4 悟るものには

 とりあえず僕は、メッセアプリで、先輩にメールを送ってみることにした。


『まだ事務所にいますか?』


 すると、いつにない早さで返信が来る。

 見れば『おらんよ』と書かれた、スタンプが一つ。

 やっぱ帰っちゃったか。


『今どこですか? 話があるんですけど』


 再びメールを送ると、またすぐに返事が来た。

 スタンプが一つ、『後ろにいるよ』って、どこだよそれ。


「せやから、後ろや」


 ひぃぃーっ!!

 いきなり耳元で囁かれ、僕は声にならない悲鳴を上げた。

 慌てて振り向けば、白いYシャツを着た先輩が、笑いを噛み殺した顔で、僕を見下ろしている。


「先輩、いつからここにっ。僕が事務所出たとき、まだ向こうにいたのに」

「センセの車に、そこまで乗せてきてもろてん。結構前からったで」

「前って、ああ、あのモブ」


 店内の様子を思い返せば、確かにYシャツ姿の男が一人いた。

 会社員だと思ってたけど、まさか、あれが先輩だったとは。


「誰がモブやねん、コラ。オマエのが、その他大勢顔やろが」


 確かに、イケメンの先輩と違い、モブ顔だという自覚はあるが――。

 そこで、はたと気付く。


「先輩、もしかして、僕たちの話聞いて――」

「聞いてへんよ。うちの先輩、超頼りになるんですぅて、いうてたことなんて」

「やっぱり、聞いてたんじゃないですかっ」


 僕は、顔が熱くなるのを感じた。

 先輩が、キレイな二重の目を丸くする。


「え? いうてたの? ホンマに?」


 あれ、この反応、マジで聞いてなかったのか?


「いってませんよっ。いうわけないじゃないですかっ」

「せやな……冗談や」


 って、なんなんだ、この微妙な空気は。

 先輩は、空席になった僕の正面に座る。


「で、話って、なんや? さっき、オマエのダチのチャラ眼鏡が飛び出してったけど、関係あるんか?」

「ダチじゃないですが、関係はあります」


 僕は、さっき聞いたばかりの話を先輩に披露した。

 先輩は、ヤツの残したポテトを勝手に摘まみながら、フンフンと聞いている。


七殺ななさつねぇ。はーん、なるほどのぅ」

「先輩、どう思います?」

「見てみんことには、なんともいわれへんけど、チャラ眼鏡もも、そないな古くさいモンよう知っとったな」

「噂を聞いて、ネットで調べたんじゃないですか?」


 ポテトはいつの間にか、すっかり空だ。

 僕のも食べられないよう、慌てて口に運ぶ。


「せやったら、なんとかする方法も、ネットで出てくるんとちゃうか。金神けの護符とかあるやろ」

「それじゃ不安なんじゃないですか? ネットって信憑性低いですし、インチキかもしれないって」

「ネットにあった祟りの話は信じるのに、対策法は信じひんってオカシイやろ。ま、そんなんやから、祟られたかてしゃあないゆうことか」

「えっ? やっぱり祟られてんですか?」


 僕の質問に、先輩はハイともイイエとも答えない。


「あんな、金神いうんは恐ろしい神サンやけど、悟るモンにはけっして祟らんのや」

「どういうことです?」

「あとでわかるわ。よっしゃ。その祟り、オレが祓ったる」

「えっ。タダ働きですよ?」


 まさか、あの先輩が、これほど協力的になるなんて思いもしなかった。


「エエねんエエねん。そん代わり、チャラ眼鏡の友達ようさん呼んで、祟り解消おめでとパーィーでも開いてくれたら」

「それって……」


 女子大生との合コン的なものを期待してますよね、多分。


「準備があるから、先帰るわ。明日その子んち行ったるから、そうゆうとけよ。ほな」


 先輩は、なぜか楽しそうに、店を出ていった。

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