第3話 【ファンタジー世界〜其のニ〜】
魔法を知ってから数日経った。
頭の方は問題無さそうだが、いきなりのこと過ぎて全然ついていけない。
とりあえず、この世界には魔法が存在することは分かった。
まぁ髪色も奇抜だし、名前もキラキラしてるし、いわゆるファンタジーな世界なんだろう。
でも、ファンタジーな世界なんだったら、あの馬(笑)もユニコーンとかにしてくれればいいのにな。
まさかアレをユニコーンとかいうんじゃないよな?
うーん、この世界は奥が深そうだ。
魔法なんてのも興味があるしな。
=====
さらに1年が経った。
俺はついに歩けるようになった。
つかまり立ちというのは出来ていたのだが、歩くというのは中々出来なかった。
歩けることにこんなに感謝した日は無かっただろう。
ハイハイよりも速いし、体力をあまり使わなくていいから移動距離も伸びる。
そうだな、大体一輪車と自動車くらい差がある。
俺は歩けるようになったことで更に活動する範囲を広げた。
2階にもようやく行けるようになった。
2階には部屋がいくつかあって中には生活に必要なベッドだとかそういう必需品のみが置いてあり、簡素なものだった。
また、誰も使っていないからか生活感が全くない部屋ばかりだった。
しかし、その中で唯一生活感のある部屋があった。
アトミーの部屋だ。
少女の部屋に無断で入っていいものか迷ったが、よくよく考えれば俺は赤ん坊だ。
咎められることはないだろう。
ということでアトミーの部屋に侵にゅ…いや、失礼した。
中は女の子らしい、という感じではなかった。
それでもアトミーの服なども壁に掛けてあるため、簡素ではない。
それに、部屋の中はいい匂いがした。
最近俺が成長したせいでアトミーは俺を抱き上げられなくなった。
そのせいで俺はアトミーの何とも言えない甘い匂いを嗅げなくなってしまった。
そこ、変態呼ばわりしない。誰でもアトミーと過ごしてしまうと、惚れてしまうんだ。
それほどに美少女なのだ。
久しい匂いを思い切り肺に溜めてから、俺はアトミーの部屋を後にした。
もう1つ俺は成果がある。
それは文字の会得だ。
1年間ハイハイで色々なところを回っていたある日、俺は書斎のような部屋を見つけた。
中には本棚があり、辞書のような分厚い本から絵本のような薄い本まで、大量の本が所狭しと並んでいた。
俺はここで、初めてこの世界の文字を知った。
習得にはあまり時間はかからなかった。
この言語の文法の形式が英語と似ていたからだ。
大体見つけてから半年で読み書きができるようになった。
まぁ読むと言っても発声は未だ出来ないから黙読なんだけどな。
更に、歩けるようになったここ2週間の間に重要な本を見つけた。
魔法の本だ。それも10冊近くある。
今までハイハイだったため手が届かなかった絶妙な位置にその本たちはあった。
それらは、本というより単語帳みたいになっていて、1つ1つの魔法の名前、効果、そして詠唱文が載っている。
詠唱文である。つまり、そう。
魔法は詠唱しなければ使えない。
つまり今の俺には使えないってことだ。
なんたって、言葉を話せないんだからな。
最初は俺も落胆したが、よくよく考えれば今の内に詠唱文を覚えておけば、俺でもいつか使えるということだ。
さて、ここで魔法のルールについて説明をしておこう。
魔法とは、体内の魔力を詠唱によって消費し、何かしらの影響を及ぼさせるものである。
魔力とは、もともと体内に蓄積されていて人によって量が違うが鍛えることで増やすことが出来る。
また、魔力には7系統あり、炎、水、風、土、雷、光、闇がある。
例えば、治癒魔法ならば光の分類に入る。
そして、魔法は威力によって幼級、初級、中級、上級、優級、真級、魔級となっている。
と、まぁこんな感じか。
こういうのはラノベだとかゲームの中でしか見たことがなかったが、いざやろうとしてみるとワクワクするものだ。
この本を見つけてからの2週間、俺は詠唱文をひたすら暗記している。
俺の暗記の仕方は、暗記する対象物を繰り返し見ることだ。
そうして写真のようにイメージで覚えていく。
この方法には「繰り返し」というところがポイントになってくる。
1度、集中して見れば大抵覚えられるのだが、長い間は覚えていられない。
だから、繰り返し見ることで記憶を定着させていくのだ。
元の世界で英単語を覚える時もこの方法で覚えていた。
本を見つけてから俺は、毎日密かに書斎に通っては詠唱文を覚えている。
既に一冊分は覚えたが、この一冊は幼級魔法についてのもので、詠唱文の量も少ない。
そして今日からは初級魔法の暗記だ。
しかし、俺は思い留まった。
今までひたすら見て暗記してきたが、読んだことは1度もない。
読むと言っても心の中で、ということになるが、実はそれでもこと足りる気がする。
まぁものは試しだな。
よし、それじゃあ風魔法のウィンドで試してみるか。
(風の神よ。旋風を起こし、全てを散らせ。ウィンド!)
右手を前に出し、心の声が詠唱を終える。
すると、体の中から生気のようなものが右手に集まっていくような感覚と共に、集まったエネルギーが1度手のひらの中で渦巻いてから離れていった。
離れたエネルギーは風となり、扇風機の「強」ぐらいの風が手を出した方向へと吹いた。
おぉ、おいおい、出来ちゃったよ。
これが魔法ってことでいい、のか?
ていうか心の中とはいえ、詠唱すんの恥ずかしいな。
ウィンドとか言っちゃったよ。
そういや、中学生の時にこんなこと言ってる奴居たな。
あいつ、恥ずかしくなかったんだろうか。
俺が恥ずかしさに身悶えしている間も右手から魔力であろうエネルギーが抜けている。
え、ちょっと、これはマズイんじゃないか?
どうやって止めるんだよ。
これ出し過ぎると死ぬとか、ないよな?
あ、なんか疲れてきた…枯渇し始めてるのか。
あぁ、目眩がする…
えっと、魔法の止め方は…
そこまで考えたところで、俺の意識は暗闇に飲まれた。
俺が目を開けると、1年以上見てきた見慣れた木の天井がぼやけている視界を埋めた。
体を捻り、起き上がろうとすると妙に体がだるい。
確か、魔法を使って、止められなくて倒れたんだったか…
魔力って枯渇すると気を失うんだな。
まだ眠気の抜けていない体を起こし、目をこする。
だんだんとぼやけていた視界がクッキリとしてくる。
すると、ベッドの横に立っている青い人影のようなものの姿もはっきりとし始める。
アトミーだ。
彼女は心配そうにこちらを覗き込みながら、小さな口を開いた。
「アルム君!体は大丈夫ですか?私が誰か分かりますか?丸1日眠っていたのに起きないから心配しましたよ…もう目を開けないのかと思いましたよ。良かった、起きてくれて」
アトミーは俺が答えられるはずもないのに、1人で話す。
それだけ、心配させてしまったということだろう。申し訳ない。
それにしても、丸1日か…
随分と寝てたもんだな。
確かアトミーが枯渇すると回復までに時間がかかるとか言ってたけど、まさかこんなにかかるとは。
次使うときはちゃんと魔力量も考慮しないとな。
とりあえず俺は、涙目のアトミーの言葉に頷きながら、頭を撫でた。
途端、部屋の扉がバン!と音を立てて開いた。
俺は、驚いて扉の方向を見た。
まさか、アトミーの頭を撫でたから今から天罰が下されるとかじゃないだろうな…
しかし、俺の根拠のない不安はすぐに消え去った。
何故なら、扉のあった場所には心配と焦りと期待の混ざった顔をしたサルガが立っていたからだ。
「アルム‼︎起きたのか‼︎体、大丈夫か?あぁ、心配したんだぞ?良かった…あぁ、良かった」
サルガが俺の方に駆け寄って来た。
俺の体をペタペタと触り、最後にギュゥッと抱きしめられた。
あまりに強く抱きしめられて痛かったが、この痛みの分だけサルガの心配が伝わってくる。
正直、サルガやエルマには「親」という感覚を持っていない。
サルガに関しては、元の世界で俺に父親が居なかったことも理由の1つだろうが、こうやって心配されると愛されていることを実感する。
母さん、元気だろうか…
久しぶりに母さんの顔が見たい。
あまり後悔とか悲しんだりしていて欲しくないな。
その日の夜、今に至るまでの状況が理解出来た。
まず、俺は魔力枯渇で倒れてから丸1日寝ていた。そして、俺の容態を見るためサルガは仕事に行かず家に居たらしい。
エルマは、俺が起きた時、丁度村の方に俺のために果物を買いに行っていたようで、夕方ごろ家に帰ってきた。
エルマもサルガと同じように俺を力強く抱きしめ、泣いていた。
この2人は、本当に優しい両親だな。
俺が2人を親だと認識できないことに罪悪感を感じてしまう。
それにしてもこの世界、魔法に馬?に髪色に、本当にファンタジーな世界だ。
俺は、異世界でも暖かみのある人達の存在に静かに感動しながら、胸の奥から溢れ出そうになる魔法への興奮を抑えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます