第一章 向日葵逃避行

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 自分で言うのも悲しい話ではあるが、僕はうだつの上がらない人間である。元々そういうきらいはあったが、大学受験に失敗して以降は特にその傾向が顕著になった。浪人するでもなくスッパリ大学進学を諦め、近所のスーパーのアルバイトを始め、ここから先何かやりたいことが見つかるだろうと漫然とした思いのまま働いてきたのだが、気づけばこんな年齢だ。気づいた時には彼女もいない上、友だちもみんな都会に出て行ってしまい、完全に置いて行かれてしまった。

 21、22、23、24ではまだ若い、まだ若いと自分を騙してきたが、ついに25の大台にのっかってしまうと、それも難しくなってくる。4と5の差はかのマリアナ海溝よりも深いのだ。テストの79点と80点の差よりも大きいと言っていいだろう。

 そんな25歳独身フリーターな僕ではあるが、最近は一丁前にある案件で頭を悩ませていた。その概要を語るにあたり、まずは僕が勤務するスーパー事情を話さなくてはならないだろう。


 僕が勤務するスーパーのアルバイトには3つの勢力が存在する。

 まずは学生連合。青春を謳歌し、輝かしい日常を楽しみ尽くすための軍資金稼ぎを目的とする若手集団だ。やる気が高く、目上の者への礼儀も正しいが、平日の昼間や夜遅くにはシフトに入れない欠点を持つ。

 次に主婦連合。三度の飯よりお喋りが好きで、隙があればすぐにサボり始める癖に、仕事の手際は完璧という厄介な集団だ。彼女たちは若く弾けるオーラを放つ学生連合を目の敵にしており、細かいミスでも指摘してネチネチと攻め倒す困った性質を持っている。

 最期に紹介するのはフリーター連合。全員が勤務歴5年以上のベテランであり、どんな仕事もそつなくこなし、予定外のシフトにも完全に対応できる。店長からの信頼も高い実力派集団である。唯一にして最大の欠点を挙げるとすれば、その全員が齢25を超えたいい年の男性であり、この仕事を失えば人生崖っぷちである事であろうか。その影響もあってか、最近フリーター連合では内戦が勃発しており、誰が最も早く正社員への道を歩めるかという熾烈な業績争いが行われていた。そして誠に困った事ではあるのだが、僕はこの連合に所属しており、不毛な争いに絶賛巻き込まれ中というわけである。

 この戦いが始まるまではそれなりに仲のいい朗らかな集団だったのだが、社員の座が見えてからは一変。目を合わせれば即バトルというどこぞのロールプレイングゲームのように殺伐とした職場となってしまった。バトルの内容は品出し、レジ打ち、在庫管理など、平和なものではあるのだが。

 しかしこの常時ギスギスとした空間が耐えきれず、先日の休憩時間に僕はこう言ってのけた。

「皆さん社員を目指して切磋琢磨するのはよろしいが、どうかその諍いに僕を巻き込まないでいただきたい。僕は毛頭正社員になる気などないし、何より皆さんと争うのはまっぴらだ」

 実に理路整然とした発言であったと自負しているのだが、彼らはそれに納得することはなく、逆に反発の声が轟轟と降り注いできた。

「何を今さら言っているんだ」「そんな取り繕いをしたところで私は騙されんぞ」「言葉で他人を蹴落とそうなんぞたちが悪い」「恥を知れ」

 なんとも非道い言われようで、彼らは何をそんなに必死になっているんだと僕はがっくりと肩を落としたものだ。

 しかしどこにでも異端者という者は現れるもので、僕の他にもう一人だけこの争いに辟易している同志が存在していた。名は成宮といい、歳は僕と同じ25歳の連合内の最年少組だ。成宮は決して気のいい同期とは言えなかったが、一本筋が通った人物であり、僕は内心尊敬の念を抱いていた。成宮は音楽の道で成功して大物になってやると常に豪語しており、事実地元ではそれなりに有名なバンドマンであった。時間があれば見に来てくれと一度チケットを渡された時には興味本位で聞きに行ったこともあったが、その技量はなかなかのものであると言えた。

 話を戻そう。そんなわけで、僕と成宮はこの戦争が始まって以降よく話すようになっていた。それも仕方がない、他のメンバーは軒並み意思疎通をする前にバトルが始まってしまうのだ。まともに会話ができるもの同士が惹かれ合うのは至極当然の結果である。

 話合いの内容は専らこの争いをどう止めるか、止められないにしろ、自分たちが巻き込まれないようにするにはどうするかの二つに絞られていた。最初は職場を移ろうかという案も出たが、5年以上も務めた職場を今さら放棄するのは共に抵抗があり、却下となった。そもそも新しい職場など、この田舎にあるのかどうか甚だ疑問であるのだが。


「店長も、決めるなら決めるでパパっと選んでくれねぇもんかなぁ」

 成宮は備え付けのパイプ椅子をギシギシと揺らしながらぼやいていた。今はまさに仕事の休憩時間。それは僕と成宮の作戦会議の時間でもあった。

「確かにそうすれば、僕らは過ごしやすくなるだろうね。人間関係にある程度のしこりは残りそうだけど」

「しこりなんぞ残してなんぼさ。俺は元々こんな場所に収まってやるつもりはないんだ。いずれここから旅立つ時には立つ鳥跡を濁しまくってやるぜ」

「勘弁してくれ…」

 成宮はやるといえばやる男だ。一体何をしでかすのかをいくつか想像しただけで僕は重いため息を吐いた。

「まあそれも今後の話だ。いつものように不毛な議論を交わそうじゃないか」

「今後その発言を忘れてくれる事を切に願うよ…。

 それじゃあ、始めようか」

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向日葵狂信者 kagineko @keychain7

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