2 金神の祟り

「は?」

「だから、コンジンシチセツだってば」


 彼はスマホを取り出すと、何か操作をして僕に向ける。

 文字入力画面にあるのは、小学校で習いそうな、ごく簡単な漢字四文字。


『金神七殺』


 なるほど。


「知ってるけど」


 ポテトを摘まみながら、僕は頷く。


金神こんじんの祟りのことだろ。七人殺されるっていう」


 金神というのは、ほうじんの一つだ。

 方位神はきゅうせいじゅつという、一白いっぱくぐろ三碧さんぺきなどの九星によって吉凶を判断するおんみょうどうの占いから生じた神々で、吉神と凶神とがあり、それぞれがある法則に従って各方位を巡っている。


 例えば、歳徳神としとくじんという福徳の神のいる方位は、アキのかたほうと呼ばれ、何をするにもよい方位とされる。

 近年では、節分に恵方を向いて太巻き寿司を食うと縁起がいい、なんて風習が広まってるから知ってる人も多いと思うけど、2017年の恵方はみずのえかた――北のやや西よりだ。


 そして、金神とは、それと逆に方位の凶神で、疫病や戦争、破壊、旱魃かんばつなどをもたらすという、すべき祟り神である。

 非常に気性が荒々しく、金神のいる方位を侵すと、侵した本人以外にその家族が六人、計七人が取り殺され、家人で七人に満たない場合は、隣家にまで災いが及ぶと、かつては大いに恐れられたものらしい。


「で、それがどうしたんだ?」


 逆に問いかけ、コーラをすすった。

 彼もコーヒーで喉を湿らせ、やや暗い面持ちで答える。


「なんか、彼女がコレに巻き込まれそうで」

「は? 彼女ってオマエの? えっと、サナさんだっけ?」

「いや、シオって子。サナとは別れた」

「…………」


 サナさんを紹介されたのは、先月だった気がするけど、まあいいか。

 コイツがそういうヤツだということは、高校生の頃からよーく知ってるし。

 顔のレベルは僕と同程度だけど、僕とは真逆ともいえる明るく社交的な性格と、いつもお洒落に気を使ってる点が女子に受けるのだろう、多分。

 今日も、謎の黒い柄が入った白いシャツと黒デニムというモノトーンコーデがバッチリ決まってる、ような気がする。


 彼は声を潜め、伏し目がちに「実は」と切り出す。


「シオが住むアパートの隣の家の人が、家族全員、交通事故で死んだんだって。そこんちのジイさんが運転する車で、奥さんと娘さんと、山道を走ってるとき、スピードの出し過ぎでカーブを曲がりきれず、そのまま岩肌に突っ込んだ、とかいう話でさ、それが金神の祟りのせいだって、近所で噂になってるそうなんだ」

「偶然じゃないのか? ジイさんってことは、お年寄りだろ。こういっちゃなんだけど、高齢ドライバーの事故、最近多いし」

「いや、でも、その家、事故の少し前に、庭を潰して駐車場を作ったらしいんだけど、それが金神の方位だったみたいでさ」


 確かに、金神の方位の土を動かす土木作業や修繕なんかは、特によくなかったような。

 他にも、引っ越しとか旅行とか、怒りに触れる行為は様々ある。


「金神ってのは、七人殺すんだろ。でも、その家の家族は三人。四人足りないなってとき、シオと同じアパートに住んでた女子大生が死んだんだ」

「は? なんで?」

「山で滑落した。登山が趣味だったらしいよ」

「偶然じゃないのか。山の事故だって割と起きてるし」

「オレだってそう思うよ。でも、シオがすごく気にしてて。あと三人、次は自分じゃないかって。だから――」


 そこで、彼は顔を上げた。

 いつになく真剣な眼差しに、バーガーを手にしたまま、僕は固まる。


「金神の祟りから、彼女を守ってやってくれないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る