第5話

それからもたびたび、私は母が仕事に行っている時間帯に林田さんの部屋を訪れた。ダブりが出たとき、普通の人形は林田さんへ預けている私専用の箱に入れておいてもらうようにし、「レアもの」はすぐに持ち帰る、と林田さんと話をつけていた。「レアもの」に関してはできるかぎり手元に置いて、好きなときに眺められるようにしたかった。一番の目的は例のロングホーンCタイプで、自分で引き当てるのが一番なのだが、相変わらず私が引くのは下っ端怪人ばかりだった。とはいえ、さすがの林田さんも「レアもの」をそうそう毎回引き当てることはできず、遊びに行っても目当てのものはなく、空振りに終わることが多かった。そんなときは、彼が録画していた『ロングホーン』のビデオを観ることにしていた。放映開始後最初の数話を見逃していた私には、ちょうどよかった。林田さんも隣りに座って、もう何度も観ているだろうに、ロングホーンがピンチになると私といっしょになってそわそわし、最後の必殺技で怪人が倒されると私以上の歓声をあげた。ビデオを観終わった後には、ロングホーン人形とその話に出てきた怪人の人形を2人で持って、内容を再現しながらパンチやキックを模してぶつけ合う遊びをした。ロングホーン役は譲ってくれるものの、林田さんはこの遊びを真剣に楽しんでいて、私がストーリーの流れを無視した動きで怪人に攻撃を加えると、「違ウ、そこはやられるトコロ」と注意するのだった。


林田さんは日雇いの仕事をしていた。日中は家にいないこともあったが、そのうち彼は外出の日を事前に伝えるようにしてくれて、彼が部屋にいるときは遊びに行くことが常になっていった。


ちなみにレプティリアンの労働環境について言うと、それはあまり芳しくない。今でも改善されているとは言えないが、当時はもっとずっと就職の機会が少なかった。知的労働という点では、レプティリアンは決して霊長人に劣ってはいない。むしろ知能指数の平均値だけを言えば、霊長人よりも上だという研究もある(それを決して認めない霊長人も少なくない)。だが、前述の通り徹底した個人主義のため、会社のように「和」を重視する組織になじむのは難しかったし、身体上の特徴、特に3本指に最適化された文房具などがないことも実務に影響を与えていた。何より、過去に築き上げられてきた偏見があるので、よっぽど進歩的な考えの企業でなければ、わざわざレプティリアンを雇うようなことはしなかった。だから林田さんに限らず、ほとんどのレプティリアンは経済的に困窮していた。この時から1年後には霊長人用の生活保護をレプティリアンも受けられるようになったが、その措置に対して行き過ぎた優遇だ、逆差別だ、と批判する霊長人は少なくなかった。


本格的な冬にさしかかったある日、いつものように林田さんの部屋を訪ねると、ロングホーンのCタイプはやはりダブっていなかったのだが、「レアもの」のひとつである「オニニンジャダコ」(第18話「プロフェッサー・ドクロ、最期の計画」に登場)のダブりが出たというので、とりあえずそれをもらうことにし、その後はいつものようにビデオを観て人形遊びをした。


いつものようにストーリーの再現にうるさい林田さんを鬱陶しく感じ始めていた私は、何度目かの注意を受けたときに「もういいよ」と人形を放り出し、へそを曲げて畳の上に寝転がった。林田さんは半開きにした口の下に3本指をあてて目をきょろきょろさせると、とりあえず人形を拾い上げて「あ、ウ」と声を漏らした。その狼狽ぶりは横目で見ていて吹き出しそうになったが、なんとか堪えて怒っているふりを続けた。しばらく困っていた林田さんはやがてあっと何か思い出したような表情をして、いつもの通り、押し入れに頭を突っ込んだ。今度は何が出てくるんだろうと内心ワクワクしながらこっそり見ていると、林田さんは一辺が30センチくらいの正方形の物体を取り出した。

「じゃ、じゃあネ、別の遊びをしよウ」

彼はそう言って部屋の中央に正方形の物体を置いた。気になったので私は怒るふりをやめ、畳の上に座り直してそれを眺めた。

「リング?」

「そウ。プロレスリング。僕が作ったんダ。切った後の木片ヲ、大工さんに、もらっテ」

説明しながら林田さんはリングの上にロングホーンと怪人の人形を2体、向かい合うように配置し、それから、側面のボタンを押して芯をしまうタイプのサイドノック式ボールペンをポケットから取り出した。

「どうするの、それ」

思わぬリングの登場に私は少し興奮気味に尋ねた。

「まア、見ていテ」

林田さんはボールペンのボタンを押してペン先が出た状態にし、さらにそのボタン部分をロングホーン人形の腰のあたりに当てた。角度を微調整して狙いを定め、3本指のうちの1本で器用にペンの側面ボタンを押すと、人形にあてているボタンが元に戻り、その力で人形が前方へ弾かれて、足がちょうど怪人の胸に当たった。

「『ロングホーンキック』だ」

私は興奮のあまり声を上げた。『ロングホーンキック』とは、ロングホーンが怪人を倒すときに使う最大の必殺技で、ほとんどの怪人はこの技で倒される。手で持ってぶつけるのではなく、人形が意思を持ち自律的に動いてキックを繰り出すように見える姿に、私は感激した。林田さんは下弦の月を描くように口を曲げ、得意そうににんまりと笑った。

「こんなことも、できるンダ」

怪人をリングの上で仰向けに倒れたままにすると、彼はロングホーンだけをコーナーポストに立つように配置して、その斜め後ろあたりに上へ向けたボールペンのボタンを当てて弾いた。ロングホーンは空中で反回転し、怪人に背面からのフライングボディプレスを決めた。

「かっこいい!やらせて!」

ボールペンを受け取った私は、ロングホーンと怪人の人形をリングの真ん中に配置し直し、林田さんがやったようにボールペンの先でロングホーンの背中を弾いた。しかし人形はうまく飛ばず、その場で前に倒れてしまって、まるで怪人の前にひれ伏したようになってしまった。

「うまくできないよ」

「ふふフ。けっこうコツがいるんダ」

林田さんは人形を戻し、もう1度ロングホーンの腰より少し上の辺りを突いてみせた。右手を振り上げているポーズのロングホーンがまっすぐに飛び、拳が怪人の顔に命中した。『ロングホーンロケットパンチ』だ。


それ以来、私はボールペンでの人形の弾き方を毎日林田さんにレクチャーしてもらうようになった。何度やってもなかなかうまくできず、夢中になりすぎて母がもうすぐ帰ってくる時間まで練習してしまい、林田さんに注意されることもあった。宿題でボールペンがいると嘘をついてサイドノック式ボールペンを母に借り、家でも熱心に練習した。


練習の甲斐あり、私も「ロングホーンキック」を繰り出す弾き方がわかるようになった。でも、どれほどやっても林田さんほどうまくやることはできなかった。彼がボールペンで弾くと、ペンを伝って林田さんの魂が人形に乗り移るかのように、本当に意思を持った生き物みたいに動くのだ。

ある程度私が人形の突き方を覚えると、林田さんは押し入から丸まった薄ピンク色の模造紙を出し、畳の上に広げた。模造紙のてっぺんには「第三回林杯」という大きな文字が掲げられ、その下にツリー構造の枝分かれした線が引かれていた。トーナメント表だった。

「ガシャポントーナメントバトルだヨ」

林田さんの説明によると、ロングホーンと怪人達をプロレス選手に見立てて試合をさせ、一番強い人形を決めるという遊びとのことだった。勝敗は、ボールペンの弾き方によって相手をうまく倒せるかどうかで決まる。一試合に勝つと5ポイントがその人形に入り、技が綺麗に決まると芸術点が追加される仕組みになっていた。番組本編での強さは関係なく、人形の安定性によって勝負が左右されるため、ポージングバリエーションの多い主人公ロングホーンはもちろん、複数のタイプがあるやられ役の戦闘員も意外と強いのだと、林田さんは説明を続けた。

「ねえ、これは」

模造紙に書かれたトーナメント表を眺めていた私は、一番上の王冠をかたどった枠の中に「トカゲロン」という名前が入っていることに気づいた。

「なんで一番上がトカゲロンなの」

「チャンピオンだもン。トカゲロンを倒せる人形がないんダ」

「トカゲロンが強いの」

私は口をとがらせた。

「うん」

林田さんは半斗缶の中から、怪人というよりは怪獣に近い、トカゲをモチーフとした怪人の人形を取り出した。

「ほら足が太いでショ。だから全然倒されなイ」

林田さんはロングホーンを突いてトカゲロンへの攻撃を実演した。トカゲロンのデザインは冒険小説の挿絵にあった醜悪なワニのような見た目に近かった。口を大きく開いてはいるものの比較的頭は小さく、下半身が上半身に比べて2倍ほど大きい。その太い両足と大きな尾の3点が全身をしっかり支えているために安定感抜群で、キックを繰り出したロングホーン人形はいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。トカゲロンの前でころんと転がるロングホーンの姿はあまり見たくなかった。

「重いぶん動かしづらいから芸術点はほとんど出せなイ。それでもやっぱり倒されないから強いネ」

押し入れからさらに2枚の丸まった模造紙をひっぱり出した林田さんはそれらも畳の上に広げた。それぞれ「第一回林杯」「第二回林杯」と書かれており、どちらのトーナメント表の頂点にもトカゲロンが君臨していた。気に食わなかった。トカゲロンは、第13話『トカゲロンと怪人大軍団』に登場した怪人で、それまでにロングホーンに倒された怪人たちを復活させて軍団を作り、その軍団を率いてロングホーンを苦しめた。尊大な性格で、過去に1度倒された怪人たちを雑魚呼ばわりし、そのくせ自分がやられそうになると平気で他の怪人に助けを求めるという狡猾で非情、かつ情けない悪役なので、正直好きではなかった。

「ひいきしているんじゃないの」

試しにロングホーンとシャドーホーンでトカゲロンを倒してやろうと試みつつ、何度やってもヒーローとそのライバルが弾かれるのを見た後、私は林田さんに問いかけた。林田さんは黒目をきゅうっと小さくしながら表情は変えることなく、少し首を傾げてきょとんとした。

「林田さんはトカゲじゃん。トカゲロンが好きなんでしょ。改造か何かして強くしたんじゃないの」

それを聞き、林田さんは「へ」の字型の口を少し開いて2、3度首を上下に動かしうなずく仕草をした。そして例の雑魚怪人ばかりが入っている半斗缶の中を探り、全身が黄色い毛に覆われた猿の怪人「エコノミックモンキー」(第26話『高利貸し怪人、学校を乗っ取る』に登場)を出した。

「この怪人、好キ?」

林田さんは、目を見開き、歯を剥き出しにした不細工な猿怪人の人形を私の目の前に差し出した。

「好きなわけないじゃん。そいつすごく卑怯だもん。弱っちいしさ」

この回は、ロングホーンと懇意になった少年の通う小学校の教頭に化けたエコノミックモンキーが、悪徳金融業者と組んで校長に借金をさせることで経済的に追い詰め、無理やり退任させた後に学校を乗っ取って子どもたちに悪の教育を施そうとするという話だった(今にして思えば非常に回りくどい作戦だ)。エコノミックモンキーは知力が高い分体力がないという設定で、企みがバレた後はロングホーンにほとんど抵抗する間もなくあっさり倒されてしまった。当時のスタッフが何を思ってこのような話を作ったか不明だが、戦闘シーンが少なくほとんど大人同士の駆け引きで進むストーリーは、当然子ども達に不評だった。一方で、金融の初歩的な知識と借金のおそろしさが簡潔に説明されているということで、高く評価している大人のファンが実は多い。

「でも、猿の怪人。君たちと同じ猿だヨ」

私は歯を剥き出し、エコノミックモンキーと同じような顔で露骨に嫌悪を示した。

「僕は猿じゃない。全然似てないじゃん」

「ソウ。それと同ジ。僕も、トカゲじゃナイ。だからトカゲロンは、別に好きじゃナイ。似てないでショ」

なんだか嬉しそうに笑っている林田さんの表情が妙に鼻についた。

「あっそ」

私は手に持っていたトカゲロンを放り投げた。畳の上に仰向けに転がったトカゲロンの顔をあらためて見つめると、大きく開いた口の中は真っ青で、毒が仕込まれているという設定の鋭い牙がたくさん生えていた。のっぺりとした球体から目玉が飛び出ている林田さんの顔面とは、確かにまったく異なるものだ。しかしそんなことよりも、レプティリアンに猿呼ばわりされたことで、なんだか妙に自尊心を傷つけられた気がした。


トーナメント戦はサイコロを振って対戦相手を決める。その日は14組で行われた1回戦のうち、半分を終えたところで時間が来てしまった。どの人形が強いのか熟知している林田さんは、対戦の組み合わせのうちできるだけ強い方を私に使わせてくれたが、それでも彼のテクニックには敵わず、私が勝てたのは1回だけだった。散々負けた仇と侮辱の借りを返したいと思った私は、翌日に2回戦をやりたいと訴えたが、林田さんは次の日から2週間泊まり込みの仕事で家を空けるので遊べない、と言った。おさまらない私はしばらく抗議したが、林田さんはどうしても無理だと言い、押し問答をしているうちに本当に母親が帰ってくる時間になったので、仕方なく続きは2週間後ということに同意した。


それから私は2回戦に向けて特訓を開始した。部屋でひたすら人形をペンで突くという遊びを母は不思議がったが、友達の間で流行っているとごまかした。『ロングホーン』が子どもたちの間で人気なのは母もわかっていたからそれ以上は追求されなかった。とはいえ、小遣いが少ないはずの私があまりたくさんの人形を持っているのがわかると怪しまれるので、母がいる時はもともと持っていた数少ない人形を使い、形状や重さによってどの部分を突くとよいのか、繰り返し繰り返し研究した。

だいぶ自信がついてきて、待ちに待った2週間後がやってきた日、学校から帰った私は自分の部屋にランドセルを放り投げると、林田さんの部屋へ直行した。昼には部屋にいると言っていたのに、何度ノックをしてもなんの反応もなかった。ドアノブを回してみるとやっぱり鍵はかかっていなかった。いくら盗られるものがないからと言って2週間も空けていたのだからあまりに不用心なと思いつつ、多少の罪悪感は抱きながら、そのまま部屋へ上がり込んだ。なにしろ時間は限られている。先にリングを準備し、林田さんが部屋に戻ったらすぐに対戦を開始できるようにしておいた方がいい。


押し入れを開けると、リングと人形の入った半斗缶と模造紙はすぐ手前に置いてあり、私はそれらを部屋の真ん中に設置してトーナメント表のとおりに人形を対峙させた。片方の人形はハマグリザムライだったが、頭が完全に蛤なうえに裃を着ているその人形は、重心が明らかに上側へ偏ってバランスが悪いため、テレビでの活躍とは違い、このプロレスでは少しも力を発揮できなかった。なので私はその相手の戦闘員タイプBを使ってシミュレーションを行った。黒装束に身を包んだ無個性な人形だが、大きく足を開いたポーズのために安定性があり、槍を武器に持っているのでリーチも長い。ひとりで何度もやってみたところ、槍の先がうまく相手を突き倒してくれた。この組み合わせなら勝てると、私は確信した。


シミュレーションが終わってしばらく経っても林田さんが帰ってこないので、私は勝手にビデオをセットして『ロングホーン』の最新話をひとつ観た。観終ったあとも、林田さんは姿を現さなかった。母親が帰ってくる時間が近づくじゃないかとイラつきながらとりあえずビデオをケースに戻してデッキの上に置くと、デッキの横にうす汚れた布バッグが置いてあることに気づいた。ビデオを取り出したときも視界に入っていたはずだが、その時は意識をしていなかった。それは林田さんが仕事へ行くときに持っていくバッグだった。何年使っているのか分からないが、灰色に汚れて、ところどころほつれた糸が飛び出していた。バッグが部屋の中にあるということは、林田さんは1度帰ってきたということだ。帰ってきてから何かの用事で出かけたのだろうか。約束を忘れられたような気がして、腹の中にますますイライラが溜まっていくのを感じた。


テレビの前から離れると、私は押し入れを開いた。もっと大事なものが入っているんじゃないだろうか。私は溜まったイライラを発散するために何かしら彼の「秘密」を暴いてやりたい気分になって、押し入れに深々と頭を突っ込み、中を物色した。とりあえず手前にあった「レアもの」の箱を開けてみたが、特に新しいものは入っていなかったので、それは脇に避け、もっと奥の方を探った。何もなかった。

探索を諦めて押し入れから出るとき、上半身をあげるのが早すぎて上段と下段を仕切る中板に頭をぶつけてしまった。「痛あ」と後頭部に手を当てて立ち上がると、上段の方に「レアもの」入れと同じ白い箱が置いてあるのが目にとまった。いつも林田さんが何かを取り出すのは下段からだったので、上段にはまったく目を向けていなかった。「レアもの」と同じ箱に入っているということは何か大事なものが入っているに違いないと考え、私はその箱を手に取り、揺さぶってみた。少なくとも空ではないようで、何かが入っている重量を感じた。そのときはあまり意識していなかったが、今思い返してみれば、その箱の蓋には小さな穴がたくさん空いていた。


蓋を開けてみた。最初はピンクの混じった薄茶色の太いゴムみたいなものがぎっしり詰まっているように見えた。なんだろうと手を伸ばし、そのうちの1本をつまもうとして、私は瞬時に手を引いた。ゴム達はうねうねとうごめいていた。ミミズだった。黒目がぐるぐると左右の目の中を横に転がるような感じがして、焦点が激しくぶれた。ミミズとか毛虫とか、私はそういうにょろにょろした生き物が大の苦手だった。以前、ヨシヒコとケンジと3人で学校の裏の畑で遊んでいたとき、土の中からミミズを引っ張り出したヨシヒコは何も言わずに私の顔めがけて放り投げた。私はきゃと女の子のような声を上げて避け、とっさの動きでおかしな体勢のまま横に倒れ足首をひねった。2人は私を指さして大笑いし、私は顔を真っ赤にしながらも痛みを我慢して立ち上がると、へへへと笑ってごまかした。


「ひ」

思わず放り投げてしまった箱は畳の上に落ち、ばらっとミミズたちは小さな山状に重なり合った。しばらくその場に立ち尽くしていると、山から抜け出した数匹のミミズが、畳を這って私の方へ近づいてきた。

「ひ、ひい」

私はすぐに林田さんの部屋を出て隣りの我が家へ逃げ込み、ドアをしっかり閉めたうえで、ドアの下に空いていた1センチほどの隙間に新聞紙を詰めた。それでもどこかからミミズが侵入してくるのではないかと不安で、玄関から一番遠い窓の近くで膝を抱えながら、ドアの方を凝視していた。


いつだったか母が、レプティリアンはミミズを主食にしていると言っていたのを思い出した。頭の中で、林田さんがあのミミズたちをうどんのようにすすり喰うイメージが湧き上がった。やっぱり母の言うことは本当だったのだ。レプティリアンと霊長人は全然別の生き物だ。おそらく寄生虫のことも本当だ。胸のあたりが焼けるように熱くなり、私は昼に食べた給食をすべて、畳の上に吐いた。そして自分の体が全身から血を吹き出す姿を想像し、畳の上に突っ伏して泣き叫んだ。


実際には、レプティリアンの食事は霊長人と基本的に変わらない。だが彼ら専用の食用ワームというものも確かに流通している。今でこそ比較的安価だが、大学の「爬虫類人福祉概論」によると、あの時代にはもっと高価だったので、もっぱら裕福なレプティリアンの嗜好品だったということだ。授業の後で、講師にレプティリアンが野生のミミズを食べるかという質問をしてみたところ、ないことはないだろうがよほど貧しくなければやらないだろうという答えだった。ただでさえ低収入なのに稼いだ金のほとんどを「ロングホーン」につぎ込んでいた林田さんだ。あのミミズはやはり食用だったと考えて間違いないだろう。


少ししてから帰宅した母は、吐瀉物の横でうずくまっている私にびっくりして駆け寄り、何があったのか説明を求めた。そんな状態でも私は、林田さんと何度も遊んでいたことを咎められるのを恐れ、廊下でレプティリアンとすれ違ってしまったので寄生虫が伝染ったかもしれないと嘘をついた。母は大丈夫、大丈夫と、私の背中をさすりながら励まし続けた。


(続)

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