ワールドエンド・ワールド~神章~

しまね麻紀

第一話 神々の乱世(1) 最強妖鬼バスター




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01 最強|妖鬼バスター・蒼人のお土産はチョコレート


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「おーい、俺だ俺だ!」

「もう、蒼人あおとくん! どこ行ってたんだよ?」

「悪い、緋菜ひな!」


 弓のように連なる列島を総称して、日本国にほんこくという。その中でも本州とも呼ばれる秋津島あきつしまの中央部に、旧大阪地区は位置している。

 その旧大阪地区が、水都すいとと呼ばれるようになって久しい。ここは海へ流れる無数の川を舟が行き交い、川の奔流の上を、八百八橋が繋いで人々を往来させる、まさに水の都なのである。

 その水都の西の端にある山裾に、ある民間軍事組織の本部が設けられた洋館が、ひっそり佇んでいる。

「ちゃんと調べものしてたって。おい緋菜、頼んでた資料、できたか?」

「もう。できてるけどね。もう少し僕にも説明してよ!」

「悪い悪い。助かる」

「蒼人くんてば!」

 洋館の二階にある応接室。

 そこを訪れたのは、当代最強の猛者との呼び声が高い青年こと、逆井蒼人さかいあおとだった。ただし蒼人は、最強と言われても誰も釈然としそうにない、痩せぎすの小柄な青年だ。二十二歳で目だけは鋭く、藍色の着流しに身を包み、背中に紺地の鞘におさめられた大振りな刀剣を背負っている。

「まあ待てって。それより休憩が先だ。さっきも妖鬼ようき退治したばかりだからなあ」

 蒼人は慌てた様子で手を振った。


 緋菜と呼ばれたショートカットの少女が不満そうに口を尖らせている。

 若本緋菜わかもとひなは、花模様の小紋の刺繍がほどこされた朱色の着物姿をした娘である。幼い雰囲気ながら整った容貌だが、十七歳になった現在でも、幼少の頃と同じで男言葉を話したがる。顔立ちはだんだん女らしくなってきているので男言葉は似合わないと蒼人は思うのだが、それを言ったら不機嫌になってしまいそうなので口を噤むことにしていた。

 なにしろ緋菜は普段おっとりしているものの、妖鬼バスターとしての能力は、蒼人に次ぐほどの腕前なのだ。なみの男では、到底、太刀打ちできそうにない。実のところ幼馴染みの蒼人ですら時折、緋菜が怖かったりするのである。

「あ、珈琲とチョコレート持ってきたぞ! 依頼人に好意でもらった土産だ。有名菓子店の極上品だぜ。おまえも食ってみろよ」

 蒼人は水都の名産品でもある高級菓子を誇らしげに示した。そして豪快に笑うと、緋菜に菓子を勧める。

「ほら。美味いぜ」

「もー、蒼人くんてば!」


 それから蒼人は飄々とした顔になり、椅子に座り直しすと、チョコレートに手を伸ばした。

 緋菜は呆れ顔になりながら、そんな蒼人を見つめている。

「相変わらずなんだからっ!」

 不機嫌そうな緋菜の叫びをよそに、蒼人は黒檀のテーブルに片腕をついた。そして緋菜に煎れてもらった珈琲を啜る。

 しかし、蒼人の表情は次第に神妙さを帯びてゆく。



 そもそも蒼人という男は、常に女性陣に叱られつつ生きてきた、お気楽な商人あがりだ。


 しかし、蒼人には、ある特殊な才能があった。

 それは奇妙な刀を使いこなすという軍事的才能だった。気がつけば、その刀を使って、世にはびこる妖鬼とよばれる異形の者たちを退治するプロの戦闘員になっていた。


 妖鬼バスター。しかも最強。それが蒼人に贈られた称号なのだ。

 しかも、なまじ軍人としての才能があったばかりに、妖鬼退治のみならず、『反アマテラス同盟』なる組織にも属することになってしまっている。

 その戦闘力も、結局は刀のおかげであり、蒼人自身の実力とは言い切れない気がするのだが、同盟にとっては『強ければ理由は問わない』ということらしい。

 そういった理由で、ほとんど無理やり、反アマテラス同盟に入れられてしまったのだ。

 これを無謀な人選と言わずして、何と言おう。

 あの同盟の盟主も、よくわからない人間であるし・・・・・・。





 およそ百年ほど前に大鎖国時代だいさこくじだいを迎え、世界各国が異国への出入国を禁じている世。


 ことの起こりは約百二十年前、急激に人口が減少しはじめ、混沌時代と呼ばれる戦乱期が訪れたことに端を発する。その後、すべての情報が遮断され、国際情勢は混乱し、世界各国が鎖国するに至ったのである。

 やがて日本国も、外国との貿易協定および安全保障条約の全てを破棄し、鎖国時代を迎えた。

 その鎖国期間に入ってからを、秋津島時代と呼ぶ。

 さらに秋津島歴元年に、日本国では神々が次々に復活しはじめた。

 それにより古代神話が、現実のものとして続いて行くことになったのである。

 太陽神アマテラスも、復活を果たしている。アマテラスは日本国のどこかに身を隠し、時折、民に予言を告げる存在となっている。


 しかし、そもそも神とは、いったい何者なのか。

 アマテラスの正体は依然として不明なままだ。


 しかも、そのアマテラスに反旗を翻した者には制裁が下るという予言さえ下されている。それも当のアマテラス自身によってだ。ずいぶん身勝手な予言もあったものである。

 当然ながら、反発する人間たちが現れることになり、おのおの団結して組織を結成しはじめた。蒼人たちの所属する『反アマテラス同盟』も、その一つである。だが、彼らはいずれも非業の運命に見舞われるので、アマテラスに反する抵抗分子は、年々、少なくなる一方だった。

 そして現在、秋津島暦二四〇年。

「緋菜。おまえ、俺が昨日どこに行ってたと思う?」

「わかんないよっ」

「しょーがねーなあ。あれだよ」

「あれって?」

「『神話体系しんわたいけい』っていう古書がある。それを入手しようと思ってな」

「え。『神話体系』って、神様の秘密を書き記したっていう?」

 緋菜が首を傾げながら言う。



 禁断の古書と呼ばれる、『神話体系』。

 その内容は謎であるが、この日本国をゆるがすほどの神の秘密が書き遺されているという古代の書物である・・・・・・。



 神の秘密とは、いったい何なのか・・・・・・。

「蒼人くん! その本を読んだの?」

 緋菜が身を乗り出したが、蒼人は頭を振った。

「いや」

 子供っぽい緋菜だが、近くに寄られると思いのほか女らしい体つきになってきているので、思わず慌ててしまう蒼人だった。とうの緋菜はというと、丸みを帯びた胸と細い腰に無頓着な様子だった。

 それを誤魔化すかのように、蒼人は続けた。


「よし。俺は、あの、うさんくさいアマテラスについて調べてやる!」

 自分の言葉に鼓舞された蒼人は、腕まくりをして気を吐く。


 すると少しは鰯の頭を信じる心を持ち合わせているらしい緋菜が、慌てた風に告げた。

「もう、蒼人くん。いいかげん罰当たりだよ。ていうかアマテラスは本当に人の運命を操る力があるっていうし、あんまり悪口言わない方がいいんじゃない?」

「だからー。何様なんだよ、アマテラスってのは」

「蒼人くん!」

「はいはい。怒るなって」

「だって蒼人くんに神罰がくだったら大変だもの。悪口言っちゃだめだって」

「馬鹿らしいぜ」

「もーっ! ほんとに何かあっても知らないからねっ」




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02 雨宮一族~アマテラスの正体~



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 日本国には、四つの大都市がある。

 北海道地区にあるゆきと都、東京地区にある星都せいと、大阪地区にある水都すいと、宮崎地区にある陽都ようとの四都市が、本州秋津島における巨大都市であった。

 四都市とはいうものの、それぞれに国主こくしゅを戴く国家としての性格が強く、独立した議会制民主政治が執り行われている。

 農業地帯の雪都、工業集積地である星都、大商都である水都、そして大森林に囲まれた独自の文化を持つ陽都と、それぞれの都の特色はさまざまである。


 それらの都市のどこでもない、とある島。


 位置としては九州区の陽都から海を隔てたところに、文明から隔絶されたかのような、小さな孤島がある。

 孤島の南に秘密めいた浜があり、そこに二つの人影があった。

 ひとりは役者のような繊細な美貌の青年だ。名前を雨宮深雪あまみやみゆきという。二十歳を幾つか過ぎたばかりの若者で、痩身の身体を、ラフな洋装につつんでいる。


「・・・・・・ここは、静かだなあ」

 深雪は岩陰から島に視線を巡らせる。

 時々、こうして様子を見に戻ってくるものの、ここは何ひとつ変わらない。まるで時間が止まっているかのような静謐な空気に包まれた島である。

「・・・・・・深雪みゆきさん」

琥珀こはく。どうしたの」



 深雪は、傍らにいる長身の女性の名を呼んだ。

 琥珀は深雪よりも、よほど凛々しい造作をした面差しの美女だ。グラマラスな体を黒い着流しに包み、髪は高い位置で一つに結んでいる。

 子供の頃に、琥珀が好奇心から、深雪が閉じ込められていた屋敷に忍び込んできて以来、深雪は彼女と行動を共にすることが多くなった。

 おそらく、親族よりも信頼を寄せているだろう。

 深雪は視線を伏せた。しかし、すぐに顔を上げる。


「だからさ、琥珀。僕は妖鬼退治の約束をしちゃったから、すぐ本州に戻らなきゃいけないんだ」

 すると琥珀は、眉間に皺を寄せて答えた。

「また、安請け合いしたんですか」

「安請け合いって、ひどいねえ。だって困ってる人がいるからさ。小さなお子さんを抱えてるお母さんだったし、放っとけないよね?」

 深雪は頤に細い手を当て、飄々とした声で告げる。

 傍らにいる琥珀は、眼差に女性らしからぬ鋭利な色を宿し、憂いを帯びた表情になった。


「ねえ、琥珀。怒ってるかい?」

「いえ。怒ってはいません。まだ」

「まだ?」

「・・・・・・深雪さん」

「まあまあ。人助け、人助け」

「気軽に本州と、この島を移動して貰っては困ります。それだけ頻繁に、あなたの身が危険に晒されるのですから」

「うん。ごめん。わかってるよ。なるべくやめるよ」

 にこにこと真意の見えない笑顔を浮かべながら深雪が言う。

「本当にわかってるんですか!? あなたは、アマテラスなんですよ?」

 殊更に厳しい口調になり、琥珀が自覚を促してきた。深雪はわざとらしく背筋を伸ばしてみせ、深く頷いた。

「も、もちろんだよ。ぼ、僕はアマテラスだ。だから。人一倍、周囲には気をつけてるし、こうして人目を忍んで活動してもいるだろ?」


 深雪は、笑いながら琥珀の背中を叩く。

「ほら、神通力っていうの? それが僕にあるから大丈夫だよ。僕って器用だから」

「あなた自身が、神なんです。一応」

「・・・・・・一応?」

「妖力といった方が近いかもしれませんが・・・・・・。実態は、神というより妖怪というべきでしょうか・・・・・・。時々、見慣れている筈の私でも不思議に思うほどの力です」

「ははは。ひどいなあ」

「あいすみません。つい口が勝手に」

「もー。琥珀」

 異例の身勝手で側近にしている美女の琥珀は、口のきき方というものを全く覚えてくれない。普段から丁寧語で、いかにも敬っているような事を言うくせに、この態度である。

 もっとも、だからこそ子供の頃から深雪の近くに居続けることができるのだろう。

 深雪は、神の宿る子供として、幽閉同然で育てられた。日本国中から優秀な教師を集め、英才教育がなされたものの、世俗のことは何も知らずに育った。

 孤独な日々だった。

 しかし琥珀と知り合ってからは、お忍びで島を出て九州へと渡り、陽都へ赴くことも珍しくなくなった。

 疑念を抱かずに接することができる相手は、琥珀くらいのものだった。そういう、気のおけない相手がいることが、どれほど得難いことか、深雪は思い知らされるようだった。

 それほど琥珀は特別な存在なのだ。



 雨宮深雪は、この島を総べる雨宮一族の嫡流である。

 雨宮一族は古来から続く家柄であり、その血脈には神が宿る。

 深雪にはアマテラスが宿り、その身のうちに『彼女』を飼っているといっていい。

 もっともアマテラスからは、とうに人格めいたものは失われており、ただ強大な力だけが深雪という青年の中に巣食っているといえる。

「・・・・・・予言じゃない。僕は何もしていない。予言と災害の理由は、僕じゃないのさ」

 自嘲するように深雪が告げる。

 琥珀は秀麗な双眸を、主人に向けている。その琥珀の眼差は、ぬばたまの闇の色である。




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 アマテラス、スサノオ、ツクヨミの三者は同時に生まれた。とりわけ、太陽神であり高天原を統べるアマテラスは、人格を失いながらも、この日本国の中枢に居続けている。

 しかし、それは雨宮一族あってのことであった。

 日本国は四つの都の自治によって統治がなされている。しかし今、その体勢が覆されそうとしていた。

 古来、各都の国主たちだけが知る、日本を見守る東北の豪族が雨宮であった。もともと雨宮はあくまでも影から日本国を支えることを眼目とし、各国同士の軍事的衝突を回避するために暗躍する者たちであった。

 しかし、約百年前。


 太陽神アマテラスの力が、雨宮家の嫡流の血に宿りはじめてから、全てが一変した。時の雨宮当主はアマテラスの力を得て、予言という形で日本国を操り始めた。それでも当主自身の良識が働いていた先代当主の時代までは、まだ、さしたる問題は起こらなかった。

 しかし、当代当主代理の悟が実権を握ってからは、雨宮はもはや、日本国の頂点に君臨する者といっていい存在になっていた。




「なあ琥珀。先代当主は、惨殺されたんだ」

 深雪は睫毛を伏せて呟きを落とす。

「叔父の、雨宮悟に」

 先代当主夫妻である深雪の両親は、島の奥にある邸宅の自室で刺殺された。

 その後を継いだ先代の実弟の悟は、今や野心を隠そうともせずにいる。

 未成年だった深雪の後見人の立場を得たのをいいことに、一族に君臨し、実権を握っているのだ。


 成人した頃からアマテラスの能力を自在に操れるようになり、強大な力を有することになった深雪は、やすやすと悟に殺害されることはなかったが、水面下で二人の争いは続いている。

 力では悟など、深雪に及ぶべくもない。だが、現世を生き抜く老獪な力では、悟に二歩も三歩も遅れを取る深雪だ。

 日本国の中枢たる現・雨宮家の実権を取り戻し、自らが国家の上に立ってでも、この国に平和をもたらしたい。

 深雪は、そう決意している。

「いい風だね、琥珀」

「ええ」


 二人は孤島を出て、小船で本州に渡ろうとしているところだった。深雪は船尾に座ると、隣にいる琥珀に言い募った。

「あのさ。前から琥珀に言いたかったんだけど」

「何です」

 舟は、蛇行しながら西の都へと一路、進んでいく。白波が海原に現れては消えていった。

「君さ。絶対に僕につかなきゃならないってことはないんだぜ」

「何を言ってるんです」

「だって、僕が勝つとは限らないよ」

「あなた、太陽神アマテラスでしょう。負けるわけないですよ」

「いや、わからないよ。負けるかも」

「何で、そんな弱気なんですか」

「だってさ」

「当主代理についたりしたら、私は殺されますよ」

「え。誰に殺されるの?」

「そりゃ、あなたでしょうが。その場合は、私はあなたの敵対勢力に加勢するんですから」

「・・・・・・そんなことしない」

「自分の立場をわかって下さい」

「わかってるけど、そんなことできない」

 ふと琥珀は嘆息した。

「それをするくらい冷酷であって貰わなければ、今の雨宮家の上に立つことはできないと思います」

「でも君は殺さないよ。・・・・・・できれば叔父さんも殺したくなんかない」

「だから、勝負がつかないんでしょう。あなたがその気なら、いくら有能でも人間である当主代理の命など、たやすく奪えるのですから」

「それをしちゃいけない。それをしたら、僕は、何か大事なものを失うような気がしてならないんだ」

 深雪は、真顔のまま琥珀に視線を向ける。

 琥珀は相好を崩した。

「・・・・・・とにかく私は、今の立場が自分の身の安全を保証するんだと思ってますから。お気遣いなく」



「どういうこと?」

 琥珀は、しれっとした顔で告げる。

「あなたについていれば安全だから、共に居るまでだということです」

 これには、さすがの深雪も反駁せずにいられない。

「君って、利己的だなあ」

「琥珀一族は、利のために動くものです」

「わかってるけどね」

「あなたが勝つ可能性が高い。だから、あなたと共にいるのが得策です」

「・・・・・・ご期待に添えるといいけどねえ」

「絶対に勝てますよ。信じてます」

「ありがとう」

 慣れた会話を交わしながら、深雪は小さく笑った。

「だから。自信なさげな発言は神様らしくないですから」

「琥珀にあげたいよ、アマテラスの立場なんて」

「私にですか」

「うん」

 深雪は、益体のない会話に肩を竦めた。

 二人を乗せた舟は、陽都に向かって海原を進み続けている。櫂で漕ぐまでもなく、深雪の力で船は推進していた。

 琥珀は首を傾げる。

「『アマテラスとしての立場や力』・・・・・・。私は、それを欲しい、と思ったことがありませんね」

「どうして? 権力が君のものになるかもしれないよ?」

「私が欲しいのは、それじゃないみたいです」

「・・・・・・そう」

 深雪が神妙な瞳で頷いた。

 純粋なる人間って、いったい何が欲しいんだろう? 何があれば満足できるんだろう? 深雪はふと、そんな疑問を覚えていた。



 本当は、必ず勝つつもりだった。両親の仇であり、残忍な気性を隠そうともしない悟に、この国の将来を託すつもりなどない。

 全力で立ち向かい、様々なものを勝ち取らなければならない。

 深雪は船上で波に揺られながら決意を新たにした。



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 蒼人が緋菜にチョコレートの土産を渡した日の、翌日のことである。

 都の巡回を終えた蒼人と緋菜は、反アマテラス同盟の基地である洋館へと向かっていた。色褪せたジープの運転席に座り、蒼人はハンドルを切る。助手席にいる緋菜が、目を凝らして遠くを見詰めている。

「ところで、緋菜」

「どしたの?」

 アマテラスが実在するにせよ、しないにせよ、この世が荒れていることは間違いない。妖鬼たちは人間を襲い、時には惨殺することもある。

 妖鬼は黒い影のようなもので、言葉は通じないが、感情の残滓らしきものがある。その妖鬼から人を守ることは、蒼人と緋菜の大切な仕事である。

 妖鬼バスターは、なかなか多忙なのだ。



 そして日本国には現在、『新・秋津島神話しん・あきつしましんわ』と呼ばれる神話が流布している。



高天原たかまがはらにアマテラスがいて、この日本国・・・・・本州秋津島を守っている。それが、新・秋津島神話のはじめの一文だな」

「うん」

「あのな。俺、もしかしたら高天原たかまがはらの場所をつきとめたかもしれねえぞ」

「本当!?」

 緋菜は期待に満ちた顔になる。

「情報屋の大之木おおのぎに会ったんだ。あいつから、『天岩戸あまのいわと』についての情報を仕入れてきたって連絡があったんだ。だから、あいつに話を聞けば何かわかるはずだ」

「ちょっと、凄いじゃん!」

「おう。まあ聞けって」

 蒼人が『神話体系』を目にした時から考えていた仮説。それを、大之木が証明する形となった。

 それは、すべての神話の謎が収斂していく、ひとつの場所が日本国のどこかにあるという仮説に他ならない。

 そして『高天原』というのが、その場所の名前なのである。

 高天原がある場所は今だ判然としないのだが、蒼人は暫く前から、その場所を探し続けている。いずれ、そこで何かが起こる気がしてならないからだ。

「でもさ。こないだ、新しい予言があったよね。また当たるのかなあ」

 緋菜が不安を瞳に滲ませている。

「さあな」



 蒼人は、緋菜の心配を和らげるように殊更に明るい表情になった。そして、ハンドルの脇に置いてあるチョコレートをつまみながら告げた。

「俺は、予言なんてもんはないって思ってる」

「でも、当たるんだよ? アマテラスの予言は」

「何かある筈だ。絡繰が」

 ハンドルから片手を離して、蒼人は欠伸をした。アマテラスの予言などというものを、蒼人は恐れるつもりはない。必ず当たる予言など、ある筈がなかった。

「アマテラスが人民を救い、アマテラスが予言をする、か」

「そもそもアマテラスって何なの?」

 素朴な疑問を覚えたらしく、緋菜が訊ねてくる。蒼人は頭を掻いた。

「・・・・・・さあな」

「神? 神っていったら、その辺で悪さする奴らも元々は神だよね」

「あいつらは妖鬼だろ」

「でもさあ、蒼人くん。妖鬼は、元は神って呼ばれてたって話だよ?」

「うーん・・・・・・」

 少し呆れの響きを声音に含ませて、蒼人が首を捻る。

「それに、ツクヨミって神様もいたっていうよ? そういう名前の妖鬼がいるじゃない」

「神の名を名乗ってるだけだろ。あんなのが神かよ・・・・・・」

 国中に出没する妖鬼と呼ばれる異形の生き物。この日本国にある四都市が擁する軍隊は、各都市間の軍事行動に加えて、妖鬼から人間を守る役割を果たしているのだ。

 妖鬼による乱行は、年々、数を増すばかりだ。

 神を名乗る者たちや妖鬼による、乱世。

 今は、そういう混沌の時代なのだ。

「うん。それにさ、アマテラスは他の神とも妖鬼とも違うよ。だって、外れない予言をするんだよ」

「そうだな・・・・・・」

 案外、本物の神様かもしれないな、と蒼人が静かに呟いた。




 反アマテラス同盟。それは現在、本州秋津島および北海道島および九州島における最強の軍事組織である。

 この同盟は数年前、西国の水都で生まれ、徐々に拡大しつつある。

 アマテラスが妖鬼の親玉であるという、異端の説を支持する妖鬼バスターによって設立された組織だというが、その全貌は詳らかではない。



 蒼人がふと視線を上げると、土佐堀川に渡された橋の上を華やかな格好の女性たちが往来していた。その様子は、かくも涼やかな絶景だ。大阪は、活気に溢れた水の都なのである。

 その水都の北端には、北摂津の山々が連なる。

 京の都へと続く、加茂勢の山裾に、瀟洒な二階建ての洋館はある。赤煉瓦が敷き詰められた路面の上に佇む石造りの洋館。この水都に西洋風の建造物があるのは、まだ日本が異国と交易していた時代の名残なのだという。


「遅い!」

「桜・・・・・・」

 洋館の玄関で顔を合わせるなり、同盟のメンバーである安川桜やすかわさくらに怒鳴られ、蒼人は口を尖らせた。

 栗色の髪を背中まで伸ばした美貌の少女は、蒼人を見るがいなや説教せずにいられなくなったようだ。さすがは同盟員としての活動の合間、寺子屋で子供たちに勉強を教えているだけあり、口うるさい女だな、と蒼人は憮然とした顔になる。

「もう! 盟主はもう帰っちゃったわよ。せっかく立ち寄って下さったのに」

「はいはい、盟主ね」

 盟主という単語を聞くなり、蒼人が首を捻る。

「蒼人ったら、仮にも同盟の一員でしょう。盟主に対しての敬意をもっと持ちなさい」

「あいつ。命令するだけして、神出鬼没だからな・・・・・・」

「蒼人!」

「わかったわかった、おまえが盟主殿に惚れてるのは勝手だけどな」

「ちょっと、別に惚れてるってわけじゃないわよ」

 慌てたように頬を染める桜に、蒼人はさらに憮然とした。

 緋菜が、交互に桜と蒼人に視線を巡らせている。

「まあまあ。桜さんも蒼人くんもっ」

「緋菜ちゃんー・・・・・・」

「蒼人くん、前に桜さんに感謝してるって言ってましたよ! 桜さんに同盟を紹介されて、何だかんだ定住して定職に就いたもんね。だからほんとは、蒼人くんは桜さんのことも盟主のことも好きなんですよ」

 天真爛漫な緋菜の発言に、慌てたのは蒼人である。

「おま、緋菜っ!!」

「ちょ、ちょっと、それならそうと素直に示しなさいよ!」

「桜ああああっ! おい緋菜っ!!!」

「僕は、蒼人くんが素直になるべきだと思うよっ」

「って助けろよ、緋菜ああああ!」

「だって僕、桜さんの味方だもの」

 女性二人と男性一人。いたって平和にチョコレートをつまみながらの、普段どおりの光景だった。




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 それから十日後のことである。水都の外れにある橋の袂で、蒼人と緋菜は妖鬼退治にいそしんでいた。

 妖鬼は、黒い異形の影となって群れをなしている。

 そこまで悪質な妖鬼ではないらしく、悪戯程度に人を脅かすだけで、怪我を負わせたりはしないようだ。

 蒼人は、この妖鬼たちは散らすだけで、消滅させる必要はないと判断した。

「おい緋菜! そっちから来てるぞ!」

「うん!」

 妖鬼に襲われ、蒼人は刀剣を振りかざした。蒼人の剣が唸るような音を立てる。緋菜は、妖力を帯びた笛を操り、妖鬼を撃退する。

「無事かっ、緋菜!?」

「もっちろん! 蒼人くん、僕の腕をなめすぎっ!」

「油断すんなよ!」

「了解!」


 元気のいい緋菜に少しばかり心配そうな視線を送りつつ、蒼人は両手でつかんだ刀に向かって叫んだ。

「おいスサノオ、そのまま行け! この妖鬼は、散らして小型化すればいい!」

 意思を持って動く剣を、蒼人は必死で制御しようとしながら振り下ろした。

「スサノオ!」

「何が不満だ? 蒼人」

 スサノオは、刀剣に宿る神だ。

「殺すなって言ってるだろ!」」

 心外だと言わんばかりの響きを、スサノオの声が宿す。

「妖鬼バスターたるもの、妖鬼を殺さないで、どうするのだ」

「やりすぎるなって!!」


「何を甘いことを言ってるのだ。ようは、あの異形の妖鬼を、壊滅させればいいのだろう」

 先刻から、やたら冷静沈着な声が剣の刀身から聞こえてくるのである。慣れたものなので、緋菜も驚いた顔はしない。最初にスサノオと引き合わせた子供の頃は、緋菜も腰を抜かしたものだが。

「殲滅しろとは言ってねえ! 今はとりあえず追い払えればいいんだ!」

「つまらん。あやつらを生かすことに、何の意味がある?」

「無益な殺傷はするなって言ってるだろ・・・・・・」

「人道主義ぶるな。蒼人」

 スサノオが平然とした声で反論してくる。

 蒼人は頭を抱えてしまいそうになった。



「俺は人道主義なんだよ!!」

 嘘のようだが蒼人は本当に人道主義・・・・・・というか基本は生物無殺傷主義なのである。異形と見れば襲いかかるスサノオに比べれば、誰でも人の道を重んじる平和主義なのかもしれないが。

「あれは外敵だろう。叩かなくていいのか」

「いや、だから、そこまで悪質じゃないから、わざわざとどめをささなくていいって」

 異形の妖鬼といえども、生き物であるという考え方の蒼人は、時に、スサノオの怜悧な凶暴さにはついていけない。

「理解できないな」

「理解しろっ! でなきゃ一緒にやっていけねー!」

「私は望んで共にいるのではない。たまたま、私が宿る剣がおまえと相性がいいだけだ」

「たまたまでもなあ!」

 そうしているうちに、緋菜が呑気な声をあげた。

「あ。ねーねー、妖鬼たち、散って行ったよ。蒼人くん。もう大丈夫そう!」

「おう・・・・・・」

「ふん」

 つまらなそうなスサノオの声に溜息をつきつつ、蒼人は剣を鞘に直した。緋菜は無邪気に笑いながら走っていく。


「おーい緋菜! ところで、おかしな話だぜ。俺はただ、古書を手に入れようとしただけなのに、覆面をした武装集団に襲われたんだ。で、古書店で見つけて買ったばかりの『神話体系』が盗まれてしまった」

「それで!?」

「盗まれたものは取り返したくなるのが人情ってもんだ。俺は、犯人の行方を追い、この西の水都に奴らがいることを突き止めた。で、だ」

「うん」

 緋菜が興味深々といった面持ちで視線を注いでくる。蒼人は咳払いを落とした。

「俺は今から、そいつのところに行く。お前もくるか?」

 呑気な上に蒼人に負けず劣らず無謀な緋菜は、二つ返事で頷いたのだった。

「もちろん!」



 古書『神話体系』を取り戻そうとした蒼人たちは、水都の西の端にある屋敷を訪れることにした。本を盗んだ犯人が、その屋敷の方へ逃げたのを、蒼人が目撃していたためだ。

 そして、屋敷の前にたどりついた途端、再び妖鬼たちに襲われたのである。

 まるで屋敷を守るかのように、配備されていた妖鬼。

 幸い、すぐに撃退できたものの、蒼人は眉間に皺を寄せた。

 やはり『神話体系』は、この屋敷の中にある可能性が高い。

「このお屋敷、何なの?」

 緋菜の呑気な声に、蒼人が答える。

「ここは離宮って奴だよ」

「え? それって高貴な人の住まいってこと?」

「そう」

「誰の?」

「あくまで噂だが・・・・・・。九州地区の陽都のトップクラスが、大阪へ来た際に身を寄せている屋敷だと言われている」

「九州のトップ?」

「ああ。だが正体はわからねえ」

「ふうん・・・・・・」

 蒼人は屋敷に潜入しようとして、裏門の方へ歩いていく。

「なあ緋菜。この『神話体系』を欲しがる奴が、それなりの地位にいるってのは面白いと思わねえか?」



「・・・・・・まあね。面白そうだね」

「おまえなら、そう言ってくれると思ってたぜ」

 緋菜が笑った。

 スサノオは二人の話を耳を傾けてはいるようだが、無言を貫いている。

 蒼人は屋敷の裏門に視線を巡らせるなり、表情を改めた。

「って緋菜、スサノオ! また妖鬼だ! 挟み撃ちにするぞ!」

「了解っ!」

「うむ」

 左右に分かれた蒼人と緋菜が、それぞれ剣と笛を振りかざす。スサノオの刃が風を切った。

 屋敷の敷地内に足を踏み入れると、そこにも妖鬼が居り、蒼人たちを追ってくる。

「退却するぞ!」

「おっけー! 逃げよう! 身の安全あっての好奇心だよね!? 蒼人くん!」

「おう! 以心伝心だな! スサノオもいいな!」

「致し方ない」

 剣から低い返答が返された途端、妖鬼めがけて刃が一閃する。結局、屋敷への侵入は諦めざるをえなくなり、蒼人たちは再び塀を乗り越えて屋敷の敷地の外に出た。



 風が吹き抜ける水都を駆け抜け、蒼人たちは屋敷から離れる。妖鬼は追いかけてはこなかった。

「ふう。もう大丈夫そうだな。おい緋菜、怪我ないか!」

「ないよ、平気!」

 緋菜が腕を振って見せる。

「よし。あいつは人に使役されている妖鬼だった。あの屋敷の持ち主が番犬替わりに飼ってるとみていいだろう。ますます『神話体系』に興味が沸くってもんだ」

「うん・・・・・・」

 そのまま煉瓦が敷き詰められた路地を歩き、蒼人と緋菜は反アマテラス同盟の潜伏基地である洋館へ向かうことにした。

 基地では桜が、双子の妹である茜音あかね彩音あやねを連れてきていた。

「何よ、傷だらけじゃない。蒼人も緋菜ちゃんも、どうしたの」

「いや、その」

 蒼人が口ごもると、緋菜も慌てた声になる。

 戦闘能力が異常に高い蒼人と緋菜のふたりは、時に無茶なことをしてしまう。なるべく、桜を巻き込んだり、ましてや怪我などさせたくないという思いから、二人は桜に対しては極秘で作戦行動を取ることが多かった。

「えっと。桜ちゃん。僕らは転んだだけです!」

「そーそー。緋菜の言うとおり」

 すると桜が、疑わしげな眼差で蒼人たちを見る。

 蒼人と緋菜は、観念したように項垂れた。



「嘘ばっかり。蒼人も緋菜ちゃんも。いつも、あたしに隠し事しながら傷をつくるんだから」

 不満そうに告げた後、桜は見逃してあげるといった風に微笑み、二人の傷の手当をしてくれた。彼女には叶わないと蒼人が思わずにはいられないのは、たいていこんな時なのだった。

 傷が傷まないように心を配りながら布と消毒液を当ててくれる桜の手は、柔らかく優しかった。

「お兄ちゃんたち、大丈夫?」

「お兄ちゃんたち、元気になって・・・・・・」

「おう。茜音、彩音。心配すんな。俺も緋菜もぴんぴんしてるぜ」

 桜が心配そうな声音で言葉を継いだ。

「そのへんのチンピラともめたくらいならいいけど、今は妖鬼が多いでしょ。あんたたちは二人とも妖鬼に狙われやすいし・・・・・・」

「まあ。俺たちは妖鬼を倒すのが商売だからなあ」

 蒼人の言葉を、緋菜がまぜっかえした。

「でもさー。蒼人くんの本業は地図売りでしょ? ご両親の跡をついで、立派な地図屋さんになるんでしょ?」

「そうなんだけどなあ。需要があるのは妖鬼バスターらしくて・・・・・・」

 すると桜が腰に手を当て、堂々と一刀両断した。

「なに弱気になってるの。妖鬼も倒して、素敵な地図も作ればいいじゃない。どっちもできるわ」

「へい」

 すっかり桜にやりこめられつつ、蒼人は苦笑していた・・・・・・。


 ★



 ★ ★



 翌日の、民間軍事組織『反アマテラス同盟』の基地は至って平和だった。


「おい坊主たち、特ダネやで!」

 しかしフリーの記者である大之木おおのぎが基地に顔を出したことから、事態は一変した。


「・・・・・・大災害と戦乱が起こるかもしれん」

「何だと?」

 問い返すやいなや、蒼人の目が鋭さを帯びる。

「近いうちに『国譲りくにゆずり』があるっていうんや」

「『国譲り』って何だよ」

「それは、まだ謎や。坊主。なんでも、ようさん人間が死んでしまうっちゅう話やけど・・・・・・」


 坊主というのは、蒼人のことだ。三十路を過ぎた妻帯者の大之木にしてみれば、いくら腕自慢の最強妖鬼バスターとはいえ、まだ二十二歳の蒼人などは、坊主でしかないのだろう。

 大之木は鼈甲縁の丸眼鏡をかけた大柄な男で、丸みを帯びた体の上に、やはり愛嬌のある丸顔が乗っており、頭には黒いベレー帽を被っている。

 情報屋を名乗る大之木の夢は、個人で出している水都かわら版を、全国規模にして発行部数を十倍に伸ばすことなのだという。

「大之木。何だよ、特ダネって」

 すると大之木は神妙な口調になって続ける。



「まずは『国譲り』なんやて」

 水都のなまりがある言葉で大之木が言い募った。

「そして、その後には『天孫降臨てんそんこうりん』があるって話や。どっちも大災害と戦乱が起こり、人が死ぬというんや・・・・・・」

 蒼人は眼差しに真摯な光を宿らせる。


「つまり、『アマテラス』が新しい予言をしたんだな?」

「そうや。しかも『大いなる予言』」

「大之木。どこからの情報だ?」

「ちょお待て。お兄様を呼び捨てにするなや」

「じゃあ、てめーも『坊主』はやめて蒼人って呼べ。大之木のおじさん、情報源は? また明かせねーのか」


 生真面目な表情のまま、蒼人がさらに問いかける。

 大之木は、咳払いをして得意気に告げる。

「わかったわかった。蒼人って呼ぼう。・・・・・・ところが今回は情報源の開示許可が出ている。その情報を出したんは各都市の議会や」

 蒼人と緋菜は、驚いて同時に声を上げてしまう。

「議会?」

「アマテラスの新しい予言は、二日前に各都市の国主に告げられたらしい。それが昨日になってから、議会まで降りてきた。そこからは、まだ極秘事項のままや」

 蒼人は大之木に正面から対峙する。


「ちょっと待てよ。一般の都民にはいつ知らせるんだ?」

「・・・・・・それは、わからへん」

 新しい予言。



「アマテラスが予言したら、それは戦乱や災害をともなうことを意味し、すぐ現実のものになる。日本国の民に知らせなきゃまずいだろう」

 蒼人が眉を寄せる。


「国主たちは、まだ発表するには時期尚早だとふんでいるんや」

「何でだよ。早けりゃ早いにこしたことはねーだろ」

 苛立たしげに告げる蒼人を、緋菜が痛ましげな目で見ている。

「・・・・・・蒼人くん」


 前回、アマテラスが『大いなる予言』をしたのは、約九年前のことである。『天岩戸』と呼ばれる、その騒動の時、三か月に渡って太陽が隠れ、それによって飢饉と冷害が起こり、本州秋津島の多くの民が餓えて死んだ。

 その時の混乱で、蒼人と緋菜の家族の行方は知れなくなった。蒼人たちが反アマテラス同盟に属しているのは、そういった家族探しという事情があるからでもある。


 アマテラスの予言。それは、大乱の合図である。



「そんな話を聞いて、俺がじっとしてるなんて思わないよな。大之木」

 にやりと蒼人が笑う。大之木は、両手をあげて苦笑した。

「せやな」

 ここで手をこまねいているわけにはいかない。

 蒼人の背中にいるスサノオも、うむ、と静かに頷いた。 スサノオの鞘に軽く触れ、蒼人は大声で告げた。



「おい、やるぜ! 俺はアマテラスには個人的な恨みがあるけどな! それに加えて世のため人のためってのも、悪くねえ!」

「坊主・・・・・・。いや、蒼人なら、そうくると思ってたんや!」

「・・・・・・蒼人は人が良すぎる」



「スサノオも協力しろよな」

「・・・・・・全く」

「緋菜、大之木! スサノオもやる気だってよ!」

「誰がそんなことを言った」

「おっしゃ! 期待しとるで!」

「僕もやるよ、蒼人くん! 全力で!」


 大之木と緋菜は、にやにやと笑いながら同意した。都の民や小さな子供たちを守りながら、こうして反アマテラス同盟のメンバーは行動を共するのである。バカなことで騒いでばかりいる男たちだが、身近な人々や都で暮らす民のことを思う気持ちは人一倍強いのだ。


 たとえ大乱になっても、立ち向かうまでだ・・・・・・。

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