5 美坊主と美少女

 翌朝、マンションまで先輩を迎えに行った僕は、その姿に度肝を抜かれた。


「先輩、なんでそんな格好してるんですかっ?」

「どや? ストイックで気品があって、カッコええやろ。萌えるやろ」


 親指と人差し指をピストルみたいに伸ばして顎の下に当て、キラーンポーズを決めた先輩は、なんとお坊さんの格好をしている。

 黒いほうの上に、木蘭色もくらんじきとかいう黄褐色のにょ

 いつもラフな髪をオールバックにしたことで、ストイックどころかアダルトな色香がさらに増してる気がするが……。

 ちなみに僕には、僧侶萌えなる性癖はない。


「ホンマはもっと、キラキラしたで、直綴じきとつも黒やのうて、紫のが偉そうやしカッコええしよかってんけど、オレの背やったら特注せなあらへんゆうし、返すとき専門店へクリーニング出さなあかんとか、うっさいこといいよるから、ほな普段着みたいんでエエゆうて借りてん。絹やのうてポリエステル100パーやで」

「誰から借りたんです?」

「知り合いの坊さんや」


 そういってほくそ笑む先輩には、やっぱり気品も足りない気がする。


「ほな行くでっ」


 先輩に促され、愛車の黒いジムニーに乗り込んだ僕たちは、彼女が住む国分寺のアパートを目指した。


「住所だとこの辺ですよね」


 僕は道路脇に車を停め、地図を確認する。

 金神の噂が囁かれるなんて、武蔵野の面影が残る緑豊かな田園地帯かと思ったけど、どこにでもありそうな普通の住宅街だ。

 新しい家も多いし、本当にそんな噂あるのか?

 とか思っていたら、遠くでヤツが手を振るのが見えた。

 車を進めると、イラッとする笑みを満面に浮かべ、こちらへ近付いてくる。


「今日はサンキュー。オレは、いい友達を持って幸せだ」

「友達ちげーし」

「先輩さんもどうもです。うわぁ、カッコいいですねぇ、それ」


 車から下りた先輩に、ヤツが揉み手しながら擦り寄っていくと、先輩も満更でもなさそうにニンマリする。


「報酬、忘れんといてな」

「勿論ですっ。あっ、シオ。来てくれたよ」


 こんな男と付き合うなんて、どんなチャラい女かと思ったけど、ヤツに手招きされ現れたのは、大きな目が印象的ないとけない美少女だった。

 黒髪のボブで、化粧気はないが肌目細かい透き通るような肌をしており、白地に黒い縦線が入った涼しげなトップスに、軽やかなネイビーのガウチョパンツというナチュラルなスタイルは、非常に好感が持てる。

 助けてあげたいという意欲が、俄然湧いてきた。

 多分、先輩もそうなのだろう。

 一歩前に出て、うやうやしくこうべを垂れる。


「どうも。ワタクシは、えいじゅんと申します」


 先輩、それ、さっき車で読んでたマンガの主人公の名前ですよね。

 お坊さんでもなんでもない。

 本当いい加減だな。

 いつか訴えられても知らないから。


むらしおりです。宜しくお願いいたします」


 先輩以上に丁寧にお辞儀した彼女が住んでいるのは、白い二階建てのアパートだ。

 築30年は経つそうだけど、綺麗にリノベーションされていて、古くさい感じは全くしない。

 金神に祟られたというくだんの隣家は、高い塀や樹木が目隠しになって、ここからではよく見えなかった。


 二階の真ん中にある彼女の部屋はロフト付きの1Kで、今はカーテンが閉まっていて薄暗いが、きちんと片付けられているし、悪い気など微塵も感じられない。

 別段、何かあるようには思えないけど、これも彼女のためと、僕は先輩に命じられるまま、ヤツとともにテーブルなどを退かして簡易の祭壇を組み、その間に先輩は、彼女に質問をする。


「この部屋におって何ぞ、気ぃなったことはありました?」

「えっと、ピシッて何か変な音がしたりするんです」

「ほう。鳴りが。他には?」

「食器がカタカタ震えたりとか……」

「それはいつから?」

「多分、お隣のお家のご家族が亡くなってから……」

「なるほど。さぞ怖かったでしょう。でも、大丈夫。祟りも不安も、すべて私が取り除いて差し上げますから。ほな、さっそく始めましょか」


 いつになく力強く、先輩が儀式の開始を宣言した。

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