突然の告白に驚きを隠せませんでした。

 気持ちを落ち着かせるため、缶を開けてジュースを喉に流し込みます。

 彼女は、机に置かれた缶を見るだけで手に取ろうともしません。

「半年前、先輩がいなくなった日のことを覚えていますか?」

「いや、思い出せない」

「先輩が最後にいたのはあの教室です。いつものように私と話をしていました。覚えていませんか?」

「……思い出せない」

「その日、私は用事があったので先に帰りました。その後、先輩も帰ったと思っていたのですが……。翌日、ご家族から帰ってこないと学校に連絡があったんです。警察にも捜索願が出されていると思います」

 先輩は顔を俯かせ、怯えるように体を震わせます。

「大丈夫ですよ。きっと記憶は戻りますよ」

 気休めの言葉をかけても体の震えは止まりません。

 こんなにも弱っている彼女の姿を見るのは初めてです。

 私達のすぐそばを数人の生徒が通り過ぎていきました。彼らは立ち止まり、こちらを見ながら何やら囁き合っています。失踪した女子生徒が戻ってきたと気づいたのかもしれません。

 遠巻きに見ている彼らを睨みつけ、先輩を案じて私は声をかけます。

「せっかく買ったんだから飲んでくださいよ」

 彼女は顔を上げてテーブルの上の缶ジュースに手を伸ばします。しかし、掴み損ねました。

 あれ、と思いましたが、気のせいかもしれないと黙っておきます。

「一つだけ分かったことがあるよ」

 反対に、先輩が口を開きました。

「何ですか?」

「どうやら私は……すでに死んでいるようだ」

「何を言っているんですか。先輩は死んでなんかいませんよ」

 私はすぐに否定します。先輩は目の前に存在し、この手で触れることができるのですから。死んでいるわけがありません。

「なぜ私がここに移動したか、分かるかい?」

「窓の外を見たかったからじゃないですか?」

「違うよ。私が見ていたのは窓の外じゃない。窓に写る私自身だ。まあ、私の姿はどこにも写っていないけどね」

 そう言って窓を指差しました。夕日が眩しくて思わず目を細めてしまいます。それでも目を凝らして見つめると、窓ガラスに写っているのは私一人だけでした。先輩の姿は、どこにもありません。

「そんな、どうして……。先輩は目の前にいるじゃないですか。それに、さっき横を通り過ぎた人達も見ていましたよ」

「彼らは誰もいない席に向かって話す君を見ていたんだ。不思議に、いや不気味に思っていたことだろうね」

「そんな……」

 驚き慌てる私に見せるように、先輩は机の上の缶ジュースにもう一度手を伸ばします。しかしその手が缶を掴むことはありませんでした。先ほど手が缶をすり抜けたように見えたのは、気のせいではなかったようです。

「さあ。教室に戻ろう」

 先輩はくるりと体を反転させ、椅子や机をすり抜けて歩いてきます。その異様な光景を認識できているのは、おそらく私だけでしょう。

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