ep.「夢」


 ずっと、ずっと、この時が来るのを待っていた。


 それは夢だった。身体中に赤く縄の擦れた痕をあらわに自分が横たわるのは、薄っぺらくなった布団。そろそろきちんと日干しして、あたたかくふかふかにしなくては、と、ぼんやりと思った。

 深さのない敷布団の皺に流れる黒髪は、傷んでいたはずなのになぜだかとても艶やかに見える。高さのない布団と床の段差をするりと落ちる、ずっと昔に男がくれた、分厚くて柔らかくて滑らかな布のようにも見える。髪の下には布団だけでなく、正親さんが描いたのだろう、黒い線の引かれた紙も見える。

 投げ出された腕は細く白く、陶器の置物のような質感をしている。膝から折り曲げられた脚もまた同じで、胴体だけが、腹なんて薄っぺらく肋骨さえ浮き出ているというのに妙な肉感を抱かせる、扇情的な光景だった。

 縄の痕だけは四肢も胴もなく、欲情した蛇のように絡み付いている。夜中か、夜が明ける前なのか、薄暗い背景に白い身体が浮き上がり、そこに這う赤い蛇は半ば背景に溶け込むように、白い身体を薄暗がりに引きずり込もうとするように影を落とす。赤は陶器に色を塗ったとか焼き入れたとかではなくて、彫り込まれているか、刻み入れられているようにも見える。

 そこに正親さんはいない。

 そこに、ぼくはいない。

 青白い顔をして蛇に食われるうつくしい男がひとり、そこにいるだけだった。


 それは、夢だった。

 あの女に腕を掴まれた日から、夢見てやまない<夢>だった。

 

 未完の黒髪

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