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まりる*まりら

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 がたん、とバスが揺れて目が覚めた。思わず乗り過ごしたんじゃないかと外を見たけど、大丈夫、まだ3つ前のバス停だ。

 安心するとまた眠くなってきたけど、ここで寝てしまうと、きっと乗り越してしまうに違いないので、私は閉じかけていた目を必死で開いていた。

 バスの中はほとんど満員だった。

 ふと気が付くと正面におばあさんが立っていた。両手にデパートの大きな紙袋を3つも持っている。

 思考力がほぼ停止していた私は、席を譲ることは思いつかなかった。するとそのうち、おばあさんの様子がおかしくなってきた。

 なんだか、あわててる……?

 おばあさんは両手がふさがっているために、次で降りるために降車ボタンを押せないのだと、そこまではわからなかった。

 ボタンは私の真上にあった。

 おばあさんのあせる顔が、すぐそこに。

 私はぼんやりとおばあさんの顔を見上げた。

 バス停を通り過ぎようとした瞬間。

 おばあさんは叫んだ。

「ピンポーン!」



 なんとなく緊張した空気が漂っていた。

 私は呆然として辺りを見回した。

 まぶしいライト。ライトの向こうは薄暗く、影のような人が十数人。大きな機材や、床を這ういくつものコード……

 そこはテレビ局のスタジオだった。

 さっきまでバスの中にいたのに……

 夢? 寝ぼけている?

 隣には友達が座っていた。

「どうした? 大丈夫? すごく緊張してるみたい」

 そういう彼女もそわそわして落ち着かない様子だった。

 思い出した。私は友達と二人でクイズ番組に出たのだった。数百組の中から抽選で選ばれて、偶然に助けられて勝ち残り、そしてこれから準決勝が始まるところだ。

 4組のなかから2組だけが決勝戦に進出できる。緊張するわけだ。

 スタッフの人たちが動き始めた。

 はじまる。

 1問1点の5点先取。あっと言う間に1組が勝ち進んだ。

 私たちと、もう1組が4点ずつ。あと1問。あと1点で決勝進出だ。

 問題が出た。すぐに答えはわかった。

 でも他の人たちはわかっていないようだ。

 すぐにボタンを押した。

 ところが、反応がない。鳴らない。

 あせった。

 制限時間は10秒。

 私しかわかっていないのに。

 私は友達を見た。たぶん、必死の形相だった。

 瞬時に理解した彼女。

 彼女もあせった。

 思わず叫ぶ。

「ピンポーン!」



 まただ。また、変わってしまった。

 そこにスタジオはなく、友達もいない。

 太陽が沈みかけていて、西の空が真っ赤だった。

 そして、東の空も真っ赤。

 そう、あれは町が燃えているからだ。

 昨日、かつてないほどの大きな地震があった。建物は崩れ、道路は割れて、火はすぐに広がった。人々は町から少し離れた所に非難していた。

 私がいるのは、町はずれにあるショッピングセンターの広い駐車場だった。ここには数百人が避難してきている。屋根があるところには、怖くていられないのだ。

 2日が経っても火は消える気配もない。恐ろしいほどの黒煙が空を汚している。

 みんな着の身着のままで疲れきった顔をしている。急に泣き出す人も、怒り出す人もいる。居たたまれない。

 悲惨な状況から少しでも目をそらしたくて、できるだけ人の少ない静かな場所にいた。

 私は思った。

 これは夢なんだ。だから、そうでなければ、バスの中からテレビ局へ、そしてこんなとんでもない所へ、来るわけがない。

 ぼんやりする頭で思い起こしてみれば、いつも誰かが「ピンポーン!」と言っていたような気がする。

 そこで私は一人で「ピンポーン」とつぶやいてみたりした。しかし、何も変わったことは起こらなかった。

 おかしい。

 しばらく考えて、他人が言わなければいけないのかもしれないと思った。ぶらぶらと歩き回っている子供に頼んだ。

 その子はけげんそうな顔をしたが、引き受けてくれた。

「言えばいいの? じゃ、言うよ」

「うん」

 そして、

「ピンポーン!」



 熱い。

 カラカラに乾燥した空気。むせかえるようだった。

 まぶしい太陽の光で、しばらく目が見えなかった。

 しかし、ここがどこだかわかると、私は目の前が真っ暗になった。

 辺り一面、砂。

 ずっと、見渡す限り、地平線の彼方まで。

 そうだ……

 私は遭難したのだった。サハラ砂漠を飛行機で横断中、それが墜落した。運よく生き残ったが、助けは来ない。

 人が住んでいるところまで、どれくらいあるのかわからなかった。しかし、私は歩いた。

 この広い砂漠で人に出会う確率は、どれくらいあるのだろう。そのわずかな確率に賭けたのだ。

 水も、食料も、既にない。

 ああ……

 状況をはっきりと思い出すほどに、頭が爆発しそうだ。

 不安、焦燥、絶望。

 いつの間にか熱い砂の上に座り込んでいた。

 これならさっきの方がまだ良かった。ここには、もう「ピンポーン!」と言ってくれる人はいない。

 本当に、これは夢なんだ、と思いたかった。

 砂は焼けていて、刺すように痛い。

 夢で痛みを感じるだろうか。

 もう、立ち上がることはできなかった。

 太陽の光は、じりじりと私をやいた。

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