第六話 憂いを断つ剣

 の月が終わり、かりの月が始まった。

 すずしさを感じるようになって、弓の練習がはかどる。

 城の中庭程度の広さなら百発百中ひゃっぱつひゃくちゅうだ。

「そろそろ免許皆伝めんきょかいでんじゃないですか? エンネン警備長」

「練習中は弓道師範きゅうどうしはんと呼べ」

了解りょうかい!」

 おれの放った矢は的の中心に当たる。衝撃吸収魔法しょうげききゅうしゅうまほうによって弾かれ、地面に落ちた。

 道具を長く使えるようにと、先人せんじん知恵ちえだ。

「ふん。まだぼくいきにはほど遠い。うぬぼれるなよ」

「ありがとうございました」

 エンネン警備長は自信過剰じしんかじょうなのが玉に瑕だが、弓の実力は本物。

 おれは中年になる前に、弓の名手になりたいものだ。


資質ししつは人によって違うのよ」

「そうだけど、努力は必要だろ」

 いつものように雑談するイーとおれ。

 北の塔に強い風は吹きこまないため、寒くはない。

けんで一番なら、いいじゃない」

 右隣に座る少女は、困ったような顔をしていた。白い服が揺れる。

 いつの頃からか座る場所が決まっている。

「最近はけんを使う機会がないし、弓の時代がくるかもしれないだろ」

「先、ね。黒幕を捕まえたいと思う?」

唐突とうとつだな。目星がついたのか?」

 二人とも例の共犯者につける名前が思いつかず、単に黒幕と呼んでいた。

「怪しいのは三人で、関わっているのは一人か二人」

曖昧あいまいだな」

「そうね。この話はまた今度にしましょう」

 気のせいか、イーの横顔がすこし悲しそうに見えた。


 次の日、早朝の中庭で三人の姿を見た。

 カンターとエンネン。それにコフテリアスだ。三人? まさかな。

 カンターはけん師範しはん。エンネンは警備長。

 コフテリアスは大臣で、魔導士まどうしとしてもせている、らしい。

 おれは活躍を聞いたことがない。

 この中で唯一鍛ゆいいつきたえられた身体からだをしていない。白髪でひげを伸ばしている。

「我に敵意を向けるか、少年」

 隠れていたのに気付かれた。さすがは魔導士まどうしだ。

「邪魔すると悪いと思って。それに、おれはもう子供じゃないですよ」

 姿を現したおれに対して三人は何もしない。杞憂きゆうだったか。

「そうか。我々が歳を取っただけだったな」

「一緒にしないでいただきたい。ぼくはまだ若いです」

「そうですね。私たちに比べたら」

 微笑ほほえんだカンターが近付いてくる。髪には白いものが混じっていた。

「いつも見回りありがとう。おかげで平和だよ」

「では、いってきます」

 おれはいつものように城下町に向けて歩いていった。


 腹減ったな。そろそろ城に戻るか。

 見回りも終わり、公園を通り過ぎようとしたおれは、悲鳴を聞いた。

「大声出してんじゃねぇぞ。オラァ」

「命ばかりはお助けを。サクセト様」

 二十歳くらいの男が、同じくらいの歳の男に暴力を振るっていた。

 おれが腰の棒に手を伸ばす前に、誰かが割って入る。

「暴力はいけませんね」

「そんなけんじゃ、自分、止まらないんすけど」

 不良が呪文じゅもんとなはじめた。右手と左手が別々の動きをしている。

 普通の人より魔力まりょくが強そうだ。助けないと。

「カンター!」

 叫ぶと同時に、男の左手から魔法まほうが放たれる。

 けたのを見てほっとしたのもつか。右手から魔法まほうが放たれた。

「やるじゃないか」

 年配の男性とは思えない動きで回避したカンターは、けんを振るった。

 袈裟斬けさぎりを受け、苦痛にゆがんだ表情の不良。

「痛みが理解できましたか?」

「い、命だけは……」

 られた部分から血が出ていないことを、不良は気付いていないようだ。

「あなたはここで死んだ。そう思えば、残りの人生は他人に優しくできるでしょう?」

「あ、あああ……」

 ようやく血が出ていないことに気付いた不良、サクセトは涙を流した。

 殺傷能力さっしょうのうりょくのないイミテーションのけんだと言わなかったな。カンター師範しはんは人が悪い。

 子供の頃からそうだ。いつからかな、どうでもいい雑談をしなくなったのは。

 それにしても、おれに内緒で見回りをしていたなんて。

 微笑みながら腰のさやけんをしまうカンター。

身体からだを動かしたあとは、おいしい朝食が待っていますよ」


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