第132話お母さん! 始まりの地へ!
■ ■ ■
迷宮のような城下町を眼下にそびえる砂の城。
漢字の山のような外観。
中央に細長い円錐状の塔が鎮座し、両脇にはそれよりも少し小さな二つの塔が連なっている。
東から昇った太陽は塔の後ろ、ヴァニアル国の西側に影を作る。
城の足元には街の住民が無数に集まる。
彼らは待っているのだ。
新たな国王であるヴァニアル・ハンヌの所信表明演説を___。
「ハンヌ様? 気分はいかがで候?」
新調したタキシードを身に着け、主人の門出を祝うかのような満面の笑みを浮かべる半袖丸。
ハンヌを王にし、実権を自らの手中に収め、いずれ、王の座に自らが座るという展望が彼には見えているのだろう。
それは誰の目から見ても卑しさが感じられる光景だった。
「気分は良くない。弟を国民の敵にしてしまったのだから」
ハンヌは悔やんでいた。
半袖丸に弟の出生を話した事を。
彼は弱かったのだ。
弟が魔族であるという事実を一人で抱える事が出来なかった。
苦しくて、悲しくて、ハンヌの心は泣いていたのだ。
そして、首に括られた鎖を緩めたいという一心で他者に縋ってしまった。
「いつの時代も王になる人間ってのは弱い人間ばかりだねぇー」
「そういや、あいつもいつも泣いてたっけ。懐かしいね! あいつ、今、どうしてるのかなぁ?」
「... ...さぁね。もう、興味ないさ」
ミーレとレミーは二百年前に旅をした異世界人とハンヌを重ねているようだ。
二人の魔女は長く生き、時代が変わる瞬間を幾重にもその目で見てきた。
戦争で人々が死ぬ様子も飢餓で年端もいかぬ子供達が皮と骨になっていく光景も彼女達の瞼の奥には鮮明に刻まれている。
二人の魔女は歳を取り、不都合な事実というのを受け入れられるようになっていた。
二人ともそんな自分を好きにはなれなかったが肯定はしていた。
「半袖丸様。準備が出来ました」
「うむ。ご苦労で候」
鈴音は半袖丸に演説の準備が整ったことを報告。
部屋から大きく突き出した楕円形のバルコニーには赤い絨毯が敷かれ、金色の台座が用意され、台座の前には王位継承戦で司会を務めた獣人が用意した、銀色に輝くマイクが用意されている。
「ささ。ハンヌ様。前へ」
「あ、ああ... ...」
ハンヌの足は小刻みに震える。
高所恐怖症で台座の上に立つ事を恐れている訳でも、民衆の前で演説することに緊張している訳でもなく、これから自分が何者になっていくのか分からない恐怖に怯えていたのだ。
■ ■ ■
「はあ... ...。はあ... ...。どうだ? 何か分かったか?」
「いや、何も... ...」
「人に聞こうにも殆どが城の前に行ってしまっていて... ...」
昨日、ヴァ二アルは自ら命を断とうとしていた。
何も告げずに出て行ったという行為がどういう行為なのかは、ある程度察しがつく。
早くヴァニアルを見つけなければいけない。
「___痛い!!! 痛い!!!」
二階には昨日貰った薬の効果が切れてしまったのか、ゴーレム幼女が苦痛に満ちた声を上げ、木造のボロ屋はまるで戦争時の救護室のようだった。
「花島。私、ゴーレムちゃんをお医者さんの所に連れて行くよ」
ホワイトは家の外から中を覗き込む。
確かにこのまま、ゴーレム幼女を放っておく訳にもいかない。
「ああ。頼む。連れて行った後に俺達に合流してくれ」
「分かった。どこに行けばいい?」
「そうだな... ...」
ヴァ二アルがこんな時に行きそうな場所はどこだ?
こんな気持ちの時にあいつは何処に行きたい?
「ヴァ二アルが拾われたっていう崖は? 街の外は探してないわ」
シルフは腕を組みながら提案。
なんだかんだ言って、ヴァ二アルが自国に来てからシルフは一番ヴァ二アルの事を可愛がっていた。
同じ王族で人間ではないという事で自身と彼を重ねていたに違いない。
「よし。じゃあ、そこに行ってみよう。ただ、街の中にいる事も0じゃあない。エイデンと伊達は街の捜索を続けてくれ」
二人は黙って頷く。
「天音や才蔵は俺をそこに連れて行ってくれ」
「分かった」
「ええ」
「__あたしも行くわ!」
シルフは一歩前に出て、俺に詰め寄る。
連れて行きたいのは山々だがヴァ二アルがここに戻ってくる事だって考えられなくもない。
「シルフ。残る事も大切なんだ」
俺は細い目で金髪のエルフの王女を見る。
「嫌よ! あたしだってヴァ二アルがしんぱ... ...」
シルフの膝はガクッと折れ、体勢を崩し、俺は倒れないように飴細工のような細い身体を受け止める。
「... ...お前、昨日、魔法を使って体力がまだ回復してないんだろ? 無理するな。お前まで動けなくなるのは困る」
「大丈夫! 動ける!」
額に汗を浮かべ、震える膝を押さえながら話すシルフに説得力はない。
才蔵や天音達からも「無理するな」という声が聞こえるが、シルフはその声をかき消すように声を張り上げる。
「___もう、身近な人がいなくなるのは嫌!!!」
頬を紅色に染め、瞳を潤ませながら胸の中にこびりついていた想いをシルフは吐き出す。
父や母、長年自身を支えてきたセバスを失った事でガラスのように澄んだシルフの心は壊れかけていた。
そして、ヴァ二アルがいなくなった事でギリギリ繋ぎ止めていた理性が弾けてしまったのだろう。
「私が何をしたって言うの! どうして、何もかも奪おうとするのよ!」
恐らく、シルフの頭の中では色々な映像がフラッシュバックしているに違いない。
誰に向ける訳でもない心の声はステレオスピーカーのように周囲に漏れる。
こういう時、どのような言葉を口にしていいのか分からず、皆は一様に口を噤む事しか出来ないでいた。
「... ...大丈夫。心配するな。俺が必ず連れ戻す」
かすれるような声で思いを口にする。
「... ...花島じゃ無理よ。あなたはセバスも救えなかったじゃない」
シルフは攻撃するような悪意ある一言を投げる。
これが彼女がいままで思っていた事。
ただ、それは本心ではないはず。
「それは認める。俺だってもう誰も失いたくないから。だから、シルフと気持ちは同じだ。信用しなくてもいい。それだけ分かってくれ」
「... ...」
シルフは何も言わずに俺の肩を離れ、老婆のように力なく椅子にもたれかかる。
投げかけた言葉に返答はなかった。
自責の念に駆られているのか、俺に対する憎悪の念を押さえ込んでいるのかは分からない。
戻って来た俺に謝罪するのも、罵声を浴びせるのもどちらでも良い。
一言、「おかえり」とだけ言ってくれればそれでいいさ。
「それじゃあ、行ってくる」
シルフを宿に残し、ヴァ二アルが拾われた場所に向かった。
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