第17話 差異
「あ、起きた! 」
金髪のおさげが跳ねた。白かった頬を紅潮させて、アンはアネットをじいと覗き込む。
「大丈夫? 突然倒れるから驚いたんだから」
アンはアネットの額に手のひらをそっと置いた。
「熱は無いね。みんなに知らせてくる」
アンはそう言うと、バタバタと部屋を去って行った。
アネットはゆっくりと寝返りを試みた。仰向けの状態から、身体を横に向ける。そのまま手をマットレスについて、ようやく身体を起こした。
アネットは、くらくらする頭を手のひらで抑えた。痛いわけではない。けれど、麻酔から覚めた時のように、どこかおぼつかない。
締め切った窓ガラスが風でガタガタと揺れている。外では細かい雪が舞っていた。
大して広くない部屋は、ベッドくらいしか物がない。簡素な空間だが、部屋の温度は心地よい。
はて、とアネットは首を傾げた。少し肌寒かった程度だったはずが、今は雪がチラついている。ぼんやりとマルコワに着いた時の事を思い出していると、ドカドカと大きな足音が近づいてきた。
「アネット! 」
アドルフとオウエンがもつれるようにして部屋に入ってきた。エズメやイーノックも、開け放したドアから心配そうな顔を覗かせている。
「良かった……」
オウエンはほっとした顔で笑った。アドルフも嬉しそうにしている。
「あの、わたし、どうしたの? どうなったの? 」
アネットは恐る恐る聞いた。なんだかよくわからなくても、とても心配されているのは理解している。
「倒れたんだよ。突然」
アドルフがそう言い、ベッドの側に置かれていた椅子に手を掛けた。椅子の前後をひっくり返すと、背もたれで腹を支えるようにして座った。
オウエンはアネットのベッドサイドにやってくると、アネットの目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「エルフのクリスタルとアネットの痣が同じ色に、緑色に光っていた。何が起きていたかわは我々にも分からないのだが、身体はなんともないか? 」
オウエンはそう言って、心配そうに眉を下げる。アネットはハッとして自身の肩口を覗いた。痣は特に変化はないが、一瞬だけ淡く緑色に光った気がした。
そういえば、エルフが何か言いかけて気がするのに、結局何だったのかはわからないままだ。
「大丈夫、たぶん。エルフが、この痣のことについて何か言いかけていたんだけど、分からなかったの」
「エルフと話したのか!? 」
アドルフが目を丸くして大声を出した。オウエンも驚いた顔をして立ち上がる。
「うん。話した。でも、夢だったのかもしれない」
どこまでが現実で、どこまでが夢だったのか。もしかしたら、アネットがアネットである事すら全部夢かもしれない。そのくらい、全てがあやふやだ。
「ねえ。どうしてエルフのクリスタルを守ってるの? アーツに渡ったらどうなるの?」
アネットの問いに、アドルフとオウエンは更に驚いた顔をした。何を言っているんだ、とでも言いたそうにしている。
「そうなったら、アーツは益々力を増大させるだろうな。エルフが近くにいるんだ」
「人類滅亡が、確実に一歩近づく」
アドルフとオウエンはそれぞれ顔を見合わせて頷き合う。他の者も同じような顔つきで、異論を唱えるものは居なかった。
「エルフは、ただそこにいるだけでは幸福はもたらされないと言ってた。それなのに、エルフの力でアーツが強くなるの?」
アネットはアドルフに問うた。
「そうじゃないさ。相手はアーツだぜ。無理矢理にでも力を引き出すのさ。魔王ならば簡単にできる」
アドルフの答えは、これもまた他の者の同意を得た。誰一人、この意見に反対するものはいない。ある種の社会通念のようだった。
アネットは俄に混乱し始めた。エルフから聞いた事と、アドルフらの言うことに差がありすぎる。そもそも、エルフとの会話が夢であったかもしれない。とはいえそれが現実でなかったとも言い切れない。しかし、どちらが真実なのかを知る術も、今のアネットには無かった。
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