第4章 前代未聞の犯行計画を描く馬鹿


 1


 冬の朝は嫌いだ。寒いから嫌いだ。

 しかしそんな僕の感情とは関係なく、先ほどからずっと目覚まし時計が己の使命を全うしようとしている。

 鬱陶しい限りだが、さすがに延々とけたたましく鳴り響く時計に哀愁染みた感情を抱き始めたので、仕方なく僕は欠伸を噛み締めながらそれを止めた。

「うぅ、寒っ」

 体を震わせながら制服に着替えて、学校に行く支度を済ませた。

 今日は終業式。つまり明日からは冬休みだ。

 計画は順調に進んでいる。

 先日、サカモトが仲間になった。最初はサカモト氏との連絡係として協力をしてくれていたが、正式に仲間として加入を決意してくれた。

 タムラもよくやってくれている。ミノルも、ぶつぶつと文句を言いつつもちゃんと協力してくれていた。

 彼らのためにも、僕は完璧な計画を立てなければならない。

 あと少しだった。もう少しで僕の計画は完成する。いろいろ考えた結果、行き着いた答え。だけど、その完璧な計画を遂行するためには、まだまだ優秀な人材が必要となる。僕が計画を練り上げる間、他の三人には新たな面子を探してもらっている。

 楽しかった。

 ただ単純に、こうしてみんなと何かをしているというのは楽しい。こうした時間がずっと続けばいいのに……。

 外に出ると、風が冷たかった。気を振り絞って自転車に跨り、学校へと向かう。途中の交差点で赤信号に引っかかり立ち止まって、吐息で両手を温めていると、後ろから声を掛けられた。

「モモ」

 振り返ると、マコが手を振りながらこちらにやってくる。

「おはよう」

「うん」

 ちょうど信号が青に変わった。僕達二人は並んで路地を進んだ。細い路地には時間帯のためか人は少ない。ニット帽を被ったおじいさんが犬の散歩をしているくらいだった。すれ違う際に会釈した。

 大通りへ抜けると、強く冷たい風が吹き付ける。

「寒いね」マフラーに口元を埋めて、マコが言った。

「そうだね」

「今日で学校も終わって、冬休みね。モモは何か休みの間予定でもあるの?」

「うーん、今のところは特にないけど……」

「何も? 世間はクリスマスよ」

「何をそんなにはしゃぐ必要があるのか皆目見当がつかない。世間はどうして浮き足立ってるのさ? 日本は無神論だろ?」

「だって、年に一度の特別な日だからじゃない」

「毎日、一年に一日だけだよ」

「そ、それはそうだけど」

「マコは予定ないの?」

「……ない」

「なんだ、マコだって何もないじゃん」

「うるさいな、あんただってないんでしょ?」

「そりゃあ、ないけど」

「寂しいね」前を向きながら、マコはため息をつくようにして言う。

「そうかな」僕は首を捻った。

 クリスマスに予定がないとなぜ寂しいのだろう。キリスト教信者じゃない僕としてはそれほど特別な日ではない。先ほども言ったが、三百六十五日のうちの一日に過ぎないのである。なぜ、人々はそれほどまでに暦を大切にするのだろうか。

 クリスマスか。銀行を襲うのはいつがいいだろう。サカモト氏の協力が得られる以上、銀行に大金があるタイミングはこちらで自由に作ることができるようになった。クリスマスは、どうなんだろう。

「……ねぇ、何もないんだったら、その日、どこか一緒に遊びに行かない?」

「え、何? 聞いてなかった」

「…………」

 マコはとても凝視できないほどに僕を睨んでくる。

 いったい何が、何が彼女をここまで怒らせるのだろうか。気難しいお姫様はかなりご立腹の様子で、ぷりぷりと怒りながらケイデンスが上がった。

 ここまで一緒に登校してきたのに、置いてきぼりを食らうのは嫌だったので、僕も立ち漕ぎ気味に彼女のあとをついていく。

「ねえ、マコぉ、待ってよ」

 しかし彼女は止まらない、振り向かない。

 何をそんなに怒っているのだろう。さっきまでは普通にしゃべっていたのに……。

「ねぇってば、何を怒ってるのさ?」

「知らない!」

「知らないって、君のことだろう?」

「もういい、馬鹿っ!」

 マコはそれだけ言うと、先に走っていってしまった。

 結局、学校へ着くまで彼女のスピードが緩むことなく、追いつくのは無理だった。教室へ着いても、彼女はこちらを見ようともしない。今日中に機嫌が直ることは難しそうだった。

 そして、終業式もそつなく終わり、大掃除の時間に。

 僕の高校では、終業式のあとは必ず大掃除をすることになっている。

 僕の普段の担当は教室だったが、担任からの指名で職員室の掃除を手伝うことになった。

「じゃ、頼むぞ」

 それだけを言うと、給湯室に僕だけを残して担任の教師はどこかへ行ってしまった。

「…………」

 理不尽だ。なぜ僕がこんな使用したこともない部屋の掃除をしなくてはならないんだ。

 くっそー、あのでくの坊め。

 だいたい、給湯室だろう? なのになぜガスコンロがここまで油でぎとぎとになるんだ。どんな使い方したらこんなことに。

 教室で窓拭きがよかったのに。

 仕方ない、とっとと済ませてしまおう。

 僕は気持ちを切り替え、掃除を始めることにした。

 給湯室の掃除を承ったまではいいが、結局のところ問題なのはぎとぎとに汚れたコンロと換気扇だ。汚れはこびりついているし、簡単に取れそうもない。油と埃が氷柱のように垂れ下がっている。最後に掃除したのはいつのことなのか、わかったものではない。

 どうしたものかと思い悩んでいると、脇にバケツが置かれていた。中を覗きこんでみると、バケツの中にスポンジたわしやゴム手袋など一式の掃除道具が収められている。

 僕は手袋をはめて、洗剤を探した。

「……お? あー! こ、これは!」

 僕は思わずそれを手に取って叫んでしまった。

 キエールキエール。

 その酷いネーミングとは裏腹に、とんでもない洗浄力を持っているといわれる洗剤だ。テレビ番組でその脅威の洗浄力を魅せつけられて以来、僕の心を鷲掴みにしたキエールキエールだが、僕の母親の性格上、あまり掃除をしないので買ってもらえなかった。

 それがここにあるとは。

 テレビではどんな油汚れも吹き付けるだけで簡単に落としていた伝説の洗剤、キエールキエール。僕は期待と興奮を胸に、若干の手の震えを押さえながら、キエールキエールを手に持つ。

「ああ、緊張する」

 ふふふ。ついに、ついにこのときがきた。これであらゆる油の魑魅魍魎を退治することができる。

「ふははは、観念しろ、油汚れども。喰らえ、これが本当のオイルショックだ!」

 しゅっしゅ、と二回ほど吹き付けてやった。

 あとは落ちてきた汚れを拭き取るだけだが……。

「ん?」

 あれ、おかしいな。

 もう一度吹き付ける。

 スポンジたわしで擦ってみる。

 もう一度。

 少し時間を置いて、もう一度。

「…………」

 そ、そんな馬鹿な。いや、落ち着け、これは何かの間違いだ。そんなはずはない。だって、テレビじゃ……。

「どうしたんだよ、キエール!」

 お前の力はこんなものじゃないはずだ。

 期限切れなのか? キエールのラベルを詳しく見てみるが、使用期限は切れていない。どういうことだ? 給湯室の汚れがキエールの数段上をいっていたということか? でも、どんなしつこい油汚れも落とすのがお前の役目じゃないのか? どうしたっていうんだ。

「どお、モモたん? 綺麗になったぁ?」

 僕が愕然としていると、家庭科の女教師であるミーちゃんが給湯室の入り口に顔を覗かせた。丸顔に赤いフレームの眼鏡を掛けている彼女は、美人教師として生徒から絶大な支持を受けている。今は掃除のためか、癖のないストレートの長い髪は後ろで束ねられていた。その姿もとてもかわいい。

「み、ミーちゃーん」

「あらら、どうしたの? そんな、泣きそうな顔して」

「こいつが、こいつがぁ」

 ミーちゃんは僕からキエールキエールを受け取ると、すぐに理解できたのか、何度か頷きながら困った表情を見せた。

「ああ、これねぇ。全然、落ちないんでしょ、汚れ。まったく、よく騙されるのよねぇ、こういうのに」

「……やっぱり、これ、だめなの?」

「だめよ」ミーちゃんはあっさり言ってのける。

「そんなぁ……。これじゃ、まるっきり詐欺だよ」

「んー、テレビの汚れは水溶性のものなのよ、きっと。詐欺にならないように、何か巧みにしてあるんじゃない?」と、僕の肩を軽く叩く。「モモたん、うんと勉強して、弁護士になって、ここの会社を訴えなさいよ」

 キエールキエールを製造している会社は洗剤メーカーでも名が知れている大手だ。昨今も、順調に業績を伸ばしており、洗剤だけでなく、様々な分野にまで進出をしている。間違いなく十数年後にはもっと大きな会社になっているに違いない。

 人を騙して、成長する企業など……。

 消費者は何も思わないのか? 悔しいとは感じないのだろうか?

「ま、結局は慣れたんでしょうね」

「え? 慣れた?」僕は聞き返した。

「そう、騙されることにね。別の言い方をするならば、信じていないのかも。すべての汚れが落ちる魔法のような洗剤なんて存在するはずがない、だから、このキエールも大したものじゃないだろう、ってな感じかしらね」

「でも、それでもあの宣伝は虚偽になるし、みんなが信じていないから嘘をついてもいいなんて理由にはならないよ」

「まあねぇ、でも、ゴシップ誌と同じじゃないのかな。それが本当かどうかはともかくとして、一つのエンターテイメントとしてみれば楽しめる、みたいなさ」

「だとしても……」

「だとしても? モモたんはどうするのかな?」

「……潰すよ、この会社」

「おっ、これまた大きく出たねぇ、君は」ミーちゃんは愛敬のあるえくぼを作りながら微笑む。「潰しな、潰しな、こんな会社。先生も応援したげるからさ」

「うん」

「ほい、約束。誓いを立てようぜ」言いながら、ミーちゃんは小指を僕に突き出す。

 僕も小指を出して、ミーちゃんと指切りをした。


 2


 僕の中でほとんどプランは出来上がっていた。

 ただ金を奪うだけなら、それは悪者であり、ただの犯罪者だ。

 だけど、僕は違う。

 金を奪うと同時に、悪い奴らを懲らしめてやる。この世の中には悪い奴らが増え過ぎた。ここらへんで誰かが粛清をしなければならないだろう。

 それが僕達だ。

 まず、警察。

 それは僕が中学生だったころの話だが、ある日、焼き芋をしようと家の近くの空き地で枯葉などを集めて焚き火をしていたところ、通りかかった警官に放火の疑いを掛けられ補導された過去がある。何度理由を説明してもあの警官は耳を貸さなかった。『放火犯はみなそう言うんだ』とわけのわからない理屈を僕に押し付け、一方的に犯人呼ばわりをされたのだ。

 今思い出しても腹が立つ。だいたい、芋を持った放火魔がいるわけないだろうに。それに、空き地の真ん中に火をつけて何が放火だよ。まったく、馬鹿じゃないのか? 下手な正義を振りかざしやがって、おかげで僕はあれ以来焼き芋が食べれなくなったんだぞ。ああ、もう、同情の余地はない。徹底的にぶっ潰す!

 次はキエールキエールの製造会社であるCCCだ。

 これはもう、言わずもがな、僕の期待を裏切った悪の代名詞であるキエールをその名の通り、この世から消し去ってやる。

 そして、ある政界の大物が代表を務める政治団体とメガバンクだ。

 これはサカモト氏の要望でもある。ロゼを政治利用した蜜月の関係にある両者には正義の鉄槌を下さなければならない。

 なんだかやけにスケールの大きな話になってきたが、それでも僕はやってみせる。

 完璧な計画を立てるんだ。

 そのためにも、優秀な人材がまだまだ要る。あと三人ほどは欲しい。

 ただ必要なのは専門的な知識を持っている限られた人間だ。条件が厳しい上に、計画に興味を持ってもらわなくてはならない。集められるだろうか?

「…………」

 厳しいかもしれない。だけどここまで来たんだ。タムラやサカモト、ミノルが探してくれている。なら仲間のことを信じて、僕は計画を完成させよう。

 完璧で、揺るがない計画を。

 計画の要は、もちろん、いかにして警察の裏をかくか。そしていかにしてその場から逃げ切るのか。

 タムラが以前指摘した通り、上手く逃げても検問を敷かれればそれでアウトだ。検問の網を潜るのは至難の業だろう。理想的なのは、警察の足止めをすることなんだけど……。

 大掛かりな犯罪は必ず足がつく。

 うーん。

「おなか減ったなぁ」

 図書室の時計を見上げると、お昼を回ったところだった。

 終業式のあとの大掃除も終わって、普通に下校をする者もいれば、部活動に汗を流す者もいるし、残って受験の追い込みのために補習を受けていく者もいるし、理由もなくふらふらしている者だっている。

 まあ、図書室には相変わらず僕一人だけだけど。

 僕は手前に置いてあるタムラから借りたミステリーの本を手に取って読んでみる。これは暇だった昨日のうちに読んでいたので、今日返そうと思って持ってきていた。

 クライマックスで、主人公が犯人と対峙し、あるセリフを吐いた。

『どんなに巧妙な罠を張り巡らせたところで、最後に必ず真相は暴かれる。勝負なら、あなたが罪を犯した時点でもう決まっていたんですよ』

 格好いいセリフだ。何度読んでも唸ってしまう。僕は素直な子だった。たぶん、それは今でも変わらないだろう。だけど、これだけは譲れない。

 正義が最後に勝つ、なんて論理は大嫌いだ!

 見てろよ、ちびっ子。日曜の朝から正義を振り撒いているヒーローが最強じゃないということを見せてやる。

「……とは言うものの、どうするかな」

 名探偵も言うように、暴かれない犯罪はない。あるとすれば万引きなどの軽犯罪ぐらいだろう。殺人や誘拐は確実に捕まるのが相場らしい。

 強盗はどうだ?

 十数年前にアメリカで犯罪史に残る最大級の強盗事件があったみたいだが、それもたった数日のうちにメンバー全員が逮捕されたという。

 厳しいな。

 銀行強盗などは、警察側にも対策が練られているのだろう。だからどんなに知恵を絞っても捕まってしまうのだ。

 逆に、新手の犯罪ならば警察も対応できずに上手くいく可能性が高い。代表的なのは、様々な手口がある詐欺だ。詐欺はその犯行の手口を変えれば、それこそ十年以上経っても通用する犯罪だろう。

 残念ながら銀行強盗は詐欺ほど柔軟に手口を変えることは難しい。

 よほど奇想天外なやり口でない限り……。

 うーん、だめだ、このまま考えてもいい案も腐ってしまう。

 とりあえず僕は図書室を出ることにした。

 中庭に出て、冷たい風を浴びながら考えようとしたが、何やら学校正面の方が騒がしい。

 なんだろう?

 校舎を迂回して正面に向かうと、生徒や教師が集まって全員が上を眺めている。

 傍から見るとかなり間抜けな画だった。

 何をしてるんだ、この人達は?

 その群れの中に見知った顔を見つけた。

「あ、ミノルだ」

 僕はそちらに近づき、声を掛けた。

「何してんの?」

「あ、モモ。大変なんだよ」

「何が? こんな真昼に天体観測でもしてるの? アホ面で空なんか眺めちゃって」

「馬鹿、ちげーよ!」

 そのとき、近くにいた教師が大声で叫んだ。

 不思議に思って視線を追ってみると、屋上に女の子が立っていた。

 フェンスを乗り越えたこちら側に女の子は身を乗り出している。

「わー、パンツ丸見えだよ、あの子」

「どこに注目してんだ!」

 屋上にいる女の子とは面識はないはずだが、僕の高校の制服を着ているということは僕の高校の女生徒なのだろう。この角度からじゃ見放題だった。新手の痴女か何かか?

「なるほど、それで集まってるのか」僕は手を叩いて納得した。「えっちなやつらだなぁ、君達は」

「ちげーよ! つーか、よくもこの緊迫した状況の中でお前はへらへらと笑ってられるな」

「え、緊縛っ?」

「ちげーよ! お前の頭の中はエロか? エロで詰まってんのか、この馬鹿!」

「じゃあ、なんなんだよ?」

「普通、屋上に人が立ってたら一発だろ。とにかく、あの子があそこから飛び降りるって言ってんだ」

「と、飛び降りるっ?」僕は思わず大きな声を出してしまった。「そ、そんなことしたら、い、痛いじゃないか!」

「うーん……、痛いというか、死ぬわな」ミノルは僕に向き直ると目を細めてため息をついた。「つーかさ、お前、ツッコミどころ満載なのな。キャンペーン中か? ったく」

 近くにミーちゃんがいたので、僕達はそちらに移動する。

 他の教師達とは違い、ミーちゃんはただただ珍しそうに眺めているだけだった。

「ミーちゃん」

「おー、モモたんにミノっちじゃん」

「ミーちゃんは説得しないの?」ミノルが尋ねた。

 周りの教師は必死に屋上の生徒に説得を試みているが、同じ教師なのにミーちゃんだけはただの傍観者として佇んでいる。まあ、ミーちゃんのそんなところも好きだけど。

「説得ねぇ。死のうとしている人間に対してどんな言葉を掛ければいいのか、私、わかんないんだもん」

 そうかわいく言われたら頷くしかなかったのだろう、ミノルは大人しく引き下がった。

「でも、あの子も大変よねぇ」

「え、何か事情知ってるの?」

 ミノルが聞き返すとミーちゃんは首を振って、女生徒を指差した。

「いや、パンツ」

 たしかに先ほどから丸見えである。なるほど、女子高生ともなるとああいうものを穿くのか。参考になります。

「うーん、ミーちゃんとお前がダブって見える……」ミノルが隣で呟いた。

 相変わらず周りの教師はこんな冬場にもかかわらず、だくだくと汗を垂らしながら大声で女生徒に呼び掛けている。

 事態を知らずにたまたま通りかかった生徒も思わず立ち止まり、今では全校集会規模の人だかりができていた。

 しかし、教師のそのほとんどが下から声を張り上げているだけだ。

「ねえ、どうして屋上に行かないの?」

「そう言われれば変ねぇ、気づいてないのかしら?」

「鍵が外側から掛けられているみたいだぜ」どこから聞いてきたのか、ミノルが教えてくれた。

「ふうん」

 さすがの僕も、堂々と見せられているパンツにいつまでも魅力を感じるほどダメ男ではない。大切なのは羞恥心だ。恥じらいなき下着など、水着などと変わらない。本当、いろんな意味で恥を知れと、彼女に言葉を贈りたい。

 さて、女の子は何かを泣きながら訴えているが、残念ながらそれは言葉として聞き取れるレベルではなかった。

 ただ、今にでも飛び降りそうな雰囲気は出ている。

 顔は、何かを泣き叫んでいるためぐしゃぐしゃに崩れてはいるものの、もとはたぶんそこそこ整っている方だと思う。脚も綺麗だし、静かに佇んでいれば、それなりにモテただろうに。この一件で引きずらなければいいのだが。

 ん?

 あれ、何かを忘れてるような……。

「あ!」

「え?」

「いけないいけない、こんなことしてる場合じゃないよ、ミノル。計画を進めなくちゃ! 目ぼしい人間は見つかったの?」

「おま、お前なぁ、今はそれどころじゃないだろ? あの子のことを見て何とも思わないのかよ?」

「え?」

 もう一度拝ませてもらう。

「ちげーよ」ミノルが僕の頭を叩いた。「パンツじゃなくて、自殺しようとしている人間を見ても何とも思わないのかって聞いてんだよ、馬鹿」

 僕はパンツではなく、彼女自身をもう一度見てみる。

 目の前で、飛び降り自殺をしようとしている女の子。

「う、羨ましい……」

「……は? おま……それ……、え? 羨ましいって言った?」

「だって、彼女は死にたいんだろう? それで死のうとしてるんだろう? めちゃくちゃに幸せじゃないか」

「……わりぃ、え、お前、何を言ってんの?」

「僕なんて、死にたくても死ねないのに!」

 だんだん、腹が立ってきた。

 なんだ、あのわがままな子は!

 あんな子のために僕の貴重な時間を割くわけにはいかない。

「モモくん、ミノルくん」

 声の方を見ると、タムラとサカモトが手を振っていた。彼らもこちらにやってくる。

「大変なことになりましたね」タムラも屋上を見上げながらそう言った。「消防とかに連絡はしたのでしょうか?」

「えー、タムラもあんな子のことを心配してんの?」

「え? え、ええ、一応は」タムラは意外そうに僕を見て頷いた。

「モモくんは心配じゃないの?」サカモトが尋ねてくる。

「大丈夫だよ。それよりさ、計画についての時間がもったいないよ。新たなメンバーを探しに行こうよ」

「え、この状況でですか?」

「仲間になってくれるかどうかは別として、ほとんどの生徒がここに集まってるよ。こんな状況でスカウトしても無理だと思うよ」

「じゃ、校舎に残ってる子とかは?」

「残ってないと思いますよ。全校生徒のほとんどがこの場に集まってるかと。学校で自殺騒ぎがあれば、どんな人でもここに集まってきますよ」

「つーか、同じ学校の生徒が自殺しようとしてんだぞ? そんな状況下で平然としているやつなんていねーよ。興味関心を持ってねえのはお前ぐらいだろ」

 なんだよ、みんなして。

 死にたいやつは死ねばいいじゃないか。

 むー、そんなことよりも計画の方が大事なのに。

「あの子、通知表の成績が悪かったみたいなんだ。さっき、そこで女子達が話しているのを聞いたんだけど」

「通知表? てことは二年生か?」ミノルはサカモトに聞き返す。

「一年生みたいですよ。なんでもそのせいで特進に行けないみたいで……」代わりにタムラが答えた。

 聞けば聞くほど腹が立ってきた。

 成績が悪いのは自己責任だろう。特進組に進級できないからと言って、志望校に合格できないと決まったわけじゃない。それで死ぬ? なんてめでたいやつなんだ!

「もういい、あの子のことは君達に任せる。僕だけで仲間を探してくるから」

 僕はその場を離れて、校舎の方へ戻った。

 下駄箱を確認して、中に生徒が残っていないかを確認していく。が、ほとんどが空だった。どうやらみんなあの場に集まっているみたいだ。

 体育館なども見て回るが、誰もいなかった。

 やはりみんな自殺する子のことが気になるのだろう。僕もそちらへ戻った。

 校舎の正面にできた人の群れ。その先頭で声を張り上げながら説得を試みている教師。

 その群れから一人がこちらに歩いてくるのが見えた。

 ミーちゃんだった。

「どこ行くの、ミーちゃん」

「まだ仕事残ってんのよね、私」

「あの子のこと、気にならないの?」

 僕が聞くと、ミーちゃんは微笑みながら僕の鼻先をつついた。

「モモたんもわかってんでしょ、あの子が死なないことぐらい」

「うん」

「それなのに、ああやって周りが騒ぎ立てるから、収拾がつかなくなってるのね」振り返りながらミーちゃんはおかしそうに言う。「本当に死ぬ気なら、とっくに死んでるわ。それなのにああしてるってことは、同情を誘ってるのか、何かなんじゃないの? ま、最初は珍しかったから眺めてたけど、首が凝って仕方ないわ」

「揉んであげようか?」

「結構よ」微笑むと、ミーちゃんは校舎に向かって歩きだした。「じゃあね、モモたん。よいお年を、ばいばい」

「うん、ばいばい」

 さて、どうしたものか。

 ミーちゃんの言う通り、あの子は放っておいても死なないだろう。

 かと言って周りの人間としてはそれを見過ごすわけにもいかず、ただそれを心配している自分に酔いながら傍観に徹している。

 どいつもこいつも。

 この様子じゃスカウトは無理だろうな。

 もう、帰ろうかな、と歩き出したときだった。

 運命の出会いが待っていた。


 3


 諦めて歩き出したとき、一人の少年が僕の視界に入ってきた。

 そして、そのまま通り過ぎた。

 屋上の騒ぎには一瞥をしただけ。

 彼は足を止めなかった。

 何かが、走った。

 僕の中で、何かが。

 自殺しようとしている子が目の前にいる。

 それを確認した上で、その少年は歩くコースを変えなかった。

 同じものを感じたのだろうか。

 ただなんでもなく、歩いている。

 それが恐らくは異常。

 自殺をしようとしている子の前を平然と歩く。

 全校生徒が事態に集まっている中。

 そんな異常の中。

 ただ普通に歩いている。

 歩いていること自体は何ら不思議な行動ではない。

 ただ、この状況の中で普通に歩いていることが異常なんだ。

 その少年にとって、周りの人間の死さえもどうでもいいことなんだろう。

 だから、歩く。

 いつも通りに。

 異常だ。

 それは、周りを見てもわかる。

 普通の人間は、凡夫は、自殺の騒ぎにみんなのもとへ集まり、その異常事態を心配しながら、心配しながらも傍観に徹している。

 少女を見上げ、何もしないで。

 ただただ、傍観している。

 それが普通だという世の中に、僕は吐き気を覚える。

 心配をしている?

 嘘だ。

 本当に心配をしているのは一部の教師だろう。

 だけどそれも、自分の立場の心配だ。

 自殺をしようとしている子の心配ではない。

 本当は、誰もあの子の心配などしていないのだ。

 なのに、心配している風を装い、集まって傍観している。

 それが普通?

 それが異常だとなぜ気づかない?

 興味がないのなら、なぜそのままにしない?

 なぜ帰ろうとしないんだ?

 いや違う。

 興味はあるのだ。

 

 吐き気がする。

 望んでるのか、あいつらは。

 人が飛び降りるのを。

 その情景が見たいのか。

 異常だ。

 そんな異常な状況の中、普通に歩いているという異常。

 惹きつけられて、魅せられて。

 あることが僕の中で思い起こされる。

 一人の生徒の噂を。

 同じ学校に、同じ学年に、天才がいるという。

 紛う事無き天才。

 その生徒は全学期全科目満点という偉業を果たしている。

 だけど、それは別に驚くべきことではない。

 そういう生徒は僕の学校にはたくさんではないが、数人いる。

 特進のA組の連中だ。

 だけど、その生徒は違う。

 全科目で満点を取りながら、特進組ではなく一般クラスに属しているのだという。

 誰でも憧れる特進組。

 その特進に入れなくて自殺する子が出てくるほどなのに。

 その生徒だけは、首席ながら一般のクラスに在籍をしている。

 そういう、奇人変人の噂を耳にしたことがあった。

 なぜそれを今思い出すのか。

 たぶん、自分の中で感じているのだ。

 その生徒が、今僕の目の前を歩いている少年のことだと。

 ただ、特進に入れる力を持っているのにもかかわらず特進に行かないということだけでは、それほどまでに不思議ではない。少なくても奇人変人とまでは呼ばれないだろう。

 では、なぜ皆が口を揃えてその生徒のことをそう呼ぶのか。

 何かあるんだ。

 得体の知れない、言葉では言い表せない、そんな何かが。

 そして、僕は今それを感じている。

 目の前の少年に。

 自殺の騒ぎを目の前にしても普通に帰ろうとする少年に。

 必要だ。

 この少年は僕達の計画に必要な男だ。

 間違いない。

 絶対に必要だ。

 その少年は何かが違う。

 僕は走り出していた。

 無我夢中だった。

「ねえ、ちょっと」

 小柄な少年は立ち止まって振り返った。

「何?」

「あ、あのさ、どこ行くの?」

「帰る」

「いや、あのさ、ほら、今、屋上で自殺をしようとしている子がいるんだけどさ、君は気にならないの?」

 すると少年は一瞬だけ屋上の方に視線を飛ばしたが、すぐに僕に戻して、首を振った。

「別に」

「そう」

 僕と同じ感覚だ。

 だけど、雰囲気が違う。

 なんだろう、この子。

「ぼ、僕も同じなんだ。あの子が死のうと僕には関係ないから」

「そう」

 少年はただ面倒そうに頷いた。僕にあまり興味がないのだろう。早く帰りたいというオーラが辺りに染み出ている。

「どうして、君はあの子が自殺しようとしているのにもかかわらず、あそこを素通りできたの? どうして何もなかったように帰ろうとするの?」

 これは僕というより、ミノル達の質問だ。

 僕とミーちゃんの答えは、あの子は自殺をしないから。

 この少年はどんな答えを出すんだろう。

「なぜ何もなかったかのように帰ろうとするのか?」

「うん、そう」

「なかったようにじゃない、現に何もないから帰るんだ」

 少年の言葉が僕に響いた。

 目の前で自殺をしようとしている子がいる。

 それが、何もないこと……?

 ただただその衝撃は僕をつき抜けた。

「な、何もないって……、どういうこと?」

「そのままだ。あの子がどこで何をしようと、それはあの子の勝手だ。それは僕にとって、あの子が自殺をするのかどうかは、何もないことと同じこと。君も同じことを言ったはずだが?」

「あ、うん」

「それじゃ」

「あ、待って」

「何?」

「君は、あの子についてどう思う? 自殺をする子を目の前にしてどう思う?」

「何も思わない。強いて言うなら、自殺という選択肢がまず間違っているが、それを正すことに意味はない」

「え?」

 あまりにも意外な答えだったので聞き返してしまった。

 自殺という選択肢が間違っている?

「逆に尋ねるが、なぜ自殺をすると思う?」

 聞かれてしまった。

 逡巡したが、答えることにする。

「嫌なことから逃げるためじゃない?」

「まあ、そうだろう。それが正常だと思う」

「どういうこと?」

「嫌なことから逃げるために自殺をするのなら、自殺をしたいと望む人間はこの世には存在しない」

 なるほど。

 それは一理ある。

 自殺したい人がこの世には溢れているけど、そもそもの原因は苦痛から逃れるための、言わば自殺は逃避行動だ。

 借金を苦に、イジメを苦に、生きる希望を失ったから……。

 様々な理由があるけれど、本当に自殺をしたいわけじゃない。できることならば生きたいはずだ。みんな、誰でも生きたいはずだ。

 楽しいことだけをして生きていけるのならば、誰だってそれを望むだろう。それができないから、世の中にはいろんな苦行が溢れているから、それから逃れるために、逃れる手段の一つとして、自殺を選ぶ。

 だけど普通に考えるなら死を望む前に望むものがあるはずだ。

「例えば、自殺以外の方法でも嫌なことから逃れる方法はいくらでもある」

「え、何?」

「逆に考えればいい。自分を殺すのではなく、他人を殺せば同じことだ。世界中の人間を殺せば、それは自殺することとあまり大差はない。苦から逃れることができる」

「でも、世界中の人間を殺すのは大変だよ」

「そう、だから人は簡単な方法を取らざるを得ない。あの子が自殺を選んだのはそれが最も簡単な解決法だからだ。彼女が決めた道を、他人がとやかく言う必要も権利もない」

 …………。

 自殺をして片付けるか。

 全世界の人間を殺して終わらせるか。

 逆転の発想。

 なるほど、そういう考え方もあるか。

 逆から……。

 そうか、発想を柔らかくすればいいのか。

 ……ん、あれ。

 ちょっと待てよ。

 じゃあ、計画の際に……。

 そうか、そういうアプローチの仕方もある。

 …………。

 全身の肌が粟だった。

 一瞬にして体全身が燃え尽きてしまうかのような、そんな錯覚。

 見えた。

 これだ!

 これしかない!

 完璧で揺るがない計画。

 それが今、完成された。

 絶対に出し抜ける。

 これだ。

 この計画だ。

 あとは優秀な人材。

 だけど、それも解決だ。

 僕は目の前の少年に微笑む。

 小柄な少年は不思議そうに首を傾げた。

 僕は右手を差し出した。

 少年は僕の手を見つめ、やがて首を傾げて眉を顰めた。

「握手しよう」

「は?」

「いいから、何も聞かずに握手してよ。君に感動したんだ」

「…………」

 怪訝な表情で疑いつつも、その少年は僕の右手を軽く握った。

 繋がれた手を見て、僕は笑う。

「決まりだ」

「え?」

「ふははは」

「え?」


 4


 僕はその足で校舎に戻った。

 職員室で目的の人物を探す。

 その人物はカップを両手に持ってコーヒーを飲んでいた。

「ミーちゃん」

「ん? なぁに、モモたん。さっき、ばいばいしたばかりじゃないの。どしたの?」

「ミーちゃん、お金欲しい?」

「うん」

「今度銀行強盗するんだけど、一緒にどう?」

「する」


 5


 冬休みに入ったある日。

 僕は仲間に招集をかけ、図書室に揃ってもらった。

 ミノル。

 タムラ。

 サカモト。

 ナガタ。

 ミーちゃん。

 いい顔ぶれだ。

「……本当かよ」ミノルは集まった面々を改めて見渡して、顔を引きつらせた。「こんなに馬鹿がいんのかよ」

「君もその一人だ」僕は笑う。

「しかも教師って」

「何よう、悪い?」ミーちゃんは笑顔でミノルを睨みつける。

 ミノルは言葉を詰まらせ、周りを見渡した。

「まったく、信じらんねえ。つくづく、不思議な野郎だな、お前はよ」観念したように、ミノルは大きく笑顔を見せた。「で、集めたってことは、いよいよ犯行計画は描けたってことかよ?」

「もちろん」

 ナガタとの会話がヒントになった。

 自ら死を選ぶのか、自分以外の人間を殺すのか。どちらも最終的にもたらされる結果としては非常に酷似したものがある。ただ、決定的な違いがある。

 達成するまでの速度と難易度。

 もちろん、言うまでもなく、この場合は自殺する方が圧倒的に簡単だし、素早く達することができる。そう、だからこそ、自分以外の人間を皆殺しにするなんて発想は凡人からでは微塵も出てこない。もう、これは天性の感覚としか言えない。

 僕は神様に感謝する。

 ナガタという天才と同じ時代に生まれてきたことを。

 ナガタという天才と同じ学校で出会うことができたことを。

 そして何よりも、僕に、ナガタという天才を理解することが出来る才能を与えてくれたことを。

 おかげで計画は完成することができた。

「計画は三段階に分けて行なう」

「三段階?」タムラが首を捻った。

「そう。まず一段階目は、下準備ってとこ。まあ、これがだめだと話にならないけどね。二段階目で銀行を襲撃し、金を奪う。そして三段階目で逃げる」

「おい、それのどこが三段階なんだよ。段階に分ける必要がねえじゃねえか」

 やはり噛み付いたのはミノルだった。

 昔からの親友とはいえ、邪魔な合いの手だ。もう少しくらい利口ならばかわいいのに。

「まあまあ、落ち着いて聞いてよ。とりあえず、僕は完璧な計画を立てた。本当に、完璧なものだ」

「どこから出てくんだよ、その自信は」

「徹頭徹尾、完璧だ。絶対的に完璧なものだ」

「夢でも見てんじゃねえだろな」

「さて、ノーリスク・ノーリターン、ローリスク・ローリターン、そしてハイリスク・ハイリターン。いろいろあるけど、僕の計画は三つの顔がある。一つはノーリスク・ハイリターンで、もう一つはハイリスク・ノーリターン、そしてハイリスク・ハイリターンだ」

「……は?」

 ナガタ以外の全員がぽかんと口を開けて僕を見る。

「なるほど、おもしろい着眼点だ」ナガタだけが笑う。

「ちょ、どういうこと? わかるように説明なさい、モモたん」

 僕は微笑む。

 そして、僕は計画の全容を話した。

 みんな大人しく聞いていてくれた。

 だけど、説明し終えても、しばらく沈黙が続いた。

「おま、そんな……」

「無理とは言わせない」僕はミノルを睨む。「君達には僕のわがままな計画に無理矢理付き合ってもらっている格好だ。なら、計画の発案者として、君達を警察に捕まらせるわけにはいかない。絶対に。そして、警察を出し抜くにはこの方法が一番だ。これ以上はない」

「…………」

「もちろん、この計画に不服がある人はやめてもらって構わない。それはその人の自由だ。人にはそれぞれ人生があるからね」

 全員がお互いの顔を窺い見る。

 どうしようか、悩んでいる様子だ。

 ナガタとタムラ以外は決めかねている様子。

 タムラは呆れたようにため息をつくと、両手を広げた。

「あなたは非常に頭が切れる人です。その上、口も上手い。まったく、ここにいる誰があなたに敵うと言うんですか?」

 僕は笑う。

「さすがだね、タムラ。ま、君のその知識に惚れてスカウトしたんだけどね」

「犯行計画を企てた時点で、それは罪になります。この場合、それに協力をした僕達も……。つまり、僕達には選択肢など最初からありません」

「人聞き悪いな、タムラは。選択肢ならちゃんとあるよ。二年以下の懲役を受けるか、計画を続行するか、ね」

 堪らなくなって、僕は吹き出して笑う。

 たぶん、最高に愉快だ。

「さてと、僕は君達を信じている。ミノルも、タムラも、サカモトも、ナガタも、ミーちゃんも。銀行強盗に協力するということは、通常では考えられない暴挙だ。だからこそ、一度協力すると言った君達の意志は相当のものだと僕は判断している。みんなで成功させようよ。日本史に残る、そんな素敵な一日にしよう」

 僕はみんなの前に手を差し出した。

「ま、完璧だと思う計画なら最後まで付き合う約束だったしな。いいんじゃないの? 楽しそうだしよ」

 まずミノルが僕の手に重ねて置いた。

「飽きていた日常に変化をもたらしてくれたのは他でもないモモくん達です。僕も、最後までお付き合いします」

 タムラもミノルの手の上に重ねる。

「こうしてみんなで何か目的を持ってやるって初めてだから、その楽しさを教えてくれたお礼に」

 サカモトも右手を差し出す。

「断る理由はないな」

 ナガタも微笑みながら手を重ねた。

「公務員、お給料安いからねぇー」

 最後に飛びっきりの笑顔でミーちゃんはみんなの重ねた手の山に両手を覆い被せるように置いた。

 最高に嬉しい。

 最高に幸せだ。

 だからこそ、絶対に成功をさせなくてはならない。

 僕は今一度、自分の胸の中で強い決心を抱いた。

「よし、それじゃあ、銀行襲撃は年の瀬で忙しく浮かれている連中も多いクリスマス、十二月二十五日に決行だ!」

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