第11話 真実のサキ
翌朝早くに起きると、私はカミカド、カワタ、レイチと朝食をとった。それからカミカドに見送られるように玄関に立つと、ちょうどアジラさんがやってきた。
「ふぉっふぉっふぉっ」
もう聞きなれた笑い声を響かせて私を一目見ると、意外にも彼はウインクをしてみせた。驚いた私は彼にウインクを返した。
「おはよう、アジラさん」
「そうじゃ。まだまだ雨の影響が続いているようじゃて」
「ではこちらのエサを持っていってください」
私はそのような会話を耳に聞きながら、門を出た。石畳を歩き、いくつもの鳥居を越えていく。朝の空気がすがすがしい。しばらく歩き丘の上に来ると、今日はいつもより風が少し強いと気がついた。私は髪を抑えながら、ゆっくりと丘を降りていく。
そのまま何事もなく私は橋にまでたどり着いた。真赤な橋だ。私はその橋をそのまますぐに渡った。
世界が変わっていく。カミカドの日本的な雰囲気から、私の世界へと。橋を越えて私は私の世界へと足を踏み入れた。
「お姉ちゃん!」
驚いて振り向くと、そこには金髪の少年が立っていた。確かオニキスという名の少年だ。
「今隠れん坊中だから、また後でねー」
ただそれだけを言うと、そのままオニキスは小さな路地へと入っていく。私はそれを見届けてから再び歩き出しす。ローファーが石畳に心地よい音を立てる。そういえば中学に通うとき、道路よりも歩道の石畳が好きだったと、ふと思い出す。もう遠い昔の事のようだ。
その石畳が切れると広場にたどり着いく。そこにも何人もの子供たちが集まっている。少女たちは輪になり、手拍子を打っている。あるいは列を作り、踊っている。少年たちはボールを使って投げ合っていたり、木の棒を使ってチャンバラをしていたり。私はときどきかけられる声に笑顔で応じながら、その広場をそのまま渡り切る。長い道の向こうには大きな門が見えている。
ここが私の世界。
うん、今ならなんとなく分かるような気がする。
私はそのまま門を通り過ぎた。
その先は石でできた段が続いている。途中でまた道が途切れるだろうか。そんな不安が一瞬過ぎったが、それでも私は止まらなかった。コツコツと一歩ずつ確実に段を上っていく。
その足音にリズムを感じ、私は小さな声で歌を歌っていた。
そっとのっとそっと立ち
ゆったゆったとのっそりと
くぐりを抜けて広がって
早しはやし抜け抜けて
さ川さかわを抜け抜けて
やっとさおら町やってきた
たいよ西からいなくなり
お月さ空さにぼんやりと
よい子はおうちへ帰りましょ
帰りましょうよ帰りましょ
さまばさまばとゆったりと
町さにそれば広がって
お外の童ばひっつかみ
それささらに広がって
町さすべて覆いつく
よい子はおうちへ帰りましょ
帰りましょうよ帰りましょ
とうに以前落ちた箇所は過ぎていた。私は心の中で微笑むと前を見る。一瞬幻でも見たかのように、自分の目を疑う。今までそこに然としてあった城がなかった。
「え?」
声に出して、目をこする。道を間違えるはずがない。ずっと一本道なのだ。太陽だってまだ高い。だが、確かに目の前にあった城が見当たらない。私は立ち止まり後ろを振り返ってみた。町の様子に変わりはない。門からここまで段がずっと続いている。再び前を見ると、わけも分からず、そのまま歩き続ける。不思議な感覚だ。
段が終わると一面の花畑が広がっていた。見覚えのある花。通学路の途中にある路地に咲いていた黄色と白色の花。名前も多分知っている。けれど、それが一面に広がっている様子はまさに驚きだ。少し強めの風に花が揺れている。その花畑の中に道が一本続いている。最初からそこにだけは花が植えられていないようだ。そしてその道の先には小さな家が見えている。
私は再び歩き出した。風に花の匂いが運ばれてくる。幼い自分に戻ったかのような気分だ。
小さな家は、おばあちゃんの家にある裏の物置に似ていた。木の板が組み合わさってできている簡単で質素なものだ。私は扉の前に立ち、その扉をノックした。
「開いてるよ」
中から声が聞こえる。あの魔女のものだ。
「失礼します」
声と共に私は扉を開ける。中は六畳ほどの小さな部屋が一つあるだけ。中央に囲炉裏があり、そこに魔女は座っている。着ているものも質素で、あの城にいたときとはまるで別人に思える。
「あの」
「まあ座んなさい」
その言葉どおり、私は彼女の前に腰を下ろした。
「もう一度ここへ来たということは、しっかり彼を見つけたんだね」
「はい」
「ならもはや何もありはしまい」
「ですが」
「真実は常に絶対的な場所にある。それは内だ。お前はその内にまで到達した。自分の心のもっとも深い部分を見たはずだ」
私は目を少し伏せるようにして考える。
「おかげで、お前は自分の世界の根底を捉えた。それがこれだ。憧れがどれだけ外に進もうとも、お前の根底はここにあるということだ」
「……」
「そこの町の人たちと同じだったということだ」
「真実にたどり着いてから来いと、あなたはおっしゃいました」
「ん?」
「ですから私は来たのです」
「それで、お前は何を望む?」
目を上げると、魔女の姿が大きく見えた。
「彼は、私と出会い、仮面を、脱ぐことができました」
「それで?」
「彼らも、すべて、仮面を脱ぐことが、できるのではないでしょうか」
私の言葉と同時に、魔女の姿が再び小さくなる。その首が横に振られていた。
「それはお前の真実ではない」
「でも!」
「お前はこの世界を理解できないない」
私は唇を噛みしめるようにして魔女を睨んだ。
「ならば彼らは何なのだ?」
「幼い子供たちの魂……親よりも先に死んでしまった子供たちの」
「部分的にはそうだが」
「枷がなくなれば、彼らだって」
「部分的には、だ。では、この町の人々は何だと言う?」
私の体はびくっと震えた。
「彼らはお前の想像ではない」
「彼ら、も?」
「もちろん生きてはいない」
「魂?」
「どこへも行くことができない、救われない魂たちだ」
頭の中に少女たちの歌が聞こえてきた。
「それに、ここにやってきた魂は初めから仮面を被っているわけではない。はじめは町の人々として現れる。無限に広がる世界に足を下ろすんだ」
「でも!」
「これは、お前の真実ではない。お前が気に病む必要などない」
「でも、そんなのって!」
私が叫ぶようにして身を乗り出すと、同じように魔女も体を持ち上げた。と同時に私は再び体が後方へと引っ張られていく感覚に襲われる。
「お前には早い世界だ」
鈍い音と共に、私の意識はその時途絶えた。
ヒトシズク なつ @Natuaik
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