第二話 封鎖された雪都(2)五芒星の都・妖鬼退治

 03 五芒星の都・妖鬼退治


 ★


 ぬばたまの闇が漂う時刻。

 かくして同乗していた者たちが四方八方に散っていった後、取り残された蒼人たちは雪都を見渡せる高台の上に昇った。


「きれいやなあ」

 大之木が、雪都の明かりを視界に入れるなり感嘆の声をあげた。

「・・・・・・そうだね。まさに雪あかりだ」

 深雪が小さく頷く。

 秋の雪都には、既に雪が点在していた。

 北国雪都は、北海道の東部に位置する五茫星の形をした都である。

 広大な農村地帯に囲まれた人口の少ない都市であり、その独自の文化は、遠く水都や星都でも愛されている。

 よって、封鎖令が発表された三日前には、各都市の市民たちから雪都の現状を憂える声が後を絶たなかった。

 事情が何ひとつ分からぬまま、なされた封鎖令。

 ツクヨミと思われる妖鬼、いや神の企てが解らないままに、蒼人たちは雪都をめざして歩を進める。



「で、どーすんだよ、深雪」

「他力本願だねえ。思慮ってものも身につけてよ。あーあ、琥珀だったら、いつも的確な助言をしてくれるのにな」

「女に頼ってんじゃねーよ、情けねー奴だな」

「あれ。そんなこと言うの。人のこと言えないでしょ。蒼人くんこそ、女の子たちに凄く弱いじゃない」

「うるせえっ! お、俺は別にっ。ていうか、おまえ、同盟の盟主だろうが! おまえが作戦立案するのが常道だろ!?」

「僕の命令は聞きたくないって、いつも言うくせに」

「それとこれとは」

「関係あるよ。とにかく名案、良案、卓抜かつ奇抜なアイデアまで何でもいいんだけど。スサノオ、何かない?」

「俺に振るか」

「だって。相手は君の兄貴だよ。僕、この北海道に上陸してわかったんだけど、間違いなくツクヨミがここにいるよ。あいつの気配がぷんぷんするもの」

「それは俺も感じていた」

 姉弟の会話に、蒼人が首をひねる。

「へえ。そういうものか。俺は何も感じねーよ」



「同族同士だと、やっぱり気配ってわかるよ。ツクヨミの奴、それでも一切、僕の呼びかけに答えようとしない。これはツクヨミが関与してることは決定だね・・・・・・」

 一応、深雪は自分の弟と争うことになるのに心を痛めているのかもしれない。別の黒幕なり実行者が居てほしいという気持ちを拭い去れないようだ。

 それは親族として致し方ないことなのだろう、と蒼人は横目で深雪を眺めながら思う。

 アマテラスも人の子というか。神でありながら、同時に人間なのだから。

「おい深雪」

「ん? どうかした? ああ、帰りの船は十日後だから、十日以内に何とかしないと雪都から出られなくなりそうなんだけど。ぶっちゃけ僕だけなら海を越えられるけど、君たちまで運ぶのはちょっと難しいっていうか」

 蒼人の頭が少々、痛くなる。

「おまえ、万能ってわけじゃないんだな」

 深雪がわずかに口を尖らせる。

「そりゃあ僕は、全知全能とは行かないよ。それに、言った通り同族とは力が拮抗してるから、圧勝できるってわけでもない。言いたくないけど、君の妖鬼退治の腕前は必要だ」

「ふん」

 蒼人は鼻を鳴らした。腕前を買われて、内心、悪い気はしなかった。



 雪都を象る五茫星の中央には、国主が統治する議会がある。

 国主の邸宅も議会のそばに建てられていた。

 雪都の現在の国主の名は、宮兎渉みやとわたるという。

 深雪は、その宮兎なる男に目通りがしたいと言い出した。

「は? 国主といえば都のトップだぜ」

「わかってるよ」

「おまえ。なまじ神なもんだから、人の序列ってもんが麻痺してるよな」

「じゃあ国主に会えないわけ? 会えるでしょ。ねえスサノオ」

「・・・・・・姉上は昔から、無茶を仰る方だ」

「君ほどじゃないよ」

「言っておきますが、俺は」

「あー、やめろってっ。じゃなくて国主へのアポイントメントってどうするんだよ!? 大之木、知ってるか?」



 実務に関しては一番、頼れそうな大之木に蒼人は話を振った。大之木はしばらく黙考してから、一つ咳払いをこぼして答える。

「せやな。・・・・・・って深雪はんも人が悪いわ」

 大之木の返答に深雪が口の端をつりあげる。

「ふふ。わかった?」

「そりゃもう、俺の情報を買って下さっとるのは深雪はんやろ。各都市の国主にコネがあることくらい、記者連盟では周知の事実やで」

「そんなに知られてるんだ。それは失敗してるなあ。僕は極秘で活動したいんだけどね」

「よお言うわあ」

 深雪と大之木の会話に置いてけぼりをくらい、蒼人が怪訝な顔で訊ねかける。

「何だあ? 各都市の国主にコネ? そういう事は早く言えよな・・・・・・」

 しかし深雪は満面の笑みを浮かべている。

「直通の連絡方法もあるんだよ。だから雪都に来さえすれば、国主に会って、こんなことになった理由を聞けるはずなんだ」

「なんやあ。全然、見通しが明るいやんか」

 大之木が相好を崩す。蒼人は苦虫を噛んだような顔になっている。

「ちっ。だから早く言えって・・・・・・」

「ごめん、ごめん」

 奇妙に和やかな雰囲気を醸しだしながら三人は、一列に並んで歩く。やがて雪都に向かう林道を通り抜け、畑の合間を抜ける農道にさしかかった。




「・・・・・・どれもこれも、苗が枯れてるようだね」

「ああ」

「あっちも、きちんと耕して綺麗な畝にしてあるのに、何も生えてないね・・・・・・」

 夜闇の中とはいえ、満月の夜である。雪あかりも相まって、目を凝らせば辺りが見える程度には明るい。だが両脇の畑地は、殺風景な姿をさらしている。

「食糧はもちろんのこと、ラベンダーや向日葵も全滅らしいで」

 雪都の観光事業を支える景観を生み出す花たちも、今年は咲かなかったそうだ。もっとも観光客を呼び込もうにも封鎖令のせいで他都市の人間は、この地を訪れることさえできない。そして、閉じ込められた雪都の住人たちはどうなっているのか・・・・・・。



 食糧事情が不安な中で、この寒冷地が封鎖されようというのだから、暴動の一つも起こりそうなものだ。

 しかし三人が都へ続く農道を歩きながら耳を澄ます限り、雪都は至って静かなようだ。夜更けとはいえ灯りも疎らであるし、何より都から碌に音がしない。

 民たちのことが気にかかり、三人は足を速めることにした。



 雪都は、安定していた本州とは異なり、歴史的に開拓と略奪が繰り返されてきた土地だ。

 先住民が北の島へ追いやられ、現在の雪都は、本州から移住した者の子孫たちで占められているという。

 鎖国時代が始まる前は、さらに北にある大国の強襲を受けたこともあるという。そんな時、雪都の民は、都の端同士を結んだ五芒星に、協力な妖鬼バスターたちを配備し、彼らの持つ得意能力を繋げることで結界として、中にある都を守り抜いてきたという。



 現在の雪都、いや、日本国が大国に呑まれず独立を保っていられる背景には、五芒星の角の部分で防衛に徹した妖鬼バスターたちの存在があるのだそうだ。

「この雪都が侵略されていたら、大鎖国時代を迎える前に、日本国は侵略されて消えてしまっていたかもしれないんだね」

 深雪が感嘆を含んだ口調で告げる。

「だけどな。敵は、国の中にもいるってわけだ」

 いささか不敵な様子で蒼人が言った。

「まあね」

「そうやって異国から身を守ってきた雪都の妖鬼バスターたちも、日本国の中から現れた妖鬼や神には適わなかったってことだろ? 現状がそうなってんだから」

 蒼人がさらに皮肉げな顔になる。大之木は肩をすくめて、周囲のうら寂しい畑を注視している。

「なあ。五芒星っちゅーからには、五つの角があるんやな」

 その言葉を聞くなり、蒼人が首を捻る。

「そりゃそうだろ。雪都自体が、本州の都ほど大きくねえから、昼間なら見えるんじゃねえの。五つの端が」



「あれ、そうやないか。なんか光が灯ってるで」

 大之木が示す方向を眺めやると、畑の向こうに、確かに眩い人工灯が灯っているのが見えた。

「さっきまで、なかったよね」

 真顔になって深雪が言う。

 ふと深雪が視線を巡らせると、遥か遠くにも、同じような人工灯の光が見える。間隔を空けて、五つの光が灯っているようだ。闇夜の中では同心円状に灯りがあるように思えるが、明るい時分には、五芒星の形の都の端であることが解るのかもしれなかった。

「どうして急に光が灯ったんだろう」

 深雪が囁いた瞬間、蒼人が声を鋭くした。

「おい深雪!」

 雷光のような一条の光が深雪を狙い、勢いよく放たれた。咄嗟に三人とも避けたので事なきを得たが、光は間違いなく、五芒星の一番近い突端から放たれていた。

 光が命中した地面は、深く抉れている。


「・・・・・・僕を狙ってたね」

「やっぱりツクヨミなんだろーな。姉弟喧嘩の恨みか?」

「かもね。あんまり余裕でもいられないかもしれない。僕もびっくりした」

「太陽神が、情けねえなあ」

「誰にだって限界はあるよ」

 言い合う蒼人と深雪に、大之木が声を掛ける。

「まあまあ。蒼人、深雪はん。・・・・・・どないしましょ。あの突端から離れるか、それとも近づくか」

 すかさず深雪が答える。

「それは、もちろん近づくべきだね。この距離で、あれだけの力がある光の攻撃だったんだ。遠距離攻撃が得意な敵が相手なら、離れたって同じだ。それより、速攻で近づいて先制攻撃するべきだと思う」

 言うなり深雪は駆けだしている。蒼人と大之木もそれに倣った。時間を掛ける必要などない。敵の所在が解っているのだから、こちらから手を出すまでだ。



「蒼人くん! 大丈夫? 人間が相手なら僕が何とかするけど」

「なっ」

 蒼人は慌てた顔になり、走りながら言い繕おうとしてくる。蒼人は優秀な妖鬼バスターであるがゆえに、敵が人間となると、まるで攻撃しようとせず、弱腰になってしまう一面がある。その強さは、人間相手では殆ど発揮されないのだ。

 だが今回は、それではやり過ごせないかもしれない。それなら深雪は、蒼人と大之木を護衛しながら攻勢をかけるべきだろう。

「・・・・・・・待って。やっぱり人じゃないよ!」

「妖鬼でもあらへんみたいやで。せやけど、あれは」

 大之木が怪訝そうに顔をしかめる。三人が近づいた五芒星の先端では、巨大な広葉樹がその枝葉を闇夜に向けて伸ばしている。絡み合う枝は生き物のように蠢いている。

「ただの樹じゃない・・・・・・」

「ああ。禍々しさが俺にもわかるぜ」

 蒼人は眉をひそめ、その大木に近づこうとした。



 妖気を帯びた大木は、その枝葉から熱線光を放ち、三人を襲った。それと同時に、三人が飛び退る。大之木の服の裾が熱線で焼かれる。

「いっちょうらの着物が!」

「大之木さん、僕の後ろに回って!」

「不本意やけど、しゃあない。すまんです!」

 深雪は大之木を背中で庇うと蒼人の隣に立ち、大声で弟の名を呼んだ。

「スサノオ!」

 呼ばれたスサノオが、蒼人の背中から低い声音で告げる。

「妖樹か・・・・・・。どうやら、これが曇天と雨を呼んでいるようだぞ」

「どういうことだよ!?」

 蒼人がスサノオの刀身を振り回し、熱線光を打ち払う。妖鬼を屠ることができる剣は、どうやら怪しげな熱線光をも霧散させることができるようだ。

「妖気を帯びるのは、何も神だけではない。植物も時に、強い妖気を受けて、あやかしになる事がある。妖樹とは、そういった邪の力を宿してしまった木々のことだ」

 スサノオは穏やかな声音で告げる。

「あいつの意思で行動してるわけか?」

「いや。・・・・・・特定の者を狙うとは聞かない。しかし、間違いなく我らを狙っているようだから・・・・・・」

 深雪が口を挟む。

「というか、僕を狙ってるようだね。大之木さんっ、前言撤回! なるべく僕から離れて!」

「了解や!」



 熱線光は執拗に深雪を狙おうとする。

 深雪は意を決したように、目を瞑る。すると妖樹の幹が、音を立てて裂け始めた。

「よし、いけそうだ! スサノオ、中央を斬って!」

「承知!」

「うわっ! 勝手に動くなスサノオ!」

「しかし、事は急を要する」

「今だよ! 僕が枝葉の動きを抑えてるから! スサノオは幹を!」

 スサノオの斬撃が妖樹を襲う。幹の裂け目から闇色の液体が零れ出て来る。それを深雪が、閃光を放って破砕した。

 液体は飛び散り、地面に降る。

 それと同時にスサノオが唸りをあげ、弱りつつある妖樹を斬り倒した。

 鈍い音を立てて、妖樹が畑めがけて倒れる。後には、瞬時に枯れてしまった枝を絡ませた倒木が残るだけである。



 動かなくなった倒木に近寄り、深雪は息をついた。もちろん蒼人も息を弾ませている。

「ふう。・・・・・・けっこう手こずっちゃったね。大之木さん、大丈夫?」

「もちろんっ。手伝えんで、すまんわ」

「いえいえ。いつも情報を貰ってますからね。護衛くらいはさせて欲しいな」

「って。おい! 木を倒しちまったけど、この後どうする?」

「どうするって」

 その先は大之木が説明する。

「怪しげな光は確か、五芒星の先端の五か所にあったやんか。で、あの妖樹が天候を悪くしてるっていう話やろ。つまり、あとの四か所にも行って、あいつを倒した方がええんちゃうかってことや。深雪はん」



 深雪が、その場に座り込んだ。

「・・・・・・だね。でも、ちょっと休憩させて欲しいな」

「私もだ」

 戦闘で消耗を強いられた深雪とスサノオが、根を上げている。

 そこで蒼人と大之木も含めて、四人でしばらく倒木の上に腰かけて休息を取ることにした。


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