第二話 初めての事件

「立ち話もあれだし、座って話そうぜ」

 おれは、螺旋階段らせんかいだんの向こう側にある椅子を指差した。

 塔と一体化している石の椅子。どうやって削ったのか、おれには分からない。

 高い場所なのに強い風が吹き込まない理由も分からない。魔法まほうのことはよく知らない。

 おれは先に歩き、階段から離れた西側に座った。

魔力まりょくがないって、どんな気分なの?」

 おれの右側に座ったイーが聞いた。

 さっきまでの無表情がうそのように、目に光を宿した少女。吸い込まれそうだ。

 生まれつき魔力まりょくのある賢者けんじゃが興味津々になるのは分かる。

 鍛えた身体からだも見る機会はすくないはず。魔法まほうでなんでもできるからな。

「気分は普通だけど、不便だな」

 おれは、塔の入り口で魔力認証式まりょくにんしょうしきの扉を開けてもらったことを話した。

 生まれたときから魔力まりょくがなかったことや、同じような境遇きょうぐうの連中と一緒に育ったこと。

 ついでに、たぶん十代後半だということも話した。

「同じね、両親がいないのは。歳も近いはずよ」

「細すぎるぞ! 身体からだきたえろ」

 抱き着かれたとき、十代半ばよりも若いと思った。

 おれが感触を思い出している最中、少女はすこし困ったような顔で目をらした。


「筋肉を、魔法まほうで刺激すればいいでしょう」

身体からだを動かしながら、ここに力が入ってる、って感じないとダメだろ!」

 おれは力説していた。

「もう、分かったから。けんの話してよ」

 小柄こがらな少女は不機嫌ふきげんそうな顔になった。無表情よりはマシか。

 いや、そんなことよりも。

「名前呼んでくれたか。ちょっと照れるけど、いい」

「呼んでないし、あなただって……」

 イーは複雑な表情をしている。おれは塔に来た理由をすっかり忘れていた。


「カンターとまともに勝負ができるのはおれぐらいだ」

 カンターは剣の師範しはんで、魔力まりょくがない年配男性。普段のおだやかさがうそのように、指導はきびしい。

 相手に魔力まりょくがあると歯が立たないことも話した。

魔法まほうに対して、苦手意識にがていしきがあるのよ、あなた。しっかり見ないとね」

 確かに。よく分からないからって逃げていたのか。

 隣に座っている少女はこんなにも普通に見ていられるっていうのに。

 それにしても頭に違和感が。

魔法薬まほうやくは高いからなあ」

 頭を触りながら、つぶやいてしまった。話と関係がないことを。

「調理に使う魔法薬まほうやくで髪が生えるっていう噂?」

「そうそれ。おれにはまだ早いけど、対策は必要だろ」

「そんな効果はないわよ」

「え?」

「いいじゃない。髪がなくたって」

「よくないだろ!」

 おれは激怒した。


 怒ったおれを見て、イーはなぜか表情を緩めた。

 どうやったら笑ってもらえるのか、まだつかめない。

「そうだ。魔法薬まほうやくが盗まれたからだ。さっきの話題は」

「調理室のたなには鍵がかかっているのね」

魔法薬まほうやくだからな」

残存魔力ざんぞんまりょくを消した形跡があるけど、残っているわ」

「てことは?」

 いや待てよ。塔の上から調理室の様子が分かるのか、イーは。

「それなりの魔導師まどうしの仕業ね。この国だと三人くらいにしぼられるわ」

「白髪と、ツルツル頭と、ウィッグ疑惑」

 魔導師まどうしで三人、それに話の流れから考えてこの発言がベストなはず。

「分かったけど言っていいの?」

「その前に、なんで分かるのか教えてくれよ」

 得意気に笑ってくれるのかと思ったら、違った。

 少女は無表情で目は暗く沈んでいる。

 笑ってほしかっただけなのに、おれは選択を間違えたらしい。


魔力まりょくが見えるだけよ」

「ここから見える範囲が?」

 東に大きな湖が見えた。あの先の平原には大きな町があるらしい。

「この惑星全部わくせいぜんぶよ」

「ワクセイって魔道用語まどうようごか?」

 イーがすこし眉を下げて、すぐに話を続ける。

「この世界って言えばいいかしら?」

「おい! 大丈夫か? どこか痛くないか?」

 おれは少女の肩をつかんだ。

 世界全部の魔力まりょくが見えるだって? ほとんどの人が当てはまるじゃないか。

 完全に魔力まりょくがない人はすくない。すこしだけ魔力まりょくを持っている人は多いのに、だ。

「痛いわ。肩が」

 白い服の少女は、あきれたような顔をしていた。

「悪い。でも、大丈夫なわけないだろ」

 手を離したおれに向かって、イーが微笑した。

 理由は分からないが、おれも笑顔を返した。


 北の塔から出たおれは、犯人を捕まえることにした。

 イーを誘ったが、断られた。結界けっかいの中に瞬間移動されると何もできない。

 日がかたむいて、腹が減ってきたな。さっさと終わらせよう。

 城の中庭で魔法まほうの補習が終わった。

 生徒たちが解放される。チャンスだ。

「オラバ先生、お疲れさまです」

 間髪入れずに霧吹きを向けて中身を散布。女性用の香水魔法薬こうすいまほうやくを浴びせた。

 イーの話では、すぐに反応が起こるらしい。そのとおりになった。

 杖を持った年配男性の頭が光り出した。

「それは、香水? まさか、ワシの頭が!」

 さすがは魔導師まどうし。知識が豊富だ。

 ウィッグを外したオラバは、罪を認めることとなる。


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