第130話お母さん! 勝ったのは俺達なのに!!!

【宿屋】


 夕陽が沈み、辺りは明かりのない森のように静かな黒に包まれ、昼の温かな空気とは対照的に白い息が出るほどに冷え込んだ。

 

「ちょっと... ...。本当にこんな豚小屋みたいな所に泊まれって言うの?」


 シルフは目の前にあるボロボロでかび臭いベッドを見ながら顔を引きつらせる。

 部屋の中は埃っぽく、潔癖症であるシルフにとっては家畜小屋に見えるのだろう。


「しょうがないだろ。ここしか取れなかったんだから」


 ヴァ二アルの言葉を聞いていた民衆たちは気色悪がって俺達が泊まる事を拒否。

 騒動を知らないオーナー夫婦の経営するこの街外れのボロ宿屋に運良く転がり込めたが噂というものは風のように早く伝わる。

 長居は出来ないかもしれない... ...。


「ごめん... ...。僕のせいだ」


 後ろにいたヴァ二アルは罪悪感を口にする。

 あの騒動以降、ヴァ二アルは口を開こうとしなかった。

 今も俯いており、人形のように生気が感じられない。

 傍から見ても心身ともに疲弊しているのは見て取れた。

 女王気質のシルフでさえも気を遣ったようで... ...。


「別にあなたのせいではないわ」


 と言いながら部屋のドアを閉めた。

 

「花島。私、この家の中じゃ寝れないからさ。ゴーレムちゃんをお願い」


 ホワイトは手のひらの中で寝ているゴーレム幼女を俺に手渡す。

 今は医者に貰った薬が効いているのか、ぐっすりと眠っているが薬が切れたらまた腹痛を訴える可能性がある。

 明日の朝には王宮に戻り、薬をまた貰いたいのだが、そうやすやすと魔族の仲間を受け入れてはくれないだろうな... ...。


「僕も少し疲れたから寝るね... ...。おやすみなさい」


 やつれた顔をしたヴァ二アルは扉を閉め、自分の部屋に入る。

 残されたのは俺と才蔵と天音と伊達とエイデン。


「じゃあ、俺も寝るかな」

「わ、私も... ...」


 まるで花が散るように自室に駆け込む二人。

 最後に残ったのは才蔵と天音と俺。

 口火を切ったのは才蔵だった。


「知っていた。俺達はパス様が魔族である事に気付いていた... ...。こんな事になるのだったら連れ戻さなければ良かった」


 才蔵は後悔の色をにじませる。


「いや、連れ戻して良かったろ」


 あっけらかんに言うと天音が俺の胸倉を掴んで。


「あの光景を見ていなかったか!? パス様は王家を追放されたようなもの! あんな事が明るみに出たんだ! この国にも居場所はない!」


 天音は無意識に力を強め、唾を飛ばす。

 才蔵は静かに手を重ね、俺から手を離すように諭し、天音は力ない様子で離れた。


「まあ、お前らの言いたい事は分かる。ただ、あいつは元々、国を出たがっていた。違うか?」


!」


 天音の口から本音が零れる。

 俺は知っていた。

 テレパシーで受信したヴァ二アルに対しての声の中に天音の声が入っていたこと。

 それがついにまこととして出てきたのだ。

 俺は驚きも何もしなかった。


 ___パチン!


「口を慎め! 天音!!!」


 才蔵は天音の頬を平手内する。

 女の子が苦手な才蔵が女の子を殴ったのだ。

 天音の本音よりもこっちにビックリした。


 我に返った天音は「... ...すみません」と一言。


「... ...すまん。この事は... ...」


「言わないよ。それにしてもこの国では魔族だと悪になるのか? まあ、数は少ないけど獣人とか他の種族もいるじゃん」


 俺はまた、不用意な発言をしてしまったのか。

 天音が再び、睨んでくる。

 才蔵はそれを目で威圧し。


「前にこの国を襲った魔女の話をしただろう?」


 ああ~。

 そういえば、そんな話したっけ。


「そいつがそうだったんだ」


「そうって?」


「その... ...」


 才蔵は何か言いにくそうにしている。

 それに気付いた天音が代わり発言。


「魔族から魔女になり、そして、そいつは男であり女だった。そういう伝説が残っている。だから、私達はそういった存在を恐れるのだ」


 なるほど。

 言い伝えみたいなものか。

 前にミーレとレミーの過去を垣間見た時に魔女は通常、後天的になるものだと知った。

 生まれた瞬間から魔女というのは逆に特異な存在という事も知った。

 ヴァ二アルの場合は後天的に魔女になる可能性があるのだ。

 魔族から魔女になるのがそんなに可笑しな事なのか?

 あれ?

 っうか、どうやってミーレとレミーの過去を見たんだっけ?

 

「ただの伝説だろ?」


 そう。

 ただの伝説。

 そう言葉にするのは簡単。

 才蔵は苦い薬を飲んだ後のような渋い顔で。


「そうだな。ただの伝説だ。俺達もそんな事で狼狽えるなんてみっともないとは分かっている。ただ、あそこまで類似点が多いと... ...」


「でもさ、お前ら魔法少女やゴーレム幼女はそんなに恐れなかったじゃん。あいつらやこいつも魔女なのに」


 俺の腕の中で子猫のように寝ている魔女はそんな凶悪なことをするようには見えない。

 才蔵たちもそれは分かっているらしく。


「その子やハンヌ陣営に居た魔女は人の形をしていたからな。数百年前に現れた魔女は人の姿とは到底思えない禍々しい姿をしていたと聞く」


「ヴァ二アルだって人の形しているだろ?」


「今はな。魔女になった後はどうなるか分からないだろ」


 何?

 その屁理屈。

 そんな「もし」「もしかしたら」って不安だけでヴァ二アルが腫物のように扱われるなんて不当だと思わない?

 

 ___ガシャン!


 次の質問をしようと思った時、ヴァニアルの部屋から大きな音がし、俺と才蔵と天音は部屋のドアを叩く。


「パス様!? 大丈夫ですか!?」


「... ...」


 ヴァニアルからの返答はない。

 最悪の事態も想定した俺と才蔵は目を合わせ、扉を破って部屋に突入しようとしたその時___。


 ____ガチャ。


「どうしたの? そんなに慌てて」


 ヴァニアルに変わった点はなく、むしろ、俺と才蔵の慌てっぷりに驚いているようだ。


「部屋から大きな音がしたから」


「あぁ。寝てたらベッドから落ちちゃった。寝相悪いんだよね。ハハハ」


 たしかにヴァニアルの寝相は悪い。

 三週間ばかり一緒にいてそれは周知の事実だ。


「そうですか。ご無事であれば... ...」


「ありがとう。心配してくれて、才蔵も天音も疲れたでしょ? もう、休んで」


 ヴァニアルは側近にそう言葉をかける。

 俺には何もなし。

 そういうの気にするよ。


「花島もありがとうね!」


「おう」


 満面の笑みに俺は武闘家のような返答をしてしまう。


「じゃあ、おやすみ」


 ヴァニアルは静かに扉を閉めた。

 労いの言葉をかけられた事で天音の中で心情の変化があったのだろうか、天音は俺にも才蔵にも何も言わずに自室に戻ってしまった。


「パス様は我らと兄弟のように育った。口には出さないが天音はパス様を弟のように思っているのだろう。だから、その... ...」


「ふあー」


 俺は大袈裟にあくびをし。


「もう、お前らのそのやり取り飽きたし、疲れたから寝ようぜ」


「なっ!? 飽きた!?」


「別に天音の言葉も本気にしてないし、お前がヴァニアルに対して抱いているモヤモヤもどうでもいい。人間ってのはウソをつく生き物だ。それは相手にも自分にもだ」


 ぐうの音も出ないのか、才蔵は俺を睨み付ける。


「正論だ。だが、お前に言われる筋合いはない! そんなのは皆、分かっている!」


 じゃあ、大の男がいちいち悩むなよ... ...。


 感情の捌け口として俺をサンドバッグにし、才蔵はガキ大将のように大股で歩きながら自身の部屋に入っていく。


 俺は自分で言うのは何だが、人の本質を見抜くことには長けている。

 しかし、それを受け止める器量もなければ人徳もない。


 だったら、人の懐に入っていくのは止めた方がいいではないか。

 そんな事を言われるかもしれない。

 だが、俺は止める事が出来ない。

 ”人助け”というのが俺の”本質”なのだろう。


 俺が主人公であれば「ふぅ。やれやれ」と言いながらヴァニアルの部屋のドアを叩くのだろうがそんなに疲れてもないので普通にノックした。

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