第9話 大きな鳥

 アネットは目覚めるとテントを出て、近くの川で顔を洗った。水が冷たくて気持ちいい。シャキッと芯が通るような気がした。


 本流へと歩を進めるにつれ、川はだんだん深く、大きくなってゆく。アネットが現代で見たどの川よりも、澄んできれいだった。

 川は平野のオアシスのように、このあたりの川沿いには赤い実をつけた木々が何本も立っている。それぞれ青々と生い茂る様は、朝日に映えて美しかった。


 オウエンは朝の素振りを日課にしている。彼の邪魔をしないように、アネットはそっと朝食の支度を始めた。

 オウエンが寝ずの番をしていた焚き火で、先ほど行商人から買ったパンを焼いてチーズをのせる。次いで川沿いで摘んだ野草でほし肉を包んで焼くと、なんとも言えないいい匂いが辺りを漂い始めた。


 初めは火を起こすのも、食べられる野草を探すのにも苦労した。ここにはライターもマッチもない。だが、オウエンの助言のおかげでアネットも少しずつ逞しくなってきている。

 ちなみに、オウエンは火起こしも火の始末も魔法を使う。彼に任せてしまえば楽ではある。けれど自分一人でもできるに越したことはないので、アネットは必死で学んだ。

 オウエン曰く、本来なら火を起こすのもアネットの力なら魔法で出来るはずだということだ。だが、アネットはそう言われて試してみたものの、なかなかうまくいかない。

 岩を粉々にしたことを気にしすぎるあまり、却って縮こまってしまう。一瞬火が出ても、マッチほどの威力にすらならないまま疲れ果ててしまった。

 仕方がないので、アネットが火を起こす際にはしばらくは原始的に起こすことにしている、というわけだ。その間「毎日一分でもいいから瞑想してイメージを固めるように」とオウエンに教わり、アネットは朝晩床にいる間と火をつける時に実行している。


 朝食のメニューが揃ったところでオウエンが戻ってきた。彼はアネット隣に座り、素振りのついでに汲んできた水をアネットに差し出した。


「そろそろ食料が尽きるな。早く人のいる集落を見つけなければ」

「行商人に出会えたのはラッキーだったわね」


 アネットはそう言いながら、焼けたパンをオウエンに手渡す。彼はそれをがぶりと頬張り、おいしそうに顔をほころばせた。


「ダミューを探そう」

「ダミュー?」

「乗り物にもなる大型の鳥だ。もしも捕まえられたら移動が早く、楽になる。この木の実を餌にするはずだから、恐らく探せばこのあたりにいるだろう」


 上を向いたオウエンにつられてアネットも見上げる。すると頭上の木に、先ほどアネットが川で見かけたのと同じ赤い実がなっていた。


「この実は食べられないの? 」

「アレシヤは毒はないが、美味くもないぞ。やめておけ」


 渋くて酸味がきついとオウエンは言う。おいしそうな色をしていただけに、アネットは少しがっかりした。


 手早く食事を済ませ、二人はまた歩き始めた。幸運な事に、いくらも歩かないうちに彼らはすぐにダミューに出会った。


「ねえ、あれは? 大きな鳥が走って……逃げてる? 」


 少し離れた草原の真ん中で、魔物に追われて逃げているダミューがいた。アネットが前を行くオウエンに声をかけると、オウエンは「でかした」と行って駆け出した。


「あれがダミューだ! 行こう、助けるぞ」


 アネットが慌てて追いかけているうちに、オウエンはダミューを追う魔物に炎を放った。振り向いた魔物を迎え撃ち、あっという間に仕留めた。


 ダミューはダチョウをそのまま一回り大きく、体格をがっしりとさせたような鳥だった。特に足はダチョウよりも随分太く、安定感がある。いかにもゴツい鳥だが、目はクリクリしていて愛嬌がある。かわいらしい、というのがアネットの感想だった。

 ダミューは馬よりも足は遅い。だが馬よりも人懐こく、気性も大人しい個体が多い。多少の警戒心は持っているが、餌を与えて気を引き、ダミューがその人物に心をひらけば、たとえ野生でもその背中に乗せて走ってくれる。

 もちろん人間よりも早く走るし、体格にもよるが大抵人間の大人二人くらいまでなら相乗りもできる。こうした旅には重宝される生き物だ。

 ちなみに、鳴き声はニワトリに近いが、鶏冠はない。


 野原の真ん中で出会ったダミューは、アネットの身長よりもやや高いくらいだった。アネットには随分大きく見えたが、オウエンは普通サイズだと言った。中にはもっと大きなものもいると続ける。

 ダミューを警戒させないようゆっくりと近づきながら、件の赤い実を見せた。


「よし、いい子だ。どうだ? 腹が減っているなら食べてくれ」

 

 そう言って、オウエンは先ほどの赤い実・アレシヤをダミューに食べさせようとしている。ダミューの方も空腹だったのだろう。警戒しながらも、アレシヤの実を美味しそうにつつき始めた。

 ひとしきり食べた後、満足そうなダミューは、オウエンにすり寄った。猫が飼い主に甘えるような仕草で、大きな頭を何度もオウエンに擦り付けている。どうやらずいぶんと気に入られたらしい。

 側にいたアネットもオウエンに促され、そっと手を伸ばす。ダミューはアネットにも大人しく撫でられている。


「これは心強いな。よろしく頼むぞ、ダミューよ」


 オウエンの言葉に返事をするかのように、ダミューは大きな瞳を輝かせ、「コケっ」と鳴いた。

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