第一話 神々の乱世(3)もうひとつのクーデター
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新・秋津島神話
天岩戸から現れた天照大神は、太陽の化身である。
天照大神は数々の予言を、民に賜り、
そして、予言は成就する・・・・・・。
その予言とは・・・・・・。
一つ。雨宮一族が天照を救う
二つ。民の犠牲とともに、天岩戸が行われ、太陽は隠れる
三つ。天照に反旗を翻す者は、破壊と破滅の道を歩むだろう
四つ。国譲り、そして天孫降臨により、この世の支配者が決まる・・・
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06 もうひとつのクーデター
同日。
なにしろ、この狭い神代島のことである。
幾ら薄暮が漂う頃とはいえ、本土からの侵入者がいれば、すぐ悟に知らせが入る。
神代島の侵入者に対する警戒網は、本州に点在する雨宮の支部の比ではない。それでも、五大家の敷地にまで潜入を許してしまったのは、やはり、相手が神代島を熟知している上に、強大な力を持った相手だからだと、考えなければならないだろう。
そんな相手の心当たりは、悟にとって一つしかなかった。
戻ってきたな、
そろそろ四十に手が届こうとしている年齢より若々しく見える風貌を洋装に包んだ悟は、自宅である別邸を出ると、島の裏手にある本家へと足を向けた。護衛の者は、何も言わなくても着いてきている。
島を出て行った甥の帰還を、悟はなかば確信していた。甥もそろそろ成人して久しいのだ。そろそろ、来ると思っていた。
雨宮全体の忠臣であった琥珀一族もろともに、深雪の両親を殺害したのは、ずいぶん昔のことのような気がする。
後にきっと邪魔な存在になるであろうことは解っていたものの、アマテラスを身に宿す深雪を殺すことはできなかった。
それは情のせいでも、単純な力の差のせいでもなく、アマテラスという存在が、悟にとって利用価値があるからに他ならない。
そう。
アマテラスとは、『予言』をしてくれる存在なのだ。予言を畏れ、その実現に恐怖する心がある限り、人心というものは非常に掌握しやすくなる。
いずれ本州秋津島に拠点を移し、悟は、この日本国を手中に収めるつもりだった。
すでに、三国軍事同盟を結んだ各都市のトップたちとの戦いの準備も終えている。やがて使役神たちを使い、各都市に攻勢をかけ、ゆくゆくは三つの大都市を陥落させるのだ。
雪都がある旧北海道地区。
星都がある旧東京地区。
水都がある旧大阪地区。
この三都市による軍事同盟が結成されたのを契機にして、悟は計画の実行を早めることにした。
この三都市の国主たちは、いずれも九州に広がる陽都を警戒して、同盟を結んだ。
それは、とりもなおさず陽都には野心があり、他の三つの都市を一斉攻撃し、日本全土を支配するつもりであるという情報が流れているためである。
しかし、その陽都の国主を裏で操り、実権を支配しているのは、この雨宮一族であり、当代の当主代理である悟なのだ。
陽都がある土地一体は、旧宮崎地区と呼ばれる場所である。そこは、かつてヒムカと呼ばれた地であり、古くは高千穂とも呼ばれていた。
だから、今も、神々が降臨する場所は、絶対に陽都でなければならない。
ふたたび天孫降臨が起こり、葦原中国こと、人間たちの住む場所は、この高天原である神代島にいる悟のものになる。
この島を拠点とした日本全土の中央集権組織を発足させる計画が、『国譲り』である。そして同時に、悟が神の孫を名乗って、人でありながら絶対神となる『天孫降臨』も為すのだ。
ようやく邪魔な深雪を、消せる時が来た。
それは使役している神々たちが徐々に強くなり、深雪の身に宿るアマテラスだけを生きながらえさせて力を利用することが、可能なほどになっているからだった。
そんな時、深雪がみずから、この神代島に戻ってきたのだ。
神の住む、高天原に。
すでに迎え撃つ準備はできているのだから、悟は、甥の深雪と戦い、彼を生け捕りにするまでだった。その上で深雪だけを消し、アマテラスの力は利用するつもりでいる。
「・・・・・・やあ」
そんな悟に前に不意に現れた者がいた。悟は、気軽さを装って声をかける。
「報告が遅れました」
「やっぱり、君も来てたのか」
「当主代理に、ご進言したいことがありますので」
悟の前に姿を現したのは、琥珀一族の生き残りである。琥珀一族は、脱走した神々たちが妖鬼となった際に、悟が惨殺した島の一族で、元は雨宮の分家だった。
そして深雪とともに島を逃れた、琥珀一族の最年少の者。
その秀麗な瞳が、悟に向けられている。
「・・・・・・遅かったね。君たちが島に帰ってくるのを待っていたよ。この島を拠点にして、中央集権させる『国譲り』計画は進みつつあるからね。そして私が神の孫を名乗って、やがて唯一絶対神となる『天孫降臨』をするのさ。そうすれば『アマテラスの予言』は、また成就するだろう? これからも『私』が予言をしていくよ。その実現もね・・・・・・。それで、深雪は、どこにいるんだい?」
琥珀は答えようとせず、ただ漆黒の瞳で悟を見据える。
「・・・・・・偽物のアマテラス。お前がアマテラスの名を名乗るのも許しがたい。わが一族の仇。討たせていただく」
琥珀は毅然とした口調で告げる。しかし悟は動じない。
「待ちなさい。君の仇は、あくまでも妖鬼たちさ。僕は、ただ彼らを解放しただけ」
「屁理屈を。そういう点は、甥ごによく似ている」
「深雪に似てるって? アマテラスに似てるとは光栄だ。しかし君が一人で私を討つのかい? せめて深雪を連れてこなければ、君の力などでは・・・・・・」
それに重なるように、もう一つの声が挟まれた。
「おい! なめられてるぞ琥珀! ちょ、早く行けよ、スサノオ! 深雪なんかいなくても勝てるってんだ!」
さらに幼げな少女の声も挟まれる。
「蒼人くん、左右は僕と琥珀さんで防衛してるよっ!」
「さんきゅ! 緋菜!」
琥珀と緋菜の中央から躍り出て援護する。その直後、蒼人が雨宮めがけてスサノオの刀身を向けた。
「・・・・・・なるほど」
悟は呟くと、使役神であるニニギを召還する。
「ニニギ。人間の所有物に墜ちた祖先であるスサノオが、そこにいます。あなたの力でもって撃退し、アマテラスを、ここに連れてきなさい」
アマテラスの孫であるニニギ。天孫降臨の折に、高天原から地上である葦原中国へと降りた神である。そのニニギが、悟に使役されている。
スサノオの声に悔しげな色が湛えられる。
「ニニギ! 私がわかりますか?!」
スサノオの呼びかけに、ニニギは答えない。ただ巨大なエネルギーの奔流をぶつけてくるばかりだ。
蒼人はスサノオの刀身を一閃させ、光を薙ぎ払う。踵を返し、刀を振り下ろすなり同時に左の拳をくりだした。拳は悟に向けられている。
「スサノオを持たない方の手だって、あんたに攻撃できるんだよっ!」
際どいところで蒼人の拳を避けた悟が、口に端に冷笑を湛えている。蒼人は再び拳を繰り出し、スサノオを翻す。さらに神刃と拳による攻撃で、ニニギと悟を同時攻撃する。緋菜の、攻撃力を増幅させる笛によるアシスト効果もあり、ニニギの動きが鈍ってきた。
「叔父さん、そこまでだよ。僕が何もしないなんて、情けないからね」
そう告げたのは、悟の背後から現れた深雪だった。ひとり、屋敷の最奥へと進入していた深雪が、突如、悟を羽交い締めにする。
「悟叔父さん。久しぶりだね。あなたには聞きたい事がたくさんあるんだ」
深雪に拘束されても、悟は冷笑を消さない。
「深雪か・・・・・・。大きくなったじゃないか」
「生き延びたからね」
「おまえのことを、殺すわけがないさ」
「僕の中にはアマテラスがいるものね。あなたは、僕だけは生かしておくはずだ。そう思ったから、僕は、ここに来た。僕を殺せない以上、あなたに勝機なんかない」
深雪の双眸に悲哀の色が湛えられる。身内殺しの罪は、悟だけが負っていたものだった。それを、今度は深雪が背負うことになるのだろうか・・・・・・。
ニニギが反発するようにエネルギー体を暴発させたのは、その時だった。
そして瞬時にニニギの光は、悟を呑み込み、消えた。悟は護衛者たちごと姿を消してしまう。
蒼人が目を凝らしてみたものの、悟の姿はどこにもない。ニニギもエネルギーを失ったまま、散逸したように存在がかき消えてしまっている。
後に残されたのは、侵入者たちだけだった。
「・・・・・・え?」
蒼人の声が、雨宮低に響いた。空疎なまでの響きだったが、どこからも答えは返ってこない。
静寂が屋敷を支配し、島の奥側に広がる海の方向から来る風だけが、部屋を吹き抜けていった。
スサノオが声を発したのは、それから数刻が過ぎてからだった。
「奴は消えた。人間が生きてられない場所に行ったんだ」
深雪が呟くと、琥珀は鋭い声を放つ。
「それは雨宮悟・・・・・・当主代理に逃げられたということではないのですか? スサノオ」
これには深雪が答える。
「いいや。叔父さんは、死んだよ・・・・・・。スサノオの言うとおりだ。叔父さんが流されたのは、神たちだけが存在できる黄泉との狭間。人間が生きていられるはずがないんだ。・・・・・・ニニギじゃない。僕が殺したようなものだ」
「深雪さん。・・・・・・。でも我々が勝ったんですよ。・・・・・・それでいいでしょう?」
「そうだね・・・・・・。琥珀」
緋菜が放心状態から、ようやく脱しつつある。緋菜は蒼人の腕を軽く掴んでいる。
「ねえ、蒼人くん。あたし、あんなすごい光を初めて見た・・・・・・」
「俺もに決まってるだろ・・・・・・」
蒼人と緋菜は、光が消えていった空を見つめている。
深雪が、彼らをねぎらう。
「よく戦ってくれたね。君たちがニニギの力を止めていてくれたおかげだと思う。もちろん、ニニギ自身にも、自分を使役する人間に反発する心があったんだろうけど・・・・・・」
やがて琥珀が空を眺めながら口を切った。
「人間が、神を使役することというのは・・・・・・このような結果を生み出す事もあるのですね」
「まあね。まあ、僕は、使役してるんじゃなくて一体化してるわけだけど」
琥珀が、珍しく深雪の顔をのぞきこむようにする。不思議そうな光を宿す、琥珀の瞳。
「深雪さん。もしかすると、あなたには見えているのですか? 神だけが行ける場所。神だけが生きていける境界・・・・・・」
「まあ、いいじゃないか。僕は、水都に早く戻って、君たちとお茶を飲みたいよ」
深雪は琥珀の疑問をはぐらかすように笑うと、外へ出るように蒼人たちを促した。
★ ★
反アマテラス同盟の一行が旧大阪地区こと水都へ帰り着いたのは、それから三日後のことである。
八百八橋と高層建築物の乱立する水都は、この日も活気に包まれている。
そんな水都の西のはずれにある洋館の一室に、蒼人たちは戻ってきていた。
「はあ!? 同盟の名前を変えない?」
蒼人が声を荒げると、深雪はあっけらかんとした声で答えた。
ここは洋館の二階にある応接室である。蒼人たちは黒檀のテーブルを囲んで木製の椅子に座っている。
「うん。もう『反アマテラス同盟』でけっこう名が通ってるから、変えちゃうと組織の宣伝効果がなくなっちゃうっていうか」
「でもさあ。深雪、よく自分に反する名前で続けていこうと思うなあ」
深雪は盟主みずから、メンバーたちに紅茶をふるまい、テーブルに置かれた高級砂糖の壷に手を伸ばしている。
「まあね。この同盟の名前、僕はけっこう気に入ってるんだ」
「そんなもんかね」
蒼人は釈然としない様子だ。しかし深雪は意に介そうとしなかった。
「気にしない、気にしない」
深雪の声が部屋に響き渡る。
★
それから琥珀は深雪に、砂糖の数を聞かれて苦笑しながら答える。
琥珀にしてみれば、深雪という存在そのものが不可思議なのだ。
まったく、腰の低い太陽神もあったものだ。
それにしても、神と一体化しているというのは、一体どんな気分だろう。
しかし、ひょっとしたら深雪は、自分とは異なる存在であるはずのアマテラスに反する、つまり女神を自分から切り離すという行為に、安堵を覚えるのかもしれない。
僕は僕だから、と言った時の深雪を思いだしながら、琥珀はそう思っていた。
「ねえ琥珀、聞いてた?」
その深雪に顔をのぞきこまれ、琥珀が思わず身を竦める。
「はい、何でしょうか」
「やっぱり聞いてないね。蒼人くんと話してたんだけど、これから日本中を諸国漫遊・・・・・・じゃないや、妖鬼封じの旅に出ようかってことになってるんだけど?」
深雪があっけらかんとした口調で告げる。
「妖鬼封じの旅、ですか?」
嫌な予感しかせず、琥珀が鸚鵡返しにして顔をしかめる。
楽しそうな顔をする時の深雪から、ろくな言葉が出てくるとは思えない。
「うん。まあ神封じの旅でもいいかな。だって神と妖鬼は、元は同じ存在だったから・・・・・・」
「あなたが、自ら行かれるんですか」
深雪は軽く頷いた。
「うん。僕と蒼人くんが行かないと。やっぱりアマテラスとスサノオが揃ってる方がいいでしょう。強敵を封じるんだから」
「はあ」
「君も来てくれる? 琥珀」
「否と答える理由がありません。構いませんよ」
「琥珀はそう言ってくれると思ってた・・・・・・。ありがとう」
深雪は、少しだけ泣きそうな顔で笑っている。そんな顔も、琥珀にとっては意外性があるものだ。長いつきあいだが、まだ主人のことが掴みきれていない琥珀だった。
「愚問でしたよ」
「うん。そうかな。うん」
「深雪さんは、割と心配性ですね」
「おいおい、そこ! 俺の存在を忘れるな! 二人の世界作るな!」
「お二人って、素敵です。僕、盟主と琥珀さんみたいな関係って憧れるなあ」
蒼人と緋菜にはやし立てられて琥珀が我に返る。
「・・・・・・失敬。醜態を見せてしまいました」
「ちょっと琥珀! 今の、べつに醜態じゃないから!」
腹心の言い草に、心外そうな深雪である。蒼人はにやりと笑みをこぼした。
緋菜も優しく笑いながら、紅茶を飲んでいる。ちなみに桜をなだめる役割は、深雪ではなく緋菜が果たすことになってしまったのだった。
「よーし、準備するか!」
突如、蒼人がスサノオの柄を握り締め、豪快なまでの力強さで立ち上がった。
「何を?」
深雪が首を傾げる。
「ばっか! それでも盟主か! 旅の準備に決まってるだろうが!」
「今から? 蒼人くん、いくら僕でも事後処理に十日はかかるんだけど」
「十日もかよ!?」
「うん。だって雨宮家の引継が大変だし、陽都の新しい国主も選任しなきゃならないし」
当主代理をつとめた悟が消えた後、深雪は一族の五家を集め、自らの正統な権利を主張し、当主に返り咲くこととなった。あくまでも嫡流は、深雪であり、クーデターを起こしたのは悟の方であるとの理屈で、五家を取りまとめ、実権を握ったのだ。
「怖い奴なくせに。ボケてんじゃねえ」
そんな深雪に対して、蒼人は相変わらずの態度である。
「おい盟主。おまえが暴走することがあったら、俺と、スサノオでいさめてやるから。
だからしばらくは何も考えなくていいから、思うようにしてみろよ。民のことを不幸にするような真似したら、俺たちが許さねーからな!」
あっけらかんとした笑顔を浮かべ、蒼人が笑う。
普段なら不敬をいさめる琥珀も、何も言わない。琥珀自身も、蒼人と似た役割を持っているかもしれないからだ。
琥珀と蒼人が両側にいれば、この強大すぎる太陽神の力を持つ青年も、自らの重荷に耐えかねることはないのではないかと・・・・・・。
いささか希望的な観測だが、琥珀はそれを信じてみようと思った。
★
深雪は椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。
まだ妖鬼たちは日本中を跳梁跋扈している。それを封じ、そして未だ意識の残る神々を雨宮の一族から本当の意味で解放してやりたい。
日本国は、いまだ混沌の中にある。
四都の歴史がどう動くのかは、アマテラスにもわからない。日本統一の時代が訪れるかもしれないし、さらなる乱世が来るのかもしれない。
「うん。君たちと一緒に、行こうか」
深雪が、晴れやかな笑顔で告げた。緋菜と蒼人の元気な答えと、琥珀のはにかんだような答えが部屋に響く。
旅の準備は、これから始まる。
それが新たなる時代の幕開けだった。
終
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