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「死んだ人間が目の前に現れたとき、まず疑うべきは自分の頭だと思いませんか?」
「おいおい。人を勝手に殺さないでくれないか?」
先輩は、笑みを浮かべて私の肩をぱんぱんと叩いてきます。
そうして実体があることを確認させてくれました。
「先輩が悪いんですよ。何も言わずに半年もいなくなるんですから」
「たかが半年くらいで心配しすぎだ」
「今までどこにいたんですか」
「基本的にはラブホテルだ」
「……どうやって生活していたんですか」
「この国の男は、女子高生に優しいからな」
飄々とした性格、話の途中に下ネタを放り込む悪癖、間違いなく先輩です。
その性格は、死んでも直らないようです。
「そんな怖い顔をしないでくれ。冗談に決まっているだろう」
彼女は楽しそうに笑っています。半年ぶりに見たその笑顔は、私の抱えた不安や悲しみを打ち消してくれるほどに輝いていました。
先輩はひとしきり笑うと、喉が渇いたと飲み物を要求してきました。この教室には先輩が無断で持ち込んだ冷蔵庫があり、いつも飲み物やお菓子が常備されていました。
「すみません。今は何も入っていません」
「それは残念だ。それなら学食に行こう」
少しも残念そうな表情をしていません。それどころか、とても嬉しそうな笑みを浮かべています。
「はぁ。どうせまた私のおごりなんでしょう」
ため息まじりに返事をすると、教室の戸を開けて先輩を先に通します。
それを見た彼女は、紳士的だ、と嫌味を言ってきました。
食堂には生徒が数人いるだけでした。
私は空いている椅子を引いて先輩に座るよう促します。
「君は高級レストランの給仕かホテルマンにでもなるつもりか?」
彼女は、引かれた椅子を見るだけで座ろうとしません。
「こんなことするのは先輩だけですよ。私にとってあなたは、特別で大切な人ですから」
「ふふふ。君は実に紳士的だな」
また笑顔で嫌味を言われました。これ以上の嫌味を聞きたくない私は、飲み物を買ってくることを口実にその場を離れます。
自動販売機に並ぶ缶ジュースを見ていると、何が良いかと悩んでしまいます。季節は秋になり、そろそろ温かい飲み物が欲しいところです。しかし、まだ冷たいものしかありません。私は我慢して冷えた缶を二つ抱えて席に戻ります。
いつの間にか先輩は、窓際に移動していました。立ったまま窓の外を見つめ、物憂げな表情をしていました。私は缶ジュースをテーブルの上に置き、彼女の隣に並んで立ちます。しばらく横顔を眺めていましたが、重い空気に耐えかねて声をかけます。
「先輩。どうぞ」
買ってきた缶ジュースを先輩の方へ差し出します。
「ああ、ありがとう」
返事はしてくれましたが、受け取ってくれません。仕方なく机の上に置きました。
先輩はこちらを見ようともせず、ずっと窓の外を見つめています。
失踪していた半年の間、やはり何かあったに違いありません。
「何があったのか話してください」
そこでようやく窓から目を離してくれました。
そしてゆっくりと重い口を開きました。
「……ないんだ」
「え?」
「私には、ここ半年の間の記憶がないんだ」
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