第4話

 それから、わたしは彼のねぐらに通うようになった。朝早く彼のねぐらに出かけ、二、三日狩りについていき、街に戻る。そんな生活を続けた。彼はもう非協力的な所は見せず、むしろ進んでわたしに怪物のことを教えてくれた。幾つかの情報はまだ研究者でも知らないことで、わたしを興奮させた。


 彼は街にはあまり寄り付かなかった。一月に一度ほど、ふらりと街に寄り、物資を交換してまた戻っていく。本当ならばそうした取引も、彼は絶ちたいのだと思う。荒野に居る時の彼は、生き生きとした表情を浮かべているけれど、街に近づくにつれてその顔はどんどん厳しくなる。だが、完全な自給自足は難しい。文明から外れた生活をする部族でも、交易を通じて他の集団と関わっている場合がほとんどだ。バルクロックもある程度は交易に依存せざるを得ないようだった。


 夜、一緒に焚き火を囲みながら、わたしたちはとりとめのない話をした。

 バルクロックの一族はすっとこの一帯に住んでいた。バルクロックは若い頃一時期ここを離れて暮らしていた時期があるそうで、それから戻ってきて祖父の後をついだのだという。


 彼は墓も見せてくれた。大きな岩山に裂け目が有り、そこに死体を投げ込むと彼は言った。この岩山がそのまま彼らの墓標となるわけだ。隙間を覗くと、地の底まで続いていそうな細い闇が広がっていて、くらくらした。


 わたしも自分のことを語った。ドラゴンが好きで、生き物のことを勉強したこと。大学に行っていい成績を収めて、国に召し抱えられたこと。女の子が大学に行くことについては随分と反対されたけれど、業績をあげて皆を納得させたこと。

 曽祖父の地元にある、ドラゴンの頭骨についても語った。頭骨だけになってもそれはとてつもなく大きくて、そして恐ろしいこと。


 彼と過ごす時間が長くなるに連れ、彼の色んな面に気がついた。ぶっきらぼうな所はまだあるが、意外と笑顔をみせることもある。不器用だけれど、思いやりもある。

 獲ったものは必ず分配し、決して独り占めはしない。危険な怪物に出会った時は、必ずわたしの前に立ち、何も言わずにわたしのことを守ってくれた。


 彼は、本当の自分は素晴らしいものなんかじゃないと言った。それは本当だと思う。彼が戦う時や狩りを見せるときに見せる姿は凶暴そのもので、限りなく怪物に近い。


 でも、そうでない時の彼は、思慮深く、明朗で、今まで見たどんな人より人間臭かった。矛盾するようだが、それは両方とも彼を構成する要素なのだとわかり始めた。いつも主人やその子供に対して優しく振る舞う大型犬が、家族に危険が迫るととたんに牙を向き己の命を捨ててまで戦うように、思いやりにあふれた優しい心と、凶暴な怪物の心が合わせ金のように混ざりあって一つの人格を構成していた。


 満月の夜に求愛のダンスを踊る蛇がいるというので連れて行ってもらったこともある。

 月明かりの下で踊る蛇の集団は、幾何学の問題が生きて動き出したみたいに統一された動きを見せて、なんとも幻想的な眺めだった。

 ここには驚くほど沢山の怪物が生息していた。注意してみなければ見逃してしまうけれど、一度慣れてしまえばありとあらゆる凶暴な怪物があちらこちらに潜んでいることに気がつき、驚かされる。


 バルクロックとわたしが出会ったフォルトという生き物について大学に知らせた。見たこともない怪物が居ると報告すると、標本を送って欲しいという手紙が届いたので、バルクロックの体から抜き取ったフォルトの爪を送ることにした。

「怪物というのはなんでこんなに凶暴なんだろうな」

 梱包されたフォルトの爪をしげしげと眺めながら、バルクロックが呟いた。


「それは簡単ね。強くなければ生き残れないから。だから凶暴でより強い怪物が生き残ったのよ。自然的な品種改良の結果ね」

「ふぅん、人間も、どんどん強くなっていくのかな」

「さあ、どうかしら。人間はお互いに協力することで、大きな力を手に入れたから、これ以上は強くならないと思うわ。人間がドラゴンを駆逐したのは、その組織力によるものですから。どちからというと、もう強いの。多くの生き物の絶滅という点で考えると、人間はこの世界で最もタチが悪い怪物ね」

 バルクロックは解ったような解らなかったような顔をした。


 しばらくすると大学から返事が届いた。あの爪は今まで誰もみたことがなく、記録にも残っていない。おそらくは未知の種だろうということ。またフォルトという名前の怪物は数百年前に何度か言及されているので、バルクロックの言うとおり長期的な休眠を取るタイプの怪物なのかもしれないとのこと。


 その他、少しうれしい手紙も同封されていた。

 新種の怪物を発見して報告したことと、わたしの命を救ったこと、その2つに対して、バルクロックへの感謝の手紙がついてきたのだ。

「バルクロック! やったじゃない。感謝状よ!」

 彼のねぐらに行って手紙を見せると、バルクロックはかなり照れた顔をして「感謝されるなんて、めったにない。もらったって読めないけどさ」と言った。

 わたしは彼のために、その手紙を読んであげた。バルクロックは真剣な目で手紙をみつめながらわたしの声に耳を傾け、聞き終わると不器用に折りたたんで大事にしまった。


 ふと思い立ってわたしはその手紙に、わたしからの感謝の言葉を書き加えた。いつもありがとう。あなたがいてくれて本当に助かっている。という内容だ。バルクロックは、わたしの書いた部分を何度も指でなぞりながら喜んだ。

「ここに、今言ったのが書かれているのか」

「そうよ」

「手紙ってのは面白いなぁ。ここに素敵な言葉が詰まってるのか」


 彼は手紙を気にいったようで、早朝、わたしが目を覚ますと、焚き火の残り火を頼りに熱心に手紙を眺めるバルクロックの姿を目にすることが何度かあった。その度にわたしは邪魔してはいけないと思い。寝たふりをした。

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