エピローグ あるいは

 何だかんだ紆余曲折あってやっぱり人は生きている。

 一生懸命に精一杯生きている人間もいる。

 ただなんとなくで生きている人間もいる。

 死にたいと思いながらも死ねずに生きている者だって。

 僕もそうだ。

 たしかに自殺を決めたのは高校のときで、それからはかなりの年月が経過している。

 僕は今でも死にたいのだろうか。

 ふと、そんなことを思う。

 考えてみれば、僕は自殺するために生きてきた。

 おかしなことではあるが。

 でも、本当に変だろうか?

 だって、みんないつかは死ぬんだ。

 誰だって必ず生きたその先には死が待っている。

 それに例外なんてない。

 なら、考え方を変えてみると、死ぬために生きていると言えなくもない。

 自殺って、そこまで思ってるほど悪いものじゃない。

 ううん。

 死が、死というのがそもそも悪いものじゃないんだ。

 たぶん、だけど。

 自殺者が増えている現状を、誰が嘆いているというんだ。

 自殺者が増えて迷惑を被るのはその死体を処理する人だけだろう。あとは身内ぐらいだ。

 テレビのニュースでは相変わらず自殺者の報道が絶えない。

 いつもどこかでは何か事件が起きている。

 殺人は良くないけど、でも、自殺はそれほど悪いものでもないと僕は思う。

 まあ、こんなことを言って自殺者が増えて僕のせいにされても困るけど。

 ただの正当化だな。

 やっぱり、自ら命を絶つのはよくないことかも。

 ただ僕は充分に生きた。

 このくだらなく他愛もない世の中を充分過ぎるほど味わった。

 そろそろおなかが一杯だ。

 母親に突きつけられた額は三億。

 今思えば懐かしい。

 自殺したければ三億払って死ねだなんて、僕の母親らしいというか、パワフルというか。

 あのときは高校生でそんな大金持ってなくて自殺したくてもできなかったけど、今は違う。

 今回の銀行強盗で得た十億がある。

 これなら三回自殺できる計算だ。

 僕は警察を辞めて、実家に帰った。

 相変わらずのボロボロの家。

 立て付けが悪くなかなか開かない玄関に腹を立てながらも、何とか家に上がることができた。

 懐かしい匂い。

「ただいまー」

 返事はない。

 どうせ炬燵でごろ寝ているんだろう。

 居間に向かう。

 案の定ワイドショーを見ながら横になっている母親がいた。

「ん? おやまぁ、いつ帰ってきたの?」

「今だよ」

「あっそう。おみやげは?」母は手を僕に伸ばす。

「は?」

「息子が家に帰ってくるんだったらみやげの一つぐらい持ってきなさいよ。ったく、使えないんだから」

「帰ってきたって言っても、ちょっと寄っただけだよ」

「なに、どっか行くの?」

「死ぬんだよ」

「ふーん。お金用意できたの? 三億よ」

「ああ」

 僕はカバンから預金通帳を出して、母に差し出した。

 すると母は面倒そうに欠伸をしながら、器用に足で受け取って、これまた器用に足の指で通帳を開いた。

「ん……、ちょっとぉ、足りないじゃないのよ」

「足りないわけないだろう」

 僕は通帳を返してもらって確認する。

 ちゃんと残高が十億円以上ある。

「老眼じゃないの? ほら、ちゃんと見てよ」

「失礼ねえ、この子は」舌を鳴らして口を尖らせるとひったくるように僕から通帳を奪った。

 失礼どうのこうのとぶつぶつ言いながらも老眼鏡を掛けてる年老いた母親。

「あるだろ?」

「んん? 十億円しか入ってないじゃない」

「そうだよ、十億しか……」

 ん?

 しか?

「しか、じゃないだろう! 十億円も、だ! 三億払えば自殺してもいいんだろう? しか、とはなんだよ。しか、って!」

 だけど母は不思議そうに僕を見つめている。

 まるで理解できていない様子だ。

 まさか。

 まさか、ボケてるのか?

 僕の知らない間に痴呆が……?

「あんた、ボケてるの?」

「は?」

 ボケてるのはあんただろう。

 何を言って……。

「私が要求したのはよ。十億円じゃ、全然足りないじゃないの」

「へ?」

「ドルよ、ドル! 世界的に安い円になんか興味ないわよ!」

「な、なっ、なぁー?」

 嘘だ。

 馬鹿な。

 何かの間違いだ。

 そんな馬鹿なぁっ!

 じゃ、じゃあ、あれか?

 ぼぼ、僕はい、今までずっとと、かっ、勘違いしてきたのか?

 ドル?

 ドルっ?

 ドルぅー?

 今までのは何だったんだ?

 あの華麗な計画は?

 あのクリスマスのために準備してきたものは?

 い、

 い、い、

「いったい何だったんだぁー!」

「知るか馬鹿息子。とっとと金を稼いでこい」

「なあああああ!」

「うるさいな! テレビ見てるの! 静かにしろ!」


 九十九一、彼はまだ死ねない。

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