第20話 青の抹消編⑥ 狼の意地
「どうした
「バカ言え。……まだまだ、平気…決まってんだろ……」
「まったくわかんねぇな。こんな戦いしなくても天道を開放すると親切に言ってやってんのに」
「お前が…約束を守る保証は…どこにもないだろ…はぁ……それにな…俺が簡単に諦めたら……東条や守に合わせる顔がねぇ……」
「いいじゃねぇかよ、仲間が助かれば。それ以上何を望むって言うんだ?」
「簡単に…引き下がったら……お前らに屈したって…思われるだろ……天道助ける気が…ないみたいだろ」
「そんなことねぇだろ。俺に呼び出されてこんな夜遅くに
「うる…せぇな」
その瞬間俺は背面の工場の出口に向かって駆け出す。
「なんだよ。四の五の言っといて最後は逃げんのかよ」
鷹山の諦観とは裏腹に俺はまだ諦めてない。この工場は既に捨てられた場所故に明かりが一切灯っていない。今までは工場近くの電灯を頼りに明かりを確保していた。光が差し込むのは工場の側面にある小窓が左右に5つずつ、そして常に開けっ放しの工場入口。入口は開閉式のおおきな扉だ。つまりこれを閉じてしまえば光源のほとんどは絶たれる。俺が扉を閉めたことで工場はほぼ真っ暗になる。
「暗闇に身を潜めながら戦えば俺に勝てると思ったか。だが条件は同じはずだ」
いいや違うな。生憎俺は夜目が効く。数秒で目が慣れてきて暗闇の中でもお前の位置はわかる。
「……そうか。流石は
どうやら俺が暗視できることを鷹山も察したらしい。だからってこっちが不利になったわけでもない。息を殺して忍び足でゆっくりと鷹山に近づき奇襲をかける。よし…あともう少し……
「がぁっ!!!」
側面から奇襲をかけた俺の腹に突然衝撃が襲い掛かる。
いや、鷹山を見れば左足が俺の腹を捉えていた。鷹山の蹴りが当たったんだ…。
「残念だが俺も夜目が効く方なんだ。俺が気づいてないと思い込んでゆっくり忍び込んでくる
「うまく嵌めた…ってところか…」
「だから言ったろ、『条件は同じ』だって」
鷹山は勝ち誇ったように笑いながら俺の胸倉を掴んで膝蹴りを打ち込んできた。そして俺を投げ飛ばす。
「くそっ……」
まずい…頭打った…意識が………。
智樹が鷹山に投げ飛ばされて意識を失った。健闘虚しく鷹山は余裕の表情で敗者を見下ろす。
「残念だったな
鷹山は携帯で時刻を確認。現在の時刻は11:49。ゲーム終了までまだ10分以上早いが、智樹は意識を失ってしばらく目覚めそうにない。仮に12時前に目を覚ましたとしても体は傷だらけ。どんなに打撃をくらっても果敢に食らいついてきた
「勝手に負けってことにしちまうけど悪く思うなよ。お前だってこれ以上
鷹山が暗闇と静寂に包まれた工場から出ようと扉に向かおうとした刹那―――
「オイオイ、冗談だろ?」
智樹は立ち上がっていた。満身創痍の体に鞭打って。
その瞳は虚ろで焦点を捉えておらず、生まれたての小鹿のように足はガクガクと震え今にも倒れてしまいそうなほど不安定。加えて開始直後の野球ボールによる攻撃で前歯が欠けた口からスース―と奇妙な異音を発しながら。茫然自失の表情と相まって見るものを戦慄させる気迫が今の彼にはあった。
その吹けば消し飛んでしまいそうなか細い蝋燭の灯のような体で智樹はゆっくりと扉に向かおうとしていた鷹山に接近する。
その姿に慄きながらも鷹山の拳が智樹の右頬に当たり再び倒れる。だが数十秒後再び彼は立ち上がる。あいかわらずボロボロの体。勝機の見えない捨て試合。客観的に見れば全くの無駄な足搔き。
「……いい加減にしろよ!そんな状態で
当惑しながらも鷹山は智樹と向き直り渾身の一撃を振り下ろそうとするが、彼の顔面を狙った拳は空を切り一瞬彼を見失う。だが敵は目の前―鷹山の腰にしがみついていた。智樹は鷹山に接近する途中で足を滑らせて転倒。鷹山の腰に手をついて床に転倒するのを防いだ―それだけだ。
スース―と呼吸音を漏らしながら鷹山にしがみつく姿はまるで懇願の
「俺は……まだ…負けてねぇぞ……」
「こいつ……!」
鷹山は必死に智樹を振り払おうとするがその手はなかなか離れない。その拍子にうっかり足を滑らせて尻餅をつく。そのタイミングで智樹は馬乗りのような体勢になり鷹山の顔面に一発。だが
「智樹!無事か!」
廃工場の閉ざされていた堅牢な扉を押し開いて現れたのは東条悟だった。
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