第七話 流れの内と外

 食堂で朝食を食べたおれは、北の塔に向かった。

 イーが料理を作ってくれるのは秘密ひみつ特訓とっくんのときだけ。

 美味うまいから普段も作ってほしい、と言ったらなぜか怒られた。

 鎧姿よろいすがたの門番に扉を開けてもらって、螺旋階段らせんかいだんを上る。

「どうした? そんな顔して」

 さくの中に座っている少女は無表情だった。最初に会った頃みたいだ。

 返事がない。優しい風がふわふわとした髪をでている。

「ああ、人見知りなのか」

「警戒させてしまいましたね。申し訳ありません」

 螺旋階段らせんかいだんから年配男性が現れた。髪には白髪が混じっている。

「カンター。けん師範しはん。前に話しただろ? イー」

 紹介しても何も言わないぞ。どうした、相棒あいぼう

「化かし合いは苦手なので、単刀直入たんとうちょくにゅうに言いましょう。国を、いや、世界を変えませんか?」

 カンターも、何を言っているんだ? 深く考える前に、イーが口を動かす。

魔道まどうセキュリティを破った程度の相手が、過大評価かだいひょうかされているわね」

「分かっていますよ。賢者四人けんじゃよにんにわざと捕らえられたことは」

「例の罪人ざいにん? そんなはずないだろ。こんな結界けっかい……」

 瞬間移動のことは秘密ひみつだった。危ない。

「資料をよく読んでおくようにと、言っておいたのですが」

「ああ、うん」

「やっと分かった?」

「私の弟子は頭が固いのですよ。私に似て、ね」


「普通、犯人はもっと歳が上だと思うだろ?」

「否定してないし、最初から認めていたわよ」

 はたから見ると、二人とも変な顔をしているに違いない。

「仲がいいのですね」

 カンターは微笑んでいた。

「イーは、二人で事件を解決してきた相棒あいぼうだからな」

「もう。自分で解決したことは、ほとんどないじゃない」

「二人には幸せになってほしいのですよ。私は」

 言葉の意味が分からない。カンターが話を続ける。

魔力まりょくを消し去れるはずです。あなたの力をもってすれば、ね」

「……」

「外界の雑音を、魔力まりょくを防ぐために結界けっかいの中にいる。違いますか?」

 おれも思ったことだ。でも、たぶん違う。

魔力まりょくがなくなったら、大混乱になるぞ」

「利害が一致していると言いたいのね」

「すぐに、とは言いません。ゆっくり考えてください」

 カンターは去っていき、地上で塔の扉が開いて閉じた。


 イーが目星をつけていた三人のうち一人が、カンターだった。

 魔力まりょくを憎む気持ちは、分からなくもない。

 城下町は、魔力まりょくを持つ者に最適化されている。魔力まりょくを持つ者は圧倒的に多い。

 持たざる者は、騎士きしにでもならない限り、色々な制約が付きまとうことは間違いない。

「だからって、発想はっそう飛躍ひやくしすぎだろ」

罪人ざいにんを相手にしても、態度が変わらないのね」

 イーが不思議そうな顔で見つめていた。

「何言ってるんだ? さっさと出てこいよ。それとも、このままどこかに逃げるか?」

「逃げる気があるなら、とっくの昔に行動しているでしょ」

「それもそうだな」

 結界の外に瞬間移動したイーとともに、おれはいつもの椅子に腰かけた。


魔力まりょくどころか、魔力まりょくものごと消せるわよ」

「さらりとすごいこと言うな」

「この程度の結界けっかい、意味ないって最初に言わなかった?」

「どうだったかな。意味なさそうなのは最近分かった」

 そうだ。結界けっかいはイーをしばれない。それなのに閉じ込められたフリをしていたのは。

「いずれ起こる未来の危機を回避するため」

「先のことが分かるから、自分から捕まったってことか?」

魔力まりょくの流れを読んでいるだけ。モーのことは分からなかったわ」

 なるほど。おれには魔力まりょくがないから読めないのか。

「それで、どうする?」

「どうとでもできるけど、どうしたいの?」

「おれに聞かれても」

「その返事も読めなかったわ」

 白い服の相棒は嬉しそうだ。おれは決めた。

「つまり、流れを変えればいいんだろ。任せろ」


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