四日目
1
次の日の朝、ぼくは久しぶりに一人で登校した。三人もすぐに来て、正門の様子をみんなで見に行った。
近づくと、また騒がしくなっているのがわかった。
校長先生と中本先生が正門の真ん中でいいあいをしている。生徒は正門の中と外でざわつきながら見ているしかない。
「こんなものを生徒に付けさせようなんて、どうかしていますよ」
中本先生が指さしたものはバケツ三つ。中にはペンキ? それぞれ赤青黄色。辺りは変なにおいでいっぱい。
「個性が大事だと、私が昨日もいっただろう! それに自主性も必要!」
校長先生は、今日もケンカ腰で怒鳴る。
「このペンキを生徒それぞれの好きな量でまぜて、かぶらせる! そうすれば、みんな違う色とにおいになる! これこそ個性だ!」
中本先生だけじゃなく、正門の外でオロオロしている生徒にも告げる。
「さあ皆さん、これを付けて学校に入りなさい!」
もちろん誰も従おうとしない。距離を開けたまま。
「ペンキを付けさせるために待ち構えてんのか? くせーしアホくせえ!」
ガシが大笑いした。正門から登校する生徒は立ち往生してしまって、人垣を作っている。
よく見ると、正門の外側には離れていく生徒もいる。遠回りだけど裏門に回ろうと考えているに違いない。
「今朝は裏門を使えば大丈夫だったわ。でも、明日はそうもいかないかもしれないわ」
「もし裏門を通れなくされたら、入り口はここしかないじゃないの!」
ナンナとニッシンもムッとした様子だった。
今日もぼくたちの目には池が見える。やっぱり魚が人に黒い水をかけていた。ここからしか出入りできなかったら、正門派も裏門派も災いをしみこまされる。
「そんなこと、ぼくたちがさせない!」
ぼくは三人にはっきりといった。今日やることは、もう話してある。
昨日は話しているうちにみんなで笑ってしまって、病院の人に怒られた。そのくらい、今までの流れを考えていない案だった。
いい意見かどうかはともかく、ぼくは三人が話を聞いてくれてうれしかった。
2
放課後、四度目の正門そば集合。ウミノヒメもすぐに来たけど、様子がおかしい。
「大丈夫? ここまでになるなんて」
ウミノヒメは、疲れ切ったようにふらふらだった。
『力がなくなりそうで……この方の体を、うまく動かせないのです……ご安心を。あなた方の先生には、問題ありません』
「そうかもしれないけど……神様を作るのも平気?」
『もちろん、です。さあ……』
神ノートを差し出してきて、ぼくはすぐに受け取った。
辺りを見渡すと、昨日までに出した動物たちが心配げにこっちを見ている。「また誰かが自分たちと同じ目にあう」とか思っていそう。でもぼくはページをめくって、エンピツを構えた。
「今日の動物……いや、動物なんか作らない」
さらさらと書いていく。マンガによく出すので、どういう形なのか知っている。
「必要なものはこれだ!」
できあがった絵をウミノヒメに見せる。弱っていながらもおどろいていた。
『なぜ、このようなものを……いえ、わたくしはあなた方を信じます』
神ノートから光の粒が飛び出して、地面にたどり着いた。吸いこまれるように消える。
そうたたないうちに地面が盛り上がった。小さなものが飛び出す。
木の芽だ。伸びて、大きく太くなり、何本も枝を生やし、葉をしげらせ、木と呼べるくらいになる。
「ウミノヒメは、動物を作れなんていっていない。生き物を作れっていったんだ。だから植物でもOKじゃないかって、ぼくはずっと考えていたんだ!」
ぼくが握りこぶしを作っている一方で、ニッシンがじっとりした目になっていた。
「動物を作ろうとか最初にいい始めたのは誰? ガシじゃないの?」
「おれか? そうだっけ?」
「違ったような気がするわ」
三人が話している間も生長は続いていた。枝からツタが伸びて、紫色の実がなる。小さな粒が何十個もまとまってワンセット。
これはブドウの木。ぼくがマンガのグレープモンスターでモンスターを生まれさせているものだ。たくさんの枝が必要になるので、普通のより横に大きめ。
「ちょっとごめんね」
ぼくは枝をバキッと一本折った。ツタと実も取る。
まず枝の先にツタを結びつけて、長くたらす。そしてツタの先に実を結びつける。ガシたちにも手伝ってもらって、同じものを何本も作る。
「よし、完成! 見ていてよ」
ぼくは不思議そうにしている動物たちへそれを見せてから、池に近づいた。今も魚が飛びはねていて、正門を通る人に水を吹き付けている。
「これは、こう使うんだ!」
握るところは枝の端。ツタを結びつけていない方。大きく振りかぶって、池に向けて振り下ろす!
ツタで結んだ実が池に落ちて、ぼくはすぐに枝を引かれた。
「食いついた!」
ぼくは枝を支えた。
枝がしなる。ツタがピンと張る。重い感覚があるけど、このくらいなら持ち上げられる。
枝を上げると、ツタの先で魚がもがいていた。
「こうやって釣ればいい。水の中なんていう敵の土俵にわざわざ入るから、かまれるんだよ」
魚が地面に落ちた。もうピチピチはねるだけ。ニッシンはそれを見て大笑い。ガシみたいだ。
「最初にホクサイから聞いたときは、そんなに簡単なことでいいのかって思っちゃった。でも大丈夫みたいね」
「釣りをする人間も魚に強い生き物、ということかもしれないわね」
「何でもいいだろ。おれたちもやろうぜ!」
三人もそれぞれに釣り糸をたれた。
魚はすぐにかかって、釣り上げられた。ぼくはガシに誘われて釣りをしたことがあるけど、こんなにうまくいかなかった。
動物たちはおどろくばかり。ぼくたちは持っていた釣り竿を差し出した。
「トランプを持てるくらいだし、釣りざおだって持てるんじゃない?」
ぼくが想像したとおり、動物たちは釣りができた。アシカや鳥たちも、ひれや翼で釣りざおを握る。
『これなら、災いを……!』
ウミノヒメが目を丸くしている一方、動物たちは池を囲んで魚を釣り上げていく。どんどん釣れる。
「こりゃ大漁だな。魚の方も、どうしてこう簡単に釣られるんだ」
にやついているガシに、ウミノヒメが答えた。
『災いの魚が、敵対する神に攻撃するからでしょう。昨日までは動物の姿をした神にかみついていて、今は実の姿をした神に……』
そして釣られる。動物たちは、釣った魚を食べていく。
「キャッチ&リリースならぬキャッチ&イートだわ」
「おれ、次は七輪でも持ってきてやろうかな」
もちろん、相手は小さな魚ばっかりじゃない。
昨日と同じく、ザコが減るとサメが飛び出してきた。こっちがやることはあまり変わらない。
「準備完了よ!」
ニッシンが特製のさおをクマに持たせた。長めの枝を何本も束ねて、ツタも三つ編みみたいにしてまとめている。これなら他のさおより強くなるはず。
クマがさおを振って、実を水中に沈める。すぐにツタが張った。小さな魚だろうと大きなサメだろうと、敵におそいかかることは同じ。
クマにこのさおを渡したのは、一番力がありそうだから。でも、さすがに一匹じゃ負けてしまいそう。少しずつ池に引っ張られていく。
ライオンたち大きな動物も猫たち小さな動物も、そしてぼくたち四人も、一緒にさおを握った。長めの枝にしたのはこのときのためだ。
みんなで力を合わせると、池に引き寄せられなくなった。もう一息!
「一斉に引くよ! いち、にの、さん!」
力が一瞬にまとまると、黒い巨体が空を舞った。ぼくたちを越えて、ドスン! と落ちる。サメを釣り上げた!
サメは陸の上でもじたばたともがいた。大きいしキバもあるから危ない。
でも、それだけのことだ。だんだん動きがにぶくなって、クマやライオンが取り押さえた。そうすればもう完全に抵抗できない。
「おれたちの勝ちだ!」
ガシたちが歓声を上げて、動物たちもうれしそうにほえたり鳴いたり。
ぼくは、心の中が隅々まで暖かい光で照らされている気分だった。
ずーっとずーっと、千年もの間、ここで災いがまかれていた。十年後まで噂が残る事件も起きた。
でも、今ここで解決! そうなるようにさせた決め手は、ぼくが書いたブドウの木だ。
『これで、安心です』
ウミノヒメは、なりゆきを見守っていた。弱々しい顔でほほ笑む。
『災いは、ここの子どもたちによって運ばれてしまい……あちこちにこびりついています。しかし大本さえ断ってしまえば、少しずつ散っていくはずです』
神ノートがウミノヒメの手から消えた。ウミノヒメ自身はその場に座りこむ。ぼくたちは駆け寄ったけど、満足そうな表情を見れば心配いらないんだなって気づけた。
『これでようやく、海に帰ることができます……皆さん……』
ウミノヒメが唇を動かした。もう声にならない。でも、何をいいたいのかはわかる。
『ありがとう』だ。
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