第131話お母さん! ヴァ二アルと一夜を過ごしました!

 ヴァニアルは抵抗することもなく、すんなりと俺を部屋に入れ、ベッドに座っている自分の横に来るように手招きをする。

 魔族である事が明るみに出て、王宮を追放された以降、二人で話すのは初めて。

 正直、何て声を掛けていいか分からなかった。


「この国、昼は暑いのに夜は冷えるでしょ?」


 ヴァニアルは俺に気を遣ったのか天気の話をし始めた。

 対応が大人だ。


「そうだな... ...」


 で、俺は次に続く言葉が見つからずに黙り込んでしまった。

 俺はあれだ。

 とりあえず行動するタイプで後先考えないのだ。


「... ...」


 冬眠中の虫のようにジッと動かずにいるとヴァニアルは悲しげに笑い、手を取って、自身の豊満な胸に押し当てる。

 脂肪の塊だというのは分かっているのにそれに触れるだけで何故か心が落ち着く。

 ただ、落ち着いているのは触れている俺であって、触れられているヴァ二アルの心の臓は掌を小突くように高鳴っている。

 ヴァ二アルは少女のように顔を赤らめ、上目遣いでこちらを見やる。

 

「やっぱり、元男の僕じゃ無理だよね?」

 

 ヴァ二アルは自身の体で俺が臨戦態勢になっていないと分かり、不安を口にする。


「そうじゃないよ」


「じゃあ、どうして?」


「それはヴァニアルが俺の事を愛してないからだ」


 ヴァニアルは俺の事を好きだとは言っているが本心ではない。

 抱こうと思えば抱けるが何か抱いたら負けた感じがして嫌だった。


「... ...花島にはお見通しだったか」


 な?

 やっぱりそうだろ?

 俺が良い人だという事で女の子に良い様に使われた数は伊達じゃない。

 不安になったり、酔った女を抱くのは下半身は気持ちは良いが後味は悪い。

 歳を取って感じるがセックスってやつは心と心が通じていないとただただ虚しい。


「でも、男の人なら誰でも良かった訳でもないよ」


「そうか。それは言われて嬉しい」


「あのね。セックスすれば女の子に近付けるかと思ったんだ」


「理屈が分からん。処女は女じゃない言い方だな」


「何か棘がない?」


 そうだな。

 それは少し意地悪だったか。


「花島はいつから僕が女の子になりたいと思っていた事に気付いていたの?」


 すまし顔で尋ねる。


「うーん。いつって言われると回答に困るんだが... ...」


 ヴァ二アルは劇の上演を待っている子供のように目を輝かせ、回答を急かしているようだ。

 参ったな... ...。


「最初は男だと悟られないように女っぽい服を着たり、言動を少し変えていると思ったけど少し違うなって思って」


「少し違うって?」


「あー。君、女の子である事を楽しんでたよね? そういうのって自分では意識していなくても他人には伝わるものよ」


 ヴァニアルは俺の考察に「おー」と口を大きく開けて感嘆の声を上げる。

 人に見られないようにしまい込んでいた尻尾は喜んでいるのか服からピョコンと頭を出し、微かに横に揺れる。


「男が好きって訳じゃないのか?」


 よく分からんがこういう人種は男が好きだって人もいるし、自分は女の子だと思っているだけで性的に好きなのは女の子。

 とかちょっとややこしい。


「うーん。どっちかというとそうかな。あ! でも、この男の子カッコイイ! って思う時もあるよ!」


 流石にここで「俺はカッコイイ?」というのは勇気が必要で聞けなかった。

 まあ、男が好きでも嫌いでも女の子の格好をしたいだけでも正直俺にはどっちでも良い。

 ヴァニアルは可愛いし、基本的には良い奴だ。

 以上。


 このまま、ダラダラと世間話をしていてもラチが明かないし、何の解決策も見いだせない。

 俺はそこでこの部屋に来た本題について切り出した。


「ヴァ二アル。死のうとしただろ?」


 抵抗や否定を見せるかと思ったが、ヴァ二アルは悪気のない子供のようにつぶらな瞳でケタケタと笑い。


「うん。もう、何か嫌になっちゃった」


 と弾んだ声で言った。


「... ...そうか」


 そういう事をするなとは俺は言えず、ただただ、悲しみを包むように静寂が部屋を覆う。

 その静けさの膜を取り払ったのは今度は俺からだった。


「俺の居た世界ではお前みたいな奴は沢山いたぞ。だから、俺は特にお前のことを珍しいとか、気持ち悪いとは思わん」


「__え?」


 ヴァ二アルが初めて感情を表に出した。


「そうだ。俺のいた世界ではお前みたいな奴は沢山いた。気味悪がる奴らも確かにいたが俺くらいの世代では少数派かもな。それに、お前ほど可愛い奴だったら人気者になってるぞ」


「... ...」


 俺が自分を励ます為に嘘を付いているのか。

 ヴァ二アルはそんな事を一度考えたに違いない。

 ただ、その嘘を信じてみるのも悪くないと思ったのかヴァ二アルは微かに口元を緩め。


「ふふ。そうだよ。僕、可愛いもん」


「ああ。可愛い」


「... ...もっと言って」


「可愛い」


「もっと」


「可愛いこの世界で一番だ。可愛いは正義だ」


 そんな一昔前に流行った標語のような言葉を引用し、ヴァ二アルの要望に応じた。


「... ...ねえ。その花島の居た世界の話をもっとしてよ」


「え? ああ、まあ、いいぞ」


 それから夜が明けるまで俺のいた世界の話とこの世界に来てからの話をした。


 □ □ □


 ___ちゅんちゅん。


 分かりやすいくらいの朝を迎えた。

 ヴァ二アルを見るとぐっすり眠っている。

 昨日、魔族バレと自身の性別について話したから寝られないんじゃないかと思ったがヴァ二アルは予想以上に強心臓だった。


「ふわあ~。俺も寝よう... ...」


 ヴァ二アルの寝顔を横目に俺は部屋を出て自室に戻り、目が覚めた時にはいつも通りのヴァ二アルがそこにいるのを願い眠りについた。


 □ □ □


「___花島!!!」


 モーニングコールは野球部のような男くさい低い声だった。


「なんだ? せめて、女の子が起こしにきてくれ... ...」


 最悪の朝だ。

 もっとこう、爽やかな起こし方はなかったのか。

 俺は才蔵に恨み節を言った。


「早く来い! 大変だ!」


「なにが?」


「パス様がいなくなった!!!」


「___!? なに!?」


 これは最悪な朝だ。

 男に大声で起こされる以上に最悪だ。



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