行ってしまった少女の話

鹿紙 路

第1話

 父さんは死んでしまった。

 円錐住居チュームのてっぺんの穴で、きらきらと星が光っている。

 レッセエは毛皮にくるまり、それを見上げていた。

 チュームのなかにひびく寝息はふたつ。母さんと、義理の妹のガルパラーク。小さな火が、中心の炉でぱちぱちとはぜている。

 父さんが出て行って十日がたち、夕食どき、母さんはそわそわしていたが、まだなにも言わなかった。妻が夫の心配をすると、必ず災いが起こる、と言われているから。

 けれど、レッセエにはわかってしまった。寝入る前、トナカイたちを見回ったとき、白い毛並みの聖なるトナカイセウェークが、せなかに負った骨針の小袋をふるい落としてしまったから。

 セウェークは鼻を鳴らし、のどもとのふかふかの毛をレッセエにこすりつけた。

 父さんはどんなふうに死んだのかしら。

 十二歳のレッセエは考えた。

 明日の朝、母さんに骨針の小袋のことを言おう。そうして、わたしが父さんを探しに行く、と言うのだ。

 冬の氏族集会スフレーンが終わり、ソーナヤの月[一月]が終わろうとしている、厳しい樹氷の季節だった。

 父さんは冬のたくわえをたくさん残してくれた。けれど、まだまだ夏は遠い。一番のえは春にやってくる。それまで、狩りを行わなくてはならない。

 わたしだ。

 レッセエはみぶるいした。

 わたしが、母さんとガルパラークをやしなうのだ。

 その晩、レッセエは夢をみた。

 父さんが、足をすべらせ、泉の氷を割って落ちる。なんとかはい上がり、ぶるぶるふるえながら火をたこうと背負子しょいこから火口ほくちを取り出す。かわいている。ほ、と息をつく。こけに火をつける、けれど、もやす枝を手に入れようとしても、それはどれもふかく雪にうもれている。父さんに、もうそれ以上の時間は残されていない。…………



 レッセエには片足がない。

 生まれたときからそうだったらしい。

 だから、狩りにはトナカイに乗って行く。母さんがよめいりのときに持ってきたセウェークは、本当は乗ってはいけない。けれど、レッセエはセウェークに乗って狩りに出た。母さんは、泣いて止めた。レッセエが心配だったから。

 母さん、安心して。セウェークが、乗ってもいいと言ったんだよ。

 シカも野生のトナカイも、わたしがしとめてきてあげる。

 レッセエはそう母さんに言い聞かせて、こおった父さんのからだをほうむった翌日、狩りに出て行った。

 セウェークはレッセエに、雪のつもった森の読みときかたを教えた。

 レッセエは、森が、びっしりとししゅうのほどこされた、母さんのうわぎのようだと思った。

 枝から落ちたちいさな雪のかけら。けものの足あと。黒テンが、エサを取りに出て行ったのか、帰ってきたのか、足あとの形と深さを見ればわかる。この二、三日雪が少なかったから、父さんのスキーのあとも残っていた。これは、シカを射たあと。これは、天幕をはったあと。

 雪にぬいこまれたししゅうのすべてに、意味があることがわかる。レッセエの目から涙がふき出た。それがこおり付いたので、あわててごしごしとこすり、ほおに血がにじんだ。

 森を読みとけば、レッセエはどこへ行けばよいかわかった。

 シカを射た。リスの、目に命中させた。

 シカは毛皮もけんも、内臓も肉も使える。リスは、毛皮を税として納められる。

 セウェークの背にえものをくくりつけ、レッセエは揚々ようようとチュームに帰る。

 母さんとガルパラークがよろこんでそれをむかえ、料理する。

 一家は晴れた夜、星を見上げて方角を確かめながら移動した。



 ある日、ガルパラークが、シカをさばいていて手を切った。

 小鳥がちちち、とさえずりながら、そのまわりを飛んだ。

 血、血、血、自分の血はなめておしまいよ。

 ガルパラークはてのひらからしたたる血をなめて、甘いと思った。

 姉さんの血も、甘いのかしら。

 狩りから帰って、つかれて眠っているレッセエに、ガルパラークはナイフを持って近づいた。

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