第一話 神々の乱世(2)サンクチュアリ~侵略

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 03 サンクチュアリ




 反アマテラス同盟という組織には、当然ながら『盟主』という立場のトップがいる。

 つまり盟主は、蒼人たちのリーダー的存在で、組織を率いているといっていい。

 蒼人が大之木からアマテラスの新たな予言を聞いた、二日後のことである。

「はあ!?」


『今はまだ動かないでくれ』という旨の司令が、反アマテラス同盟の盟主から下されたので、蒼人は憤然とした。

「は!? 待てよ!」

「だからさ」

 蒼人と相対している盟主の声は、少し押され気味である。

「おい。おまえは、アマテラスについてどの程度知ってるんだ?」

「・・・・・・蒼人くん。君たちの気持ちはわかるよ。だからこそ、機が熟すのを待ってくれ」

「何を悠長なことを言ってるんだよ。こうしてる間にも戦乱が起こったらどうするんだ!?」

 しかし盟主は首を縦に振ろうとしない。



 元より、このどこか掴みどころのない盟主が、蒼人は苦手である。桜は殆ど盟主に心酔しているし、緋菜も敬意を抱いているようだが、蒼人は彼らに同調する気にはどうしてもなれない。

 理由は蒼人自身にもよくわからなかった。

 だが、手段は色々あるのだ。

 同盟の一員としての行動が赦されないなら、蒼人が個人的に行動するまでだ。

 たとえ同盟を脱退させられたとしても、構わない。人命救助ができないなら本末転倒というものだからだ。


「なあ、緋菜!」

「蒼人くんてば。どしたの」

 緋菜が首を傾げている。

 盟主が基地を出てから、蒼人は緋菜に話を持ちかけた。

「・・・・・・大之木のかわら版の配布、付き合ってくれ」

「あれ、やるの?」

「地道に啓蒙活動するしかねーだろ」

「地道すぎない? ていうか、地味」

 緋菜が不満そうに口を尖らせた。

「うーん。どうかなあ。もっと違う手はないの? 蒼人くん」

「情報伝達の手段は、かわら版が一番なんだよ。星都に行く奴らに配布を頼めねーかな。日本国中に広げようぜ」

「うーん・・・・・・」

 緋菜は頷こうとしない。大之木が、『アマテラスの新たな予言! 国譲り!? 来る災害と戦乱に備えよ!』と見出しのついたかわら版を刷ってくれたので、とりあえず、それを配布しようという話になっている。


 反アマテラス同盟が組織として動ければ、都の議会に働きかけることも不可能ではないというのに、肝心の盟主が消極的なのだから、どうしようもない。

「あいつ、やる気あるのかねー」

 盟主に懐疑的な蒼人に、桜から反論の声があがる。

「きっと盟主には、何かお考えがあっての事よ。そんな風に言うもんじゃないわ」

「・・・・・・恋は盲目」

 蒼人が、桜の言葉に肩をすくめる。

「盲目で悪かったわねえ」

「おいおい、桜あ。冷静に考えろよな。今、盟主が動かない理由って何なんだよ?」

「だから、お考えが」

「具体的には?」

 桜が言葉に詰まっている。蒼人はノルマとして渡されたかわら版を二つ折りにしながら鼻を鳴らした。

「わからないけど・・・・・・」

「ほらみろ」

 珍しく桜に厳しい声で告げると、蒼人はかわら版の一枚を開き、音読し始めた。

「来たる戦乱を回避するために、三国軍事同盟を信じ、流言飛語に惑わされぬよう・・・・・・か。星都、水都、雪都の結束は固いが・・・・・・」

「問題は、陽都だよねえ」

 緋菜が、相変わらずのおっとりした口調で問題点を指摘する。

「そうなんだよな」

 蒼人が頭を掻きながら答えた。



 九州の中央部。かつて宮崎地区と呼ばれていた場所に位置する陽都は、他の都と軍事同盟を結ぼうとしないのである。

「陽都は、国主のいる中枢部を立ち入り禁止にしてるらしいし、議会もきなくさいって話だ」

「戦争を起こすとしたら、そこなのかしら・・・・・・」

 蒼人が桜に頷いてみせる。

「可能性は高いぜ。もともと他の三都は、貿易と文化交流で互いに発展しようってことで友好関係にある。陽都だけが、昔から独自路線っつーか、はぐれ者っつーか」

 蒼人は話し続けながら吐息をついた。

 陽都のある場所は、日向ひむか。かつて高千穂たかちほと呼ばれた土地である。そのことについて、あの『神話体系』に記述があったのだが、詳しく読む前に本が奪われてしまったのである。



「ところでさ、蒼人」

 突如、桜が口を切った。

「何だよ」

「地図作り、滞ってるんじゃないの?」

「あ?」

「一応、あたしがこの同盟にあんたを引き入れたから。もしかしたら、地図をずっと作っていたかったんじゃないかと思って・・・・・・」

「あ?」

 すると蒼人は一転、曇りのない笑顔を浮かべた。

「地図なら作ってるぜ。独自の、立派な地図を作ってるから心配すんな。同盟にいたって地図くらい作れるだろ。俺は自分の本分を忘れたりしないから」

「・・・・・・そっか」

 桜ははにかんだような表情になる。

「何だ。らしくない顔するなよ。それに同盟の活動だって、俺のやりたい事なんだから、やらせてくれ。おまえに関係ねーぞ、俺が自分でやりたいことばかりだからな」

「・・・・・・わかったわよ」

 ようやく桜も笑顔を浮かべた。それを傍らで眺めながら、緋菜ものんびりとした顔になっている。



「高千穂か・・・・・・」

 暫くしてから蒼人が、呟いた。



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 その直後のことである。ある場所で、深雪と琥珀が密議をしているところだった。

「琥珀。叔父さんはこのままいくと・・・・・・」

「深雪さん?」

 神妙な顔のままの深雪に、琥珀が怪訝そうな色を双眸に湛える。

「『予言』さ。やがて国譲りが起き、その後で、天孫降臨があるんだろ。『天孫降臨が起きた時、人間たちは神にひれ伏し、逆らう者は殺される』」

 深雪は新たに告げられた予言を反芻すると、一度、言葉を区切った。

「これが、どういうことかわかる?」

 琥珀は深雪の目を凝視する。

「はたして、どういうことか? つまり叔父さんは、恐怖政治をするつもりなんだ。ずいぶん独善的だよね。逆らう者を殺すっていうのは・・・・・・。そのことを示唆する予言なんだと思う。僕の中のアマテラスが、そう告げてるんだ」


 しばらくの間、不思議そうな目で琥珀が深雪を見る。しかし琥珀は、深雪の持つ不可解な力には慣れている。その身の内に抱えるアマテラスが告げて、深雪が予言したことは、『当たる』のだ。

 人間ならば宮司・・・・・・女性だったら巫女というのだろうか。それとも斎女だろうか。 

 琥珀は、もはや仲間とすら呼べるほど気安い相手である深雪の力に、改めて慄然とし、眉を顰めていた。

 この人も、ずいぶん変わった。

 出会った頃の深雪は、まるで外の世界を知らない少年だった。色々な話をしてやると、すぐ琥珀になついてしまった。

 せがまれて島の外へ連れ出してやったのは、果たして正しかったのだろうか?

 ただ、どんな境遇に生まれた者であれ、あんな風に幽閉されて暮らすのは解せないと思ってしまった。だから琥珀は、幾度となく深雪の脱走に加担したのだった。



 たぶん、これからもそうするだろう。深雪のためなら、何でもしてしまうだろう。琥珀は表向きの態度とは裏腹に、そんなことを考えていた。深雪につく自分を疑うことさえないのだった。

 雨宮悟がこのまま、計略通り日本国を完全に統治するようになったら、おそらく、民をすり減らすような重税が課され、都は疲弊するだろう。それなら、今まさに強大な力を持っているのに行使しようとしない深雪と、統治者としてどちらがまともだろう?

 琥珀は、ふと、そんな事を考えていた。


「四家を抱き込もうと思う」

 深雪の声が沈黙を破った。琥珀は顔を上げて深雪を見詰めた。

 事態はすでに動き出している。悟と深雪は正面から争うことになるだろう。初めから、そうなる運命だったのかもしれない。琥珀は、深雪に視線を注いだまま、思案に暮れていた。




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 神代島という島の存在に蒼人が着目したのは、かわら版を配布し終えた日のことだった。

 その夜。桜に言われたからではないが、蒼人は久しぶりに地図作りの方に精を出した。

そして、自分が作成した地図を見やりながら、ふと違和感を覚えたのである。

 何かが欠けているような気がする。


 蒼人の脳裏を過る、遠い記憶。

 昔、地図作りをしていた両親とともに九州地区を訪れたことがある。

 自分たちが足を運んだ時。たしか九州地区には、もう一つ、島があった筈だ。そんな蒼人に、スサノオが囁いた。

 そこで蒼人は、情報屋の大之木を呼び出すことにした。


 翌日、蒼人は基地のそばにある茶屋で大之木と会った。

「よう。大之木」

「大之木さんって呼びっていうとるやろ」

「まあまあ。それより聞きたいことがあるんだよ」

 抹茶色の暖簾を潜ると茶席が設けられている。その最奥の席に向い合せで腰をおろした途端、蒼人と大之木は声を潜めた。

「話って何や」

「『高天原』って、どこだと思う」

「うん?」

 蒼人は表情を改め、大之木を注視する。

「アマテラスが治めるっていう、伝説の国の『高天原』だよ」

 すると大之木は首を捻りながら、右腕で頭を掻いた。

「どこって。そりゃあ・・・・・・、あれは伝説なんやから、実在の場所かどうかはわからんで」

「大之木」

 わずかに剣呑な色を眼差に湛えて、蒼人が言い募った。

「・・・・・・大之木。行ってみたいところがあるんだ」

「どこや?」

「九州地区だ」



 蒼人は大之木に視線を注いだまま、問いかける。

「その伝説の地を、見てみたいと思わないか?」

 しかし大之木は呆れ顔になっている。

「蒼人。おまえ、ほんまにそんな場所があるって思ってるんか?」

 即座に、蒼人は真顔になって頷いた。

「ああ」

 大之木は首を傾げて怪訝な顔をするばかりだ。

「何や、それは。何か根拠があるんか?」

「もちろんだ」

 蒼人はにやりと笑う。そして背中に背負った刀の鍔を指さしてみせる。

「スサノオが、俺に言うんだ。『高天原』は九州地区にあるって」

「・・・・・・ほんまか」



「スサノオの遠い記憶の中の高天原は、海に浮かぶ小さな島だ。そして、俺にも記憶がある。俺の両親と子供の頃に見た、小さな島。父さんが地図に記そうとしたが、なぜか、不思議な力のせいで叶わなかったんだ。たぶん、その島にいる何者かが、地図に島が描かれるのを妨害した。そして父さんと母さんは、どこかへ消えてしまった・・・・・・」



 失踪した両親を慮り、蒼人が目を伏せる。この時ばかりは、大之木も沈痛な面持ちになった。

「俺の記憶も、失われていた」

 スサノオと共鳴することで、漸く思い出したのだ。

 蒼人は、ある村の戦乱の折にスサノオが宿る刀剣を手にした。それからはずっと共に行動している。そのスサノオの途切れがちな記憶が、時折、蒼人と共鳴して、不可思議な映像が脳裏に描かれることがあるのである。

 あの島。

 蒼人の両親が、地図に描こうとした島。


 スサノオの記憶の断片にも、存在する島。それは、まるで聖域のような静かな場所だったという。二つの島は、どうやら同じ場所のようなのだ。それに、ある程度は場所の検討もつく。

 その島へ、行ってみよう。蒼人は店の外に広がる青空を眺め、そう決意していた。


 両親をなくした直後に緋菜や大之木に出会い、スサノオを手にしたために、天涯孤独となった寂しさなどは感じずに生きてこれた蒼人だ。だが、失踪した両親のゆくえを探すことへの情熱は、時を経た今も、いまだに蒼人の中で熾火のように燻っている。




 盟主からの司令で、蒼人が旧九州地区へ行くことになったのは、この翌日のことだった。



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 04 神代島かみしろじま


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 同日。

 海から雷鳴が聞こえてくる。それは、地を裂くように重く響く遠雷だった。

 九州地区の内海に面した岬に、二つの影が佇んでいる。

 なだらかな弧を描く広大な灘を望む岬に並んで立っているのは、雨宮深雪と琥珀である。

「深雪さん。・・・・・・本当に、また島に渡るんですか」

 表情は乏しいながら心配の色を声音に乗せ、琥珀が訊ねる。

「・・・・・・うん。ここまで来たんだ。もちろん行くよ」

 深雪は微笑を浮かべて答えた。

「こそこそ身を隠して島の様子を窺うのは、そろそろ御免だよ。僕ら、堂々と『高天原』へ帰ろう・・・・・・」

 ただ帰るだけではなく、その言葉の中には、別のものが含まれている。奪われたものを取り戻すことを、深雪たちは『帰る』と表現しているのだ。



「時期尚早ではありませんか?」

 琥珀は眉を顰めている。

 しかし深雪は頭を振り、傍らの琥珀に近づいた。

 海風がゆっくり岬を吹き抜けていく。

「いいや、期は熟した。三国軍事同盟が結ばれ、反アマテラス同盟のメンバーも力を蓄えている。そして雨宮悟・・・・・・叔父さんはまだ、僕が戻ってくるということへの警戒心を抱いていない。むしろ僕は、今を逃せば勝機はないと思うんだ」

「・・・・・・しかし、深雪さん」

 琥珀は主人であり友である青年に視線を注ぎ、顔を伏せた。

 二人の視線の先には、海を挟んで小さな島が横たわっている。


 九州地区の小さな内海に位置する、神代島かみしろじま

 その島に住む者は、海の向こうの日本国のことを、葦原中国あしはらなかつくにと呼んだ。

 そして神代島に住む者たちは、自分たちが治める島のことを、高天原と呼ぶ。

 神に代わる者たちが治めるという意味で、神代島という仮の名がついているのである。

 葦原中国と高天原。

 その二つは、細やかな白波の立つ狭い海を挟んで、静かに相対しているのだ。

「何だよ、琥珀。その顔は」

「・・・・・・私がどんな顔をしています」

「怖い顔だよ」

 いっそ無防備なほど気を許した顔で、深雪は笑った。そんな深雪に、琥珀が疑問を抱いた様子で問いかけてきた。

「深雪さん。アマテラスって何なんでしょう」

「ん? そりゃあ僕の中にいる奴だよ」

「・・・・・・それは」

「ああ、奴なんて言わない方がいいな。女神だから」

 深雪は可笑しそうに笑った。琥珀は、ふと眉間に皺を寄せていた。



「桜さんが、あなたのことを評した言葉です。『いっそ無垢にして残酷、悩みが多いようで大胆』だって」

「桜ちゃん? へえ、彼女がそんなことを言ったのか。当たってるのかどうか、僕には自分じゃわからないな」

 琥珀は心配げに言い募った。

「・・・・・・結構、的を得てると思います」

「君が言うなら、そうなんだと思うよ」

 深雪は、やはり笑みを崩さない。

「私は、あなたのことが心配です」

「・・・・・・うん。ごめんね。心配かけたいわけじゃないんだけど」

 深雪は、神代島の島影を見据えたまま呟いた。遠い、しかし陽炎の向こうに確かにある、人ならざる者たちが住む島。そして、神々を使役する一族が住む島だ。



 深雪は六歳の時に、両親を殺害された。

 その歳まで高天原にある雨宮本家の、最奥の棟で育てられ、外へ出ることも叶わなかった。

 幽閉同然に、ただ親族とだけ顔を合わせる孤独な日々だった。

 好奇心から屋敷に忍び込んできた分家の一族の末の娘である琥珀に出会うまで、何も知らずに育ったのだ。

 そして、ある時、叔父の悟が両親を殺したことに気がついた。

 悟と、彼の身内との密談を耳に入れたことにより、深雪は真相に気づいた。

 そして叔父から、身を守るために神代島を出ることを決意し、本家を出て行くことにし、舟で本州大阪地区の水都まで逃れ出たのである。

 琥珀と二人だけで、出奔同然に島を出た。

 そして、西都に居を構えた。

 そこで反アマテラス同盟を結成するに至ったのである。

 反アマテラス同盟の盟主として、深雪は雨宮悟に戦いを挑むための手筈を慎重に整えていた。


 悟こそが、日本を混乱に陥れている『闇の一族・雨宮家』の、事実上の現当主なのだから。

 深雪は眉根を寄せて言葉を継いだ。

「雨宮は狂った血を受け継ぐ一族さ。神の宿る血統を守るために、今まで、どんな罪に手を染めてきたか。残忍な虐殺さえ、数えきれないほどだ」

 深雪は目を伏せて穏やかに告げる。

 痛ましげな顔になり、琥珀が口を挟んだ。


「深雪さん・・・・・・」

「僕は、この血など断ち切りたいよ。だけど、僕を僕にしているのも、また雨宮の血なんだ。憎み切れるはずがないよね」

 二律背反を自嘲するかのような顔になり、深雪はゆっくり琥珀の肩に手を置いた。

 琥珀が頭を振る。

「私も同じですよ。私も、あなたを生んだ血脈を呪えるはずがないんです。だから同罪です。何の慰めにもならないかもしれないでしょうけど」

 深雪は、しばらく黙り込んで琥珀を眺める。そして、戸惑いを覚えたような顔になり、口を開いた。

「君さ。僕のこと好き?」

「・・・・・・何です、急に」

「そう聞こえるから」

「短絡な発言はやめて下さい。琥珀一族は、おのれの利のために動くまでです」

「えー」

「『えー』なんて、言わないで下さい。神様なんですから」

 それを聞くなり、深雪は笑ってしまわずにはいられなかった。

「うん。神だけど。でもさ」

「・・・・・・深雪さんは、私なんか足元にも及ばない方ですよ」

 深い瞳で、琥珀が言葉を続ける。



「いやだよ、そんなの」

「立場というものが、ありますからね」

 深雪が嬉しそうに笑った。

「そんなの、いいよ。君、やっぱり僕のことが好きかもね」

「違うって言ってるでしょうが」

「かもって言っただけだよ」

「何を笑ってるんです」

「ごめん、ごめん」

 一時は、もう二度と戻りたくないとまで思いつめた神代島を前にして、二人は手を取り合った。結局、島を出た後も、調査のために何度か戻っていたのだが。

 しかし、いまだに島と雨宮本家に対する、ある種の畏れを消し去ることはできない。人を幽閉し、惨殺する血縁者たち。その業の深い闇が抱えるものは、権力欲に他ならなかった。深雪は、きっと琥珀も怖いのだろうと思っていた。その証左に、琥珀の手も少し震えている。

 そして、自分の震えは武者震いという奴だ。

 戦いを前にして、どこか気持ちが高揚している自分に、深雪は気がついていた。

 やがて、琥珀を鼓舞するかのように、言わずもがなのことを深雪は告げていた。

「ねえ琥珀」

「・・・・・・なんです」

「愛してるよ」

「・・・・・・そんな事を言ってはいけません。昔も、そう言ったでしょう」

「そう。僕が振られた日だ」

「振るとか、振られるとかじゃありません。あなたは神だから」

 琥珀は生真面目な口調で言い、けっして譲ろうとしない。深雪は思わず苦笑してしまった。

「・・・・・・せめて人間として、ここが気に入らないから駄目だって言って欲しいものだね」

「あなたを気に入らないわけないでしょう」

「まったく。君はひどいな」

「ひどくありません」



 深雪は再び微笑した後、気持ちを切り替えて言葉を繋いだ。

「ねえ。アマテラスなんて、ただの太古の生き残りの精霊にすぎないんだ。神様なんて、そんなものさ。僕は、ただ、日本というこの場所が平穏で、自然であればいいと願ってる。戦いになんてならなければいい」

 さざなみの立つ海の向こうの島を眺めやりながら、深雪は言う。

「深雪さん」

「僕はさ、もし叔父さんが、争いを起こさず平穏に、この国を治めるつもりなら、たとえアマテラスとしての全権をあげてもいいとさえ思う。もちろん父さんと母さんの仇討ちはしたいよ。あの恨みを忘れる日はこない。でも、それでも民のためになるなら。誰も血を流さずに済むなら、叔父さんを一族に君臨させたっていいんだ」

 その深雪の言葉に、琥珀が顔色を変えている。



「・・・・・・雨宮悟に、そのような資格などありません」

「・・・・・・たとえばの話だよ。きっと、叔父さんは誰かの血を流そうとする。それが僕であるなら、いい。だけど血を流すのが、民であり、君であるなら・・・・・・僕は戦わなきゃならない」



 戦いを決意した深雪の双眸は、かつての柔和な少年のものではなかった。

「僕は、叔父さんと戦う。叔父さんから奪うんだ。国譲りや天孫降臨を機に、僕は高天原という場所そのものを復活させ、当主の座を取り戻してみせる」

 深雪は決意を秘めた眼差で、海原と、その向こうにある島を見つめている。

「協力は惜しみません」

 琥珀は静かな面持ちで告げる。

 それだけの短い言葉だが、伝わるものは多すぎる。深雪の胸の裡に、暖かい感情が沁みていった。

 しかし、それでいて他の肝心な話はできないときているのだから、琥珀は本当に難しい。深雪は再び苦笑する。

 他の言葉をくれない琥珀に対して、しょうがないなあという気持ちが湧いた。そして深雪は笑みを浮かべる。

「『神だから』じゃ理由にならないからね。僕を振る、もっともらしい言葉を、考えておくこと。君への宿題だよ、いいね」

「・・・・・・深雪さん。私は」

「あーあ」

 さざなみの音が響き続け、灘はいつしか高い波頭で覆われようとしていた。

「もうすぐ、雪が降るね」

 深雪が薄曇りの空を見上げながら告げた。



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 05 侵略


 それから数刻後のことである。

「やあ。君たち」

「盟主! お待たせしましたあ!」

 緋菜が、ぺこりと一礼する。彼女の隣にいる蒼人は、それに倣おうとせず、堂々とふんぞり返っている。



 雨宮深雪は、神代島への渡航を前に西国から呼び寄せた者たちを前にして、口火を切った。

「何だよ、こんなとこまで呼びつけて・・・・・・!」

「事情の説明が後になったのは、すまないと思ってるよ。ねえ琥珀」

「はい。すみません、蒼人さん」

 ここは旧九州地区、陽都の中心地帯から外れた海辺である。

 反アマテラス同盟なる軍事組織のメンバーたちは、顔を見合わせながら、足下の桟橋に繋がれた小舟に視線を巡らせるばかりだ。



「・・・・・・あのー。盟主」

「うん? どうしたの、緋菜ちゃん」

 反アマテラス同盟を束ねる盟主こと、雨宮深雪と、その片腕である琥珀は、自らを脅かす者への決戦に臨もうとしている。

「この小舟で、あの島へ渡るんですか? このメンバーだけでしょうかあ?」

 緊張感を帯びない緋菜の口調に微笑ましさを感じたものの、深雪は内容としては非常に厳しいことを告げることにした。彼らには、状況を告げておかなければならないだろう。

「うん。桜ちゃんには本州に残って貰った。彼女は強いけど、今度の戦いは厳しい。桜ちゃんには水都大阪の同盟本部の守りをお願いした方がいいと思うんだ」

「おまえなあ。桜がどんだけゴネたかわかってるか? 深雪、おまえが責任もって桜をなだめろよな・・・・・・」

「彼女には、後で説明しておくよ」

 無事に帰還できればの話だけど、とは深雪は付け加えない。

「あのね。琥珀しか知らない事なんだけど」

「何だよ・・・・・・」

 蒼人は、深雪のつかみ所のない顔を見て眉を顰めながら、話の続きを促してくる。

 深雪は、そんな蒼人を一瞥した。



 この蒼人にはスサノオがいる。太陽神アマテラスの実弟のスサノオ・・・・・・。その思慕ともくすぐったさともつかない思いが、深雪の脳裏を過っていた。その感情は、徐々に強くなり、やがて溢れ出そうなまでになる。

 これは深雪の思いではない。身の内にいるアマテラスの思念だ。アマテラスはすでに人格を失い、深雪の中に統合された存在であるが、こうして弟であるスサノオと相対した時には、姉らしい感情が蘇るのである。

 ・・・・・・神にも、姉弟の情があるんだなあと、深雪は思わずにはいられない。

 その情はいつしか深雪の中にも生まれ、アマテラスと深雪が統合されていくような気さえした。

 なんにせよアマテラスを宿す深雪こそが、民間軍事組織『反アマテラス同盟』の盟主なのである。

 そのことを知るのは、隣にいる琥珀だけだ。今さら説明すると、蒼人くんあたりが騒ぎそうだなあと思いつつ、深雪は事情を告げることにした。

「断っておくけど、君たちは、ここで降りても構わない。これは『僕の』戦いだから。個人的といっていい事情がある。だから君たちに、どうしても参戦して欲しいとは言えない。そのことを先に告げておくね」

「はあ?」

「ちょっと、ちょっと盟主!!」

 蒼人と緋菜は、同時に声を上げた。

「個人的事情って、どういうことなのかだよ! それに九州まで呼び出しておいて、参加しなくていいって、解せねーな」

 スサノオを宿した刀を携える最強クラスの妖鬼バスターである蒼人と、同じく最強レベルの力を駆使する笛吹きである、緋菜。

 この二名に参戦して貰うことは、いかなる戦闘においても、頼もしい以外の何者でもないだろう。深雪も、もちろん協力を仰ぎたいのが本音である。

 それでも命を落とす危機に陥る可能性がある以上、蒼人たち自身にリスク回避の可能性を示してやるべきだと思ったのだ。

 深雪なりに、同盟のメンバーたちのことを慮ったのである。



「君たちに説明しておくね」

「おまえ・・・・・・」

 訝しげな蒼人に視線を送り、深雪は口を切る。

「あそこに島があるだろう?」

「ああ?」

 蒼人と緋菜が頷く。深雪は海の向こうを指さしている。

 淡い陽炎のように、小さな島影が海の上でたゆたっている。

「・・・・・・僕は、あの島で育った。ところで君たちは、『神話体系』という本の存在を知っているね? 神々の秘密が書かれているという、禁断の古書だ」

それは伝説の書物とも呼ばれている。

「ああ・・・・・・。現存するうちの一冊が、無造作に古書店に出回ってたから、手に入れて読もうとしたら、盗まれた」

「それを盗んだのは、僕の実家だ。関西にある雨宮一族の屋敷の者が、『神話体系』の内容が一般に流布するのを避けるために、強引に入手したそうだ」


 緋菜が声をあげる。

「あ。じゃあ、あの蒼人と忍び込んだお屋敷は、盟主の親戚のおうちってこと?」

「忍び込んだの? 水都の外れの、庭園付きの数寄屋造りの屋敷なんだけど」

「どうやら、そういう事みたいだな」

「忍び込もうとしたら、妖鬼に追いかけられちゃったんだ。だから僕と蒼人くん、その古書を取り戻せずに逃げたんだよ」

「・・・・・・そうか。苦労させたね」

「だいじょぶ。緋菜も蒼人くんも強いから」

 相好を崩した緋菜に、深雪は思わず笑みを漏らしてしまった。

「・・・・・・うん。ありがとう、緋菜ちゃん。でも気をつけてね。油断しちゃ駄目だよ」

「うんっ」

 緋菜はいい子だ。蒼人も、何だかんだ言って真っ直ぐな男だ。二人を巻き込みたくないという思いも、深雪は抱いている。

 それでも、なお・・・・・・。

 深雪は、遠い島を横目で眺めながら蒼人たちに話しだした。その隣では、琥珀が唇を引き結んでいる。



「その『神話体系』というのは、神代島に伝わる秘儀を記した書物なんだ」

『神話体系』という古書。その書物の内容は、島でも中枢にあたる雨宮一族に連なる者にしか伝えられていないという。

 その書物によると、太古の昔・・・・・・まだ世界各国が鎖国に至らず、開かれて一つの文明を作っていた時代に、『神宿りの秘儀』と呼ばれる儀法が執り行われたのだという。

 神宿りの秘儀は、世界の滅亡を食い止めるための儀式であった。

 もし人間たちが争いを繰り返し、この世界が滅亡してしまいそうな事態が起こった際には、神たちが人間の血筋に宿り、そのまま人間に混ざって、世を平和へ導くのだという。その目的のために、神宿りの儀式がある。その儀式は、天地が創造された遙かな太古に、神たちが人間世界に混在しながら、世界を守るために設けられたのである。

「・・・・・・それで?」

「蒼人くん。君の相棒のスサノオとも関係の深い話だから、よく聞いてておくれ」

「いや、相棒ってわけじゃねえけど」

「それで、盟主、続きはっ?」

「ああ、うん。緋菜ちゃん」

 深雪は頷いてみせた後、ふと真顔になると慎重に言葉を継いだ。




「あの神代島には、雨宮という人間の一族が住んでいる。雨宮一族は、昔は東北を治める一地主の家にすぎなかったんだけど、ある時、彼らは所有する土地の遺跡の中から、あの『神話体系』を発掘したんだ」

 雨宮家の農地の中から古書が発掘されたと伝えられている。

「・・・・・・それで?」

 蒼人が不安を滲ませた声音になる。緋菜も無言で話を先へ促した。



「雨宮の土地の一部は、昔は大きな神宮だったらしい。そこに祀られた『神話体系』は、まだ紙が朽ちていなくて、解読が可能だったそうだ。そこで、書物を解読した当時の雨宮家の当主は、『神宿りの秘儀』を執り行うことにしたんだ」



「神宿りの秘儀・・・・・・」

 蒼人の声に、スサノオの刀身が僅かに震えた。

 深雪は神妙な表情を崩さない。

「そう。雨宮家は、自分たちの子々孫々に、神が宿るようにと・・・・・・。もちろん、その時は現実にそれが起こるとは信じていなかったかもしれない。当主は、ちょっとした興味や好奇心で、秘儀を行っただけなのかもしれない。しかし、やがて、それは現実のものとなったんだ。神様は、人間に宿るようになった。もちろん雨宮家の子孫に」

 琥珀が沈黙したまま、視線を海に巡らせる。冬の気配を乗せた海風が、深雪の頬を掠めて波を立てる。波頭の白さが海の青に照り映え、鮮やかなほどだった。

「しかし、ある内乱を逃れるために雨宮一族は東北の地を離れ、遙か南の、この神代島に移り住んだんだ。そして血統を守りつづけ、神が宿る血脈が失われないようにした。つまり、そうなったことで、すべての条件が揃ってしまったんだ。こうして、数世代後には、雨宮一族の嫡流は、神を宿した子供を生むようになった・・・・・・」

 緋菜が、蒼人の近くに一歩だけ近寄る。蒼人はスサノオの柄を握り締めた。スサノオの刀身は、いまだ少し震えている。

「僕は雨宮家の嫡流にあたる。そして、太陽神であるアマテラスという神を、この身に宿して生まれてきた」



 深雪は今、反アマテラス同盟の盟主であると同時に、雨宮家の嫡男として、ここにいる。かつては、相反する二つの立場への相克が生じたこともある。

 だが、深雪の心は、とうに水都にある。同盟の盟主という立場が、今の深雪の立脚する立場なのだ。そのことを蒼人たちに理解して貰えるといいが・・・・・・。



「あんたがアマテラス?」

 蒼人が瞠目している。緋菜は不安げな光を双眸に宿していた。

「そう。もっともアマテラスには人格がない。宿るといっても、ほとんど僕と一体化してしまっている。だから、ただ少し僕が特殊な力を持っているというだけなんだけど。ね、琥珀」

「私には頷きかねます・・・・・・」

 琥珀は目を眇めて口を閉ざした。



「真面目だなあ、琥珀は」

 傍らにいる琥珀に、深雪は笑いかけた。琥珀が憮然とした様子で顔を背けている。

 たまりかねたように口を挟んできたのは、蒼人である。

「おい、ちょっと、深雪! 本当なのかよ、おまえがアマテラスだって!?」

「うん」

「俺たち、『反アマテラス同盟』なんだぞ! じゃあ、どういう事だよ!? 俺たちは・・・・・・」

「信じられないのも、無理はないんだけど」

 深雪が照れくさそうに頭を掻きながら告げる。

「待て! 何か人間離れした野郎だな、くらいは思ってたけどな! おまえ、俺たちをたばかってるんじゃないだろうな!?」

「それは」

 いきおい間に入って蒼人を諌めようとした琥珀を、深雪が制した。

「僕はアマテラスだ。だが、『予言』を広めているアマテラスではないんだ」

「え!?」

「蒼人くん、にぶいよ! 僕、わかったっ! つまり、偽物のアマテラスがいるんだね? 偽物のアマテラスが予言を告げてるんだ。本物のアマテラスは盟主なんだ。それで、盟主は偽物のアマテラスと敵対してるの?」

 緋菜に対して、深雪は口の端を上げた。緋菜という少女は幼いまでに可愛い顔をして、卓越した理解力の持ち主である。

「うん。そういうこと。緋菜ちゃんは頭がいいなあ」

 すると緋菜が破顔する。途端に蒼人が口を尖らせてしまった。そんな二人を見ていると、ちょっと微笑ましく感じる深雪である。

「そういうこと。だから僕が『反』対しているアマテラスは、偽物なのさ」

「・・・・・・じゃあ、俺たち」



「蒼人くん。だからさ、君が連れてる大事なスサノオは、僕の・・・・・・というかアマテラスの弟なんだ。これで僕が、君をここへ連れてきたわけがわかっただろう? スサノオをうまく使いこなすなんて、君の戦闘の技量は大したものだよ。だから共に戦って欲しい。もちろん緋菜ちゃんの、笛の術も、僕は素晴らしい力だと思っている」

「よーするに、純粋な戦力なんだな? 俺たちは」

 蒼人が剣呑な光を眼差に宿らせる。

「・・・・・・うん。神を使役してしまった一族と戦うための、ね。普通の戦力じゃ駄目なんだ。だから君たちに来て貰った。・・・・・・だが今、話したように君たちを危険に身を晒すことになる。だから、ここで降りても構わないよ」

 深雪の言葉を聞くがいなや、蒼人は顔をしかめた。

「あのな。俺が戦ってるのは、おまえの為でも同盟のためでも何でもないんだよ。ただ、親父たちを探すためと、日本国に散らばる妖鬼を少しでも減らすために、親玉であるアマテラスの予言をだな・・・・・・。って、おまえじゃない奴が、その予言をしたっつーか、日本を荒らしてる方のアマテラスなわけだろ!?」

「うん」

「で、おまえは元祖のアマテラスだというわけだな」

「いちおう彼女を身に飼ってるというか。僕自身がアマテラスというと語弊があるんだけど」

 深雪は細かい箇所を訂正する。

「同じだ、同じ!」

「・・・・・・大きく違う。僕の人権が」

「そーゆー話は後だ! とにかく、おまえが自分で妙な予言を告げて、茶番で反同盟なんか組織してんじゃねえだろうな!?」



 これには琥珀が眉を顰めた。

「蒼人さん。深雪さんは、本当に『予言』など告げてはいないのです」

「だけどさあ」

 緋菜が不安げに、琥珀と深雪を交互に眺める。口を切ったのは、蒼人の言葉に耐えかねたような顔の琥珀だった。



「何者か・・・・・・いえ、雨宮家の一部が、アマテラスの名をかたって予言を流布させているのです。そして、告げた予言のとおりに、使役する神々たちによって、災害や大乱を起こさせています。そうすると、予言は成就しますね? こうして、アマテラスの予言が当たったという実績を作らせているんです。よって本当に深雪さんではありません」

「そうなんだよね。まあまあ、琥珀、落ち着いて」

「深雪さん、もっと必死で疑惑を晴らして下さい」

 不満げな琥珀の背中を、深雪が軽く叩く。

「琥珀が晴らしてくれたじゃないか。嬉しいよ」

「深雪さん!」

 優しさを帯びた瞳の色で、深雪は琥珀をなだめた。

 そんな琥珀の怒りを鎮めた後は、深雪が再び続けた。



「僕は予言などしていない。確かにアマテラスには強大な力があるんだけど、そもそも未来は流動的なものだからね。絶対に当たる未来の予言なんてものは存在しないんだよ。ところが、それが存在してしまっている。雨宮家が、予言のとおりに人々を殺しているからさ。だから僕は時折、島に戻って、何が起こっているのか調査していたんだ。雨宮の目的は、反乱分子の数を減らし、自分たちが本州に戻って、この秋津島を実行支配することなんだ・・・・・・」

「そんな・・・・・・」

 緋菜の不安げな声が桟橋に響き渡った。

 すぐに深雪は、緋菜を安堵させるように言い募る。

「だからね。僕は、反アマテラス同盟を結成したんだ。僕自身に反抗するためじゃない。あくまでも雨宮家がかたる偽物のアマテラスの予言・・・・・・。予言を成就させようとして行う殺戮を止めるために、僕はここにいるんだ」

 本物のアマテラスを宿した深雪が、青年らしい笑顔を浮かべる。



「君たちも、来てくれるかい? あの神代島には、雨宮一族の末裔が、今も住んでいるんだ」

 やがて蒼人が沈黙を破るように告げた。

「・・・・・・これはおまえの戦いじゃねえ。いなくなっちまった親を探すための、俺たちの都合だ。だから、予言をしている、あの天災を起こしたのが雨宮家だというなら、そいつに会って戦うまでだ。日本国をこのままの状態にするわけにはいかないからな」

 緋菜が、蒼人と深雪を交互に眺めている。

 深雪は、蒼人を見つめて頷いた。

「ありがとう」

「てめーのためじゃねえ」



 深雪は、苦笑して言い募る。

「・・・・・・雨宮家は、神を宿した人間が生まれる血族というだけではなかった。霊体のままの神を配下にする力をも得ていたんだ。だから雨宮一族は、秘儀によって数々の神を使役することができた。しかし、大物である四大神・・・・・・ツクヨミ、イザナミ、ニニギ、タケミナカタ。この四神の抵抗を抑えるのに精一杯で、取り逃がしてしまった神々も多い。逃げた神からは、やがて、神性も失われてしまった。となった。この世に跋扈している妖鬼というのは、逃げのびた神々のうちで、神性を失って妖気を帯びてしまった者たちのことなんだ」

 緋菜が目を瞠って尋ねかけてくる。

「ええ!? じゃあ、やっぱり妖鬼っていうのは、もとは神様だったんですね!?」

 即座に、深雪が頷いた。

「うん。だから、神としての性質も、その心も、何もかもを失ってしまった神が、妖鬼なんだ」

「そんなあ・・・・・・」

 深雪が、悲しそうな緋菜の頭に慰めるように手を置いた。



「僕らが倒すべきは、神々を使役する人間なんだ。それから、世にはびこって人間を殺戮してまわる妖鬼たちだ・・・・・・」

 だから妖鬼バスターとして一流の腕前を持つ蒼人が、ここでも必要になってくる。逃げたスサノオが性質を保ったまま刀身に宿っていたことは、幸運にほかならなかった。アマテラスにとっては愛すべき、というか不肖の、なのかはわからないが共に生まれた実弟である。

「というわけで、蒼人くんが来てくれるなら、こんなに助かることはないんだ」

 深雪はにっこりと笑う。

「うるせえなあ! 自分のために、その一族? 予言して人殺しをする連中と戦うって言ってるだろ!」



 緋菜も、蒼人と同様に声をあげた。

「僕もだよっ、盟主! 僕も、蒼人くんと事情は同じだもの」

「緋菜ちゃんは置いていこうかとギリギリまで迷ったんだけど」

 深雪が顔を伏せて思案気に言う。琥珀も頷いている。

「え、待ってください! 盟主、僕も行きたい!! 僕だって力ならありますっ!!」

 痛ましげに深雪が首肯した。



「・・・・・・うん。確かに緋菜ちゃんの力は、この戦いに必要だと判断した。僕は、女の子の君を危険な目に会わせたくないという思いより、実戦に有利な方を選んだんだ。この島にとっての侵略者は、僕の方なのかもしれないのに。・・・・・・僕にできる限り君たちを守るけれど。それでも、もしもの時は・・・・・・」

「盟主ってば! 何を言ってるんです!! むしろ僕たちが盟主を護衛しますからっ! ねーっ。蒼人くん」

 緋菜は怖いもの知らずだとしか言いようのないことを言った。

「緋菜・・・・・・。やめろって、こいつを頭に乗らせるようなことを言うのは!」

「だって。盟主に何かあったら桜ちゃんが泣いちゃうしねっ」

「おい緋菜!」

 そして琥珀が一歩、前に出て口を切った。

「では決まりですね。四人で渡航し、神代島へと参りましょう」

 静かな口調の琥珀だが、その瞳には深い色が湛えられている。そんな琥珀に視線を注ぎ、蒼人と緋菜が首肯してみせた。

 深雪が顔を背けながら、再び小さな声で告げた。

「・・・・・・ありがとう」


 蒼人が顔を背け、緋菜が嬉しそうに安堵の笑みを浮かべている。

 桟橋に小舟を繋いでいたロープを外すと、海に漣ができた。四人は小舟に乗り込み、島へと向かった。


 ★ ★



 神代島の最奥にある邸宅。

 島の北側にある集落を抜ければ、雨宮の五大家の邸宅につながる道に出る。

 林に囲まれた門前から続く長い小道を通りぬけると、五つの屋敷がたたずんでいる。その中央に位置しているのが雨宮本家。それを取り囲むようにして、分家である四つの家が、その秀麗さを誇るように、島に君臨している。


 反アマテラス同盟の一行は、舟を桟橋に括り付けると、砂浜を歩いて島の中央に侵入した。

 海をこえて、神代島へ上陸すること自体は、簡単にできた。

 これから先は、戦いの中に身を置かなくてはならないだろう・・・・・・。


 ★ ★

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