳になった。



 ようやく俺は言葉を話せるようになった。

 といっても、サ行はまだチャ行になってしまう。

 例えば、「よろしくお願いします」と言おうとすると「よろちくお願いちまちゅ」となる。

 周りからすれば微笑ましいのだろうが、俺としてはただただ恥ずかしい。





 ちなみに、こちらの世界にも誕生日を祝う慣習はあり、昨日はちゃんとお祝いの場があった。

 エルマ達はお祝いをしてくれて、俺にカラカラと音のなるハンマーのような形のおもちゃをくれた。

 正直、プレゼントは全く嬉しくないが楽しそうにお祝いしてくれることが嬉しかった。

 特にサルガは、異常なテンションの高さでお祝いしていた。


 最近わかったんだが、サルガは俺にベタ惚れだ。

 事ある毎に俺を褒めるし、たまにある休日はずっと俺といる。

 サルガは親バカまっしぐらだな。




 魔法に関してだが、この半年で詠唱文だけなら光と闇を除く5属性は上級まで暗記した。

 風魔法だけは唯一家の中で使えるため、家が壊れない中級までは試してある。

 この半年で魔力量は格段に上がり、ウィンドなら2、3時間は使ってられるだろう。


 そして、俺は新しい技能を身につけた。

 無詠唱だ。

 心の中での詠唱ではなく、本当の意味での無詠唱。



 これを身につけたのは1ヶ月ほど前になる。

 大体の魔法は覚え、やることがなくなってきた時に思いついたのだ。


 毎度毎度、心の中で詠唱すると魔力が体の中を動く感覚がある。

 それを、詠唱無しでイメージすることで再現しようとした結果、出来た。

 たった1回試しただけですぐに出来てしまった。

 1回出来てしまえばこっちのもの。

 1ヶ月で風魔法だけは無詠唱で使えるようになった。

 早く他の魔法も試してみたいものだ。




 さて、俺は今、あのアトミーの部屋にいる。

 いい匂いのあの部屋だ。

 本来なら息をするためにくるこの部屋だが、今は違う。

 アトミーに勉強を教えてもらうためだ。

 何故アトミーに勉強を教えてもらうのか。

 ことの起こりは昨日のお祝いの場だ。




 その日、俺とアトミーには果実か何かを絞った甘いジュース、サルガ達には酒が出されていた。

 最初は俺にお祝いの言葉を言ったりして、和やかな場だったのだが、日が落ちて夜になるにつれ、段々と荒れてきた。


 特におかしかったのはサルガだ。

 彼は俺の誕生日ということと酒が入ったことであられもない姿で1人踊っていた。

 それをみても咎めないエルマも中々に酒が入っていたのだろう。



 サルガのよく分からんうめき声にも似た歌がBGMのようにきこえるなか、エルマが唐突に言いだした。



「そうだ!アルマは今日からお勉強をしましょうよ!アトミーちゃんはいい先生になるし、勝手に言葉を覚えたアルムなら今からした方がいいと思うわ!」


「私は構いませんが…アルム君はいいんですか?」


「僕でちゅか?僕とちては、是非アトミーに教えてもらいたいでちゅよ」


「ほら!なら決まりね!アトミーちゃん、アルムのこと頼んだわよ!」



 ということだ。

 今思い返せばエルマは相当酔ってたな。

 あまり俺の両親には酒を飲まさない方がいいかもしれない。






 そして今アトミーがアトミー先生となって、俺と机を挟んで椅子に座っている。



「ではアルム君、これからお勉強をしていこうと思います。よろしくお願いしますね」



「はい、アトミー先生ちぇんちぇい




 俺がそう答えるとアトミーは頬を赤く染め、嬉しそうな顔をして頷いた。

 先生という言葉が気に入ったんだろう。

 こういう何気ない表情がアトミーは可愛いな。


 それにしても、この世界での勉強ってなんだろうか…

 あの時は勢い、というか下心で答えてしまったが、よくよく考えれば教えてもらうことがないな。



「ではアルム君、今日からしばらく算術を教えていこうと思いますので頑張ってくださいね」


 そういうと、アトミーは自分の服のポケットから石を5個程取り出し、並べた。

 そして一列に並んだ石を2つ手に取り、1つを俺の手の中にいれた。


「アルム君、今あなたが持っている石の数はいくつですか?」


「一つでちゅ」


「それでは私の持っているこの石を、あなたに渡します。さぁ、あなたの持っている石はいくつになりましたか?」



 んん?まさか、足し算からか?

 いや、まだ俺は2歳だぞ、そりゃそうか…

 うーん、アトミーとの授業ほど魅惑的なものがないとはいえ、俺は他に習いたいものがあるんだよなぁ。



 そう、俺には習いたいものがある。

 それは、治癒魔法だ。

 俺が生まれて初めて見た魔法である。

 いや、厳密には17年と数ヶ月の中で初めて見た魔法か。

 俺は2度生まれたことがあるからな。



 治癒魔法とは、魔法の属性の中では光に属する。

 だが、光と闇の魔法に関しては魔法鍛錬書には載ってない。

 だから俺は、ずっとこの2つに関して気になっていたのだ。

 まだ俺が5属性の魔法を使えることは誰も知らない。

 教えていないのは何となく教えてはいけない気がするからだ。

 まぁ、ただの勘だがこういうものは馬鹿にできない。




 うーん、いきなり治癒魔法を教えてくれとは言えないな…

 よし、とりあえず軽い計算が出来ることを伝えよう。

 そこからの流れでなら教えてもらえるかもしれない。

 じゃあ、軽く二次方程式の問題でも解いてみせるか。

 俺は、その考えが大きな間違いだとは気づかなかった。




「先生、あの、僕は算術は出来るので、治癒魔法を教えていただけまちぇんか?」




 まず俺はそう切り出すと、アトミーに訝しげな顔をされた。

 まぁそりゃそうか、2歳なんだし不思議に思われて当然だな。



 ということで、とりあえず実力を見せるために俺は、軽く二次方程式を解いてみせた。


 すると、アトミーはそれはそれは驚いた顔をして俺の書いた式をまじまじと見た。

 俺の手ではまだ上手く文字を書けない。

 そんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだけどなぁ。



「あの、アルム君、この文字とこの式は何ですか?」



 アトミーは驚いた顔のまま俺に聞いてきた。



 んん?何ってどういうことだ?

 あ、そうだった…

 前の世界の知識はこっちに当てはまらないんだった。

 また忘れてたな。

 分かってもらわないと俺がこの式を解いた意味もないし、説明するか。

 前ならめんど臭くて仕方なかったのに何で今はそう思わないんだろうか。

 アトミーが相手だからか。

 俺はアトミーになら何でもしてあげられるな。




 そこからは立場が逆転。

 アトミーは、俺が式の文字の意味や理屈を優しめに説明すると1つ1つに「おぉ!」とか「成る程…」と反応をみせた。



「分かりました。明日から、治癒魔法を教えましょう。また明日、同じ時間に私の部屋に来てください」




 全ての説明が終わると、アトミーはどこか悲しげな顔をこちらに向けて言った。

 そこで俺はやっと気づいた。



 あぁ、やっちまった。

 二次方程式なんて難しすぎたんだ。



 アトミーにだってプライドがあるはずだ。

 それを2歳の子供に算術で負かされたとなれば、落ち込むだろう。

 しかも先生なんて呼んできた生徒に、だ。

 俺はおちょくって先生なんて呼んでた訳じゃないが、そう捉えられているかもしれない。



 あぁ、アトミーに嫌われる。

 元の世界でも俺は相手の気持ちってのに鈍感なんだよな。

 一応治癒魔法は教えてくれるらしいが、アトミーからの視線が痛いだろうな…

 俺は本当に馬鹿だ。



 次の日、俺は謝罪の言葉を考えてからアトミーの部屋に行った。

 こんなにアトミーの部屋に行くことを苦しく思う日が来ようとは。

 自業自得ではあるが。



失礼ちちゅれいちまちゅ」




 俺は扉を1度ノックしてからそう言って、中からの言葉を待つ。



 よくよく考えれば俺のこの言葉使いも、まともにサ行すら言えてないしふざけていると思われるかもしれないな。

 はぁ、自分が憎い。



「どうぞ」


 中からアトミーの声が聞こえ、ドアを開ける。

 キィィとドアの軋む音がやけに耳に残った。


「あの、先生、昨日のことは…」


「いえ、アルム君、大丈夫です。アルム君は1人で言葉も覚えました。誰も教えていないはずの言葉を1人で、しかも敬語まで使える天才です。あなたなら昨日のあれくらい出来て当たり前なのでしょう」



 アトミーはどこか諦めたような、そんな顔で俺の言葉を遮る。

 言葉の節々からアトミーの感情が垣間見え、その瞳に渦巻く感情は俺には察して余るものだった。





「それでは、アルム君、始めましょうか」




 そうして、アトミーは俺に治癒魔法を教えはじめた。

 俺は、ただひたすら一生懸命聞くことしか償いが思い浮かばず、五感すべてをアトミーに注いで授業を受けた。



 授業は大体3時間くらいだったか。

 元の世界でなら3時間なんて余裕だったのに、限界まで集中したことと、アトミーのことで俺は疲れ切っていた。


 授業が終わり、部屋を出ようとドアノブに手をかけた時だった。



「あの、アルム君。本当に出来ればでいいのですが、私に、その、算術を教えてくれませんか?」



 その声に振り返ると、アトミーはどこか悲哀な、それでいて綺麗な顔で微笑んでいた。

 その言葉に、頭の中でモヤモヤとしていたものが全て吹っ飛び俺は即答した。




「はい!是非ともお願いいたちまちゅ!」




 それから数日、アトミーは時折悲しそうな顔を一瞬覗かせることがあったが、エルマ達の慰めもあってか次第に元気を取り戻した。

 お互いが先生で生徒という立場も馴染んで来て、俺の治癒魔法もアトミーの算術も順調に進んだ。



 しかし、今回は大事に至らずすんだから良かったが、アトミーを悲しませることをしてしまった。


 俺はアトミーのことが好きだ。

 それがどういう好きかははっきりと分からないが、大事にしたいと思っている。

 しかしこれから先、今回のようなことはあってはならないのだ。



 俺はそのことを胸に刻み、今日もアトミーの部屋の扉を開けるのだった。

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