7-seven-

一視信乃

1 コンジンシチセツ

「それじゃあ、お先に失礼します」


 五階建てマンションの四階にある事務所を出た僕は、エレベーターを待つ間、スマホをチェックする。

 来てるのは宣伝メールばかりだったが、いつものことなので気にしない。

 時刻はまだ四時を過ぎたばかり。

 晩飯食うには大分早いし、それまでどうやって時間を潰そう。

 そんなことを考えながら一階まで下り、生ぬるい玄関から蒸し暑い外へと歩き出した次の瞬間、いきなり背後からぎゅっと抱き付かれた。


「うわぁっ!」


 なっ、何っ? 強盗っ? 痴漢っ?

 肩の上から伸びてきた二本の腕はどうみても男のもので、デニムに黒Tシャツ姿の僕も、どっからどう見ても立派な成人男性のはずだけど、様々な人種が暮らす都会には特殊なシュミの変質者もいるのかもしれない。

 いや、だからって、こんな日の高いうちから、公道で猥褻わいせつなことしようとするなんて、大胆過ぎないか。

 まあ、暗くてもダメだけど。

 焦って変なことばかり考えてしまう僕の耳に、ふうっと熱い吐息がかかる。


「見ぃつけたぁ」


 ひぃぃーっ!!

 低い声で囁かれ、僕は声にならない悲鳴を上げた。


「良かったぁ、見つかって。あーもう暑いし、マジ疲れたぁ」


 続けていわれた言葉にハッとする。

 このちょっと鼻にかかったような甘ったるい感じの声、なーんか聞き覚えあるような……。

 僕は乱暴に腕を振り払い、相手の顔を見た。


「やっぱしオマエっ、なんでこんなとこにっ!」


 そこにいたのは、僕よりいくらか背の高い、黒縁眼鏡をかけた茶髪の若い男で、なんと高校時代の同級生だ。

 といっても別に友達とかでは全然なくて、クラス委員だった彼がボッチな僕を哀れんだのか、ことあるごとにからんでくるのを、僕がちょっと、イヤかなり迷惑に思っていたというような間柄である。


 しかし、僕の心情など一向に気にしない彼は、卒業してからも様々なお誘いメールを送り付けてきたり、家に押しかけて来たりと、相変わらず馴れ馴れしく図々しいのだが、まさかこんなところにまで現れるとは思ってもみなかった。

 バイト先教えたの、失敗だったか。


「なんでって、キミに会いに来たんだよ。頼みがあってさ」

「合コンなら、もう絶対行かないぞ」

「そんなんじゃないってば」

「だったらメールでいいだろ」

「だって、キミ、既読どころか未読スルーするし――」


 まあ、するけど。

 絶対するけど。

 ブロックしないだけマシだと思え。


「――メールじゃ長くなっからさ。それよか、どっか涼しいとこ行こう。おキャフェとかなーい?」

「あー、代々木上原の方行けばいろいろあるけど、僕、京王線ケーオーだから」


 ちなみにこれは、逆方向だから行きたくないという意味だ。

 そうでなくても、コイツとそんなとこ行きたくない。


「じゃあ、オペラシティでも行く?」

「僕、はたから乗るから」


 最寄り駅はTOC東京オペラシティのある初台はつだいだけど、隣の幡ヶ谷からのが電車賃が安くなる。

 都会の一駅なんて、たいした距離じゃないし。


「じゃあ、幡ヶ谷行こ……って、そういや、今日、車は?」

「置いてきた。つうか、何だよ、もうっ」


 いつになく、しつこいなぁ。


「いったろう、頼みがあるって」

「何?」

「あとで話すよ。ちゃんと聞いて欲しいから」


 声音と瞳にマジな色がにじむのを見て、僕は茶化すのをやめた。


「……わったよ」


 僕らは住宅街を抜け、幡ヶ谷へと向かった。

 そして、駅直結のビルにあるファーストフード店に入る。

 向かい合って席に着くなり、彼はいった。


「なぁ、コンジンシチセツって知ってる?」

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