第8話

 私が風音と出会ってから、まだ数ヶ月しか経ってない。でも風音が理由も言わず、急に約束をすっぽかすような子じゃないことはわかっている。

 じゃあなんで急に?体調を崩したのならそう言うだろうし、何か私が風音の機嫌を損ねるようなことをしただろうか。一昨日の夜に電話した時は普通だった……と思う。楽しみにしてると言ってくれたし、多分私が原因じゃない。なら、昨日何かあったのかもしれない。このまま考えててもらちがあかないし、とにかく一度風音に聞いてみよう。どうしようもない理由なら、気にしないで良いよって言ってあげたいし、そうでないなら説得したい。

 私はスマホを取り出し、風音に電話をかけた。



 プルルルル


 プルルルル


 プルルルル


 ピッ


 3回ほどの呼び出し音の後に、電話が繋がる。

「もしもし、風音?」

「遊里ちゃん……ごめんね、今日行かなくて」

 電話に出た風音はどこか元気が無さそうな、沈んだ声だった。

「どうしたの?体調崩しちゃった?」

「そうじゃないんだけど……ごめんね」

 病気とかじゃなくて、それは良かった。じゃあどういう理由なんだろう。風音は少し言いにくそうにしてるみたいだけど、私は気にせず聞いてしまおう。あえて空気を読まないのも時には必要なはず!

「何かあったのなら言ってほしいな。私何か風音に嫌なことしたかな?」

「そんなことないです!遊里ちゃんが嫌なんじゃなくて!むしろ大好きですから!」

 焦りすぎめ敬語に戻ってるよ風音さん。ちょっと意地悪な聞き方をしてしまったけど、大好きとか言われるとちょっと照れてしまう。

「あ、ありがと」

「いえ……」

 風音も照れてるんだろうか。電話越しでなければまた真っ赤になってる風音が見れただろうに、惜しいことをしたなぁ。

「その……実は、今朝お父さんに……」



 風音が言うには、これまでカードゲームをやってることは両親には内緒にしていたんだけど、今回金曜日に遊びに行くために習い事を休みたいと言ったら、そんなところに女の子だけで行くなんてダメだ、と言われて、さらにカードゲーム自体もやめなさいと言われてしまったらしい。

「うーん、そんな事言われちゃったのかぁ」

 風音のお父さんの言うこともちょっとはわかる。カードゲームをやっていない人なら悪いイメージを持っていても仕方ないかもしれない。

 私だって嫌な思いをしたことがある。けど、今でもカードゲームを続けてるのはやっぱり楽しいからで、それをなんとか伝えられたらいいんだろうか。

「私、ちゃんと言い返せなくて。せっかく遊里ちゃんが一緒に遊んでくれるのに、カードできなくなっちゃったら……」

 できなくなったら?ひょっとして、風音は。

「もしかして、風音がカードやらなくなったら私が風音のこと嫌いになるとか思ってる?」

「……うん」

「そんなことないから!出会いはカードを通してだったけど、今は大事な友達なんだから、カードしてもしなくても、風音のこと好きだよ!」

「好きって……どういう、じゃなくて、ありがとう、遊里ちゃん」

 勢いで熱く語っちゃった。ほとんど愛の告白みたいだなと気づいて、顔が熱くなる。きっと風音の顔も赤くなってるだろう。

「でも本当にごめんね。今日も、明後日も行けなくなっちゃって」

 そうだ。誤解を解いたのは良いけど、何も問題は解決していない。

「あのさ、もし良かったらなんだけど」

 私は勢いで、ついついとんでもないことを言ってしまうのだった。







「やあ、いらっしゃい。風音の父です」

 風音との電話を終えて、今の時間は4時。私は風音の家に来ていた。居間に通された私の目の前には、風音のお父さん。水曜の午後は休みだと聞いて、風音のお父さんを説得しに来たのだ。

「はじめまして、一ノ瀬遊里です。すいません急におじゃまして」

できるだけ好印象を与えようとにこやかに笑顔で挨拶する。私は喧嘩しにきたわけじゃない、認めてもらうために来たんだから。

「さっそくなんですけど……実は、風音さんのお父さんにお願いがあるんです」

「お願い?」

 すぅっと息を吸い、意を決して言葉をつなげる。

「金曜日、風音さんと一緒にカードゲームの大会に遊びに行かせてほしいんです」

 そう言うと、お父さんはちょっとむっとしたような、困ったような顔になる。怒っているというわけではなさそうなので、本気で心配しているんだろうと思う。

「……一ノ瀬さんが、風音の言っていた最近できた友達なんだね。風音は君のことをよく話しているよ。仲良くしてくれて、ありがとう」

 ぺこりと頭を下げるお父さん。慌てて私もいえいえそんな、と言いながらお辞儀を返す。

「でもね、過保護かもしれないが心配なんだよ。その、カードゲームの大会っていうのは私には全く想像もつかないものだ。正直なところカードゲーム自体にあまり良い印象も持っていない。変な男に絡まれたりしたら、と考えてしまうんだよ」

「それは……仕方のないことかもしれません。でも、風音さんはすごく楽しみにしてくれてたんです。もちろん私もすごく楽しみでした。初めてできた同い年のカードゲーム友達。風音と一緒に行って遊びたいんです、お願いします!」

「うーん……」

 お父さんは困っているみたいだった。真剣に風音のことを考えてくれて、頭ごなしに否定もしない、すごく良いお父さんだと思う。

「お願い、お父さん!私遊里ちゃんと行きたいの!遊里ちゃんは私とすごく仲良くしてくれて……新しい遊びを教えてくれて、勉強まで教えてくれて。私この間のテストで良い成績だったでしょ?だからお願い!」

 おぉ、風音めテストの点を引き合いに出してくるとは。なかなか強かしたたかである。

「でもなぁ、やはり女の子だけでは心配が……」

 さらに困った様子のお父さん。これはもうあと一歩だ。こういう時は駄目な理由を一つずつ潰していけばいい!

「大丈夫です、私の叔父が車で行き帰り連れて行ってくれますし、会場にもいます!」

「む……でも変な男に絡まれたりしたら……」

「それも大丈夫です!会場にはスタッフがたくさんいますし、風音さんのことは私が守ります!」

 どん、と胸を叩く。別にその場しのぎで言っているわけではなくて、これは本当にそのつもり。風音に手を出そうとする輩はひっ捕まえてスタッフに叩き出してやるんだから!

「……なんだか、娘さんをくださいとでも言い出しそうな勢いだね」

 お父さんがそんなことを言う。……確かに、どこぞのファンタジー世界の騎士か、とでも言いたくなる台詞だったかもしれない。また風音が真っ赤になっている、と思って横に座っている風音を見たら、いつもの白い肌のままキラキラした目でこっちを見ていた。私が騎士なら風音はまさにお姫様である。

「わかった。そこまで言われたらしょうがない。行っておいで。ただし、絶対に危ないことがないように気をつけるように。何かあったらすぐその叔父さんか、大人の人に助けを求めること」

 やった!お父さんは私の説得に折れてくれた。これで風音とグランプリで遊べる!

「はい!ありがとうございます!良かったね、風音!」

 お父さんにお辞儀をして、横にいる風音を見ると、目がうるうるしている。

「私、もう行けなくなると思ってて……遊里ちゃんにもきっと嫌われるだろうなって……でも、遊里ちゃんは私のためにここまでしてくれて、本当に嬉しくて」

 目から涙をこぼし、嗚咽混じりに言葉を続ける風音。

「ありがとう、遊里ちゃん」

 涙と鼻水でくしゃくしゃになってしまったまま、そう言った風音の顔は、とびっきりの笑顔で。これまで見た風音の笑顔の中でも一番可愛かった。

 どきん、と。

 そんな風音の笑顔を見た私は、胸が高鳴る感覚を覚える。このまま抱きしめたい、頭を撫でたい、そんな欲望が胸の奥から湧き上がる。

 いけないいけない。目の前には風音のお父さんがいるんだから、自重しないと。

「うん。でも、お父さんも本当に風音のこと心配してくれてるんだから、悪者にしちゃだめだよ」

「うん……ありがとう、お父さん」

 こんな可愛い娘にそう言われたら、お父さんもきっと何も言えないだろう。

「娘をよろしく頼むよ、一ノ瀬さん」

「はい、風音さんは必ず幸せにします!」

「ちょ、ちょっと何言ってるの二人とも!」

 泣いたり恥ずかしかったりで忙しそうな風音を横に、昔のドラマでありそうな台詞を言い合って笑う私とお父さん。やっぱりいいお父さんだ。お父さんとの約束は守らないと。風音は絶対に私が守り抜くんだ!と固く心に誓った私であった。

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