第7話
「それ打ち消しますね。で、そっちのクリーチャー全部寝かせます。私の場に6点あるんで勝ちですね」
「あっ、はい……遊里ちゃんやっぱり強いね」
今日は月曜日の夕方だけど、夏休み中なのでいつものバイトでカードショップで働いている。うん、遊んでるようだけど働いている。大会の参加人数が足りない時は参加して遊ぶのも仕事のうちなのだ。うちは小さいお店だから、その辺が緩くて助かる。
「もう今週末はグランプリだね、遊里ちゃんはそのデッキで出るの?」
今対戦していたのは川崎さん。川崎さんは叔父さんの高校生時代の同級生らしく、しょっちゅう店に遊びに来てくれている。結婚してるのに、奥さんに怒られないのかな?とはちょっと思うけど。
「そうですね、ちょっと何枚か迷ってますけど、だいたいはこのまんまで行こうと思ってますよ。川崎さんはそのデッキ使うんですか?」
「うん、なかなか良い感じだしこれ使うよ。なぜか遊里ちゃんにはボロ負けするけど……」
大規模な大会では、予め使うデッキを決めておいてその中身を全部紙に書いて提出しなければいけないというルールがある。だから大会前のこの時期になると、みんな使うデッキを決めるために調整に余念がない。テスト前の学生に近いものがあると思う。
「あ、そう言えば前にお店に来てたあの子は出ないの?黒髪の可愛い子」
カードゲームを嗜む黒髪の可愛い子、といえばもちろん風音のことだろう。そういえば川崎さんは風音がお店に来てたときにも自分が相手しようとしてたっけ。
「風音なら出ませんよ。まだ始めたばっかりですし。……川崎さん、もしかして風音に手を出そうとしてませんよね?もしそんなことしたら奥さんと会社と警察にすぐ言いますからね」
「社会的に抹殺される!?違うから、珍しい女の子のプレイヤーで気になっただけだから!」
「気になった……!?やっぱり川崎さんには近寄らないように風音に言っておかないと……」
「ちがーう!」
やっぱり風音ぐらい可愛いと変に近寄ってくる男の人も多いだろう。私が守ってあげないと!……って私もその珍しい女の子のカードゲーマーのはずなんだけど。
「まあ川崎さんの趣味は置いといて。風音はグランプリに行ったことないから、金曜日に一緒に遊びに行くつもりですよ」
「それは良いね。初心者でも何か遊べるイベントがあるかもしれないし。店長、何かこの子達が遊べるようなイベントがあるか知らない?」
川崎さんがレジで作業をしていた店長に問いかける。店長はスマホを取り出して、何やら操作しだした。公式サイトでも見てるんだろう。
「ちょっと待ってね……えっと、一日目はラストチャンストライアル、カオスドラフト、超多人数戦……」
今店長が挙げたのはどれも初心者向けじゃない、どころか後ろの二つに関してはマニアックすぎて私でも参加しづらい。
「どれも全然初心者向けじゃないですね」
「そうだね……あ、いいのあったよ!」
そう言って店長が私と川崎さんの横に来て、スマホの画面を見せてきた。そこにはこう書いてあった。
「カップル限定、双頭巨人戦シールド……双頭巨人戦って、2対2でやるやつでしたっけ?」
「そうだね。対戦中の相談もできるから、遊里ちゃんがサポートしてあげられると思うよ」
なるほど。シールドっていうのはその場でカードが入っているパックをいくつか開けて、それでデッキを作るやり方だから、あんまりカードを持っていない風音でも問題ない。それに店長が言ったようにサポートもしてあげられるしちょうど良さそう。でもこれ……
「良さそうですけど、このカップル限定っていうの……女の子同士でも大丈夫なんですかね?」
「大丈夫大丈夫、前にやってるところ見たけど、男女カップルより男同士がはるかに多いぐらいだから。自称カップルなら問題ないってさ」
川崎さんが笑いながらそう言ってくる。それはそれでどうなんだろうと思うけど、まあカードゲーマーの男女比率から言ったらしょうがないのかな。
「むしろ女の子同士だと喜ばれそうだよね、いろんな意味で」
「あぁ、確かに……」
うんうんとうなずく店長と川崎さん。男だらけより女の子がいる方が良いってことかな。
「じゃあこれ出てみます。景品も豪華ですし」
お祭りみたいなものだとしても、やるからには上を目指したいな。普段はあんまりやる気のない私だけど、なんだかんだ言って負けず嫌いらしい。できれば一回ぐらいは風音と一緒に練習したいところだけど……明日とか空いてるかな?後で電話してみよう。
「頑張ってね、途中で応援しに行くよ」
「はい、任せてください。景品ゲットしてきますよ!」
ぐっと握りこぶしを作って気合を入れる。よし、やってやろうじゃないか!
「って言うことなんだけど、どうかな?一緒に出ない?」
バイトが終わって家に帰ってきて、私は自分の部屋から風音に電話してお昼に店長と川崎さんに勧められたカップル限定双頭巨人戦の話をしていた。
「面白そう!その、カップルっていうのなんだかちょっと恥ずかしいけど」
「自称カップルで良いらしいから、全然問題ないって言ってたよ。で、良かったら1回ぐらいは練習しておきたいんだけど、風音、明後日って忙しいかな?」
「明後日?えっと……」
ごそごそと音がする。手帳か何かで予定を確認してるのかな?
「……大丈夫、です」
ちょっと時間があって、風音がそう言った。よし、じゃあ場所はうちのショップでいいから明日のバイトの時にちょっと準備しておこう。
「じゃあ、明後日の2時にうちのショップまで来てもらっていいかな?」
「うん。楽しみにしてるね」
「うん、わたしも。じゃあまた明後日ね」
2人でおやすみと言い合って、電話を切る。なんだか実際のカップルもこんな感じなのかな、と思ってしまう。寝る前に電話してデートの約束して、おやすみって言って電話切って。後は愛の言葉とかがあれば完璧か。
「カップル、かぁ」
カップル。恋人同士。今まで恋人なんていた事がない私には想像するしかできない世界だ。中学生の時も特に好きな男子とかもいなかったし、今は女子校だしバイト先でも全然何もないし。風音はどうなんだろう……と思うけど、ずっと女子校の風音もきっと無いだろう。
いや、もしかすると女の子同士っていうのもあるのかな?風音は可愛いから先輩とかに目をつけられたりとか……ないとは言い切れないなぁ。なんせ可愛いし。整った顔立ち、ツヤツヤの綺麗な黒い髪、スラッとしたスタイル、ほんと完璧美少女で、あんな子が彼女だったら嬉し……
「……んん?」
なんか考えが変な方向に行ってる気がする。いや、違うから。風音とはそういうのじゃないから。カードゲーム友達の美少女だから。うん。
「よし、寝よう!」
宣言してベッドに潜り込む。ちょっと変なこと考えてたせいでなかなか寝付けない……なんてこともなく、寝付きが良い私はすぐに眠りについたのだった。
「よし、これで準備OK、と」
今日は風音と約束していた水曜日。2時少し前にショップに来た私は、練習用のパックを用意して、風音を待っていた。
ピコン。
スマホの着信音が鳴った。風音からのメッセージだ。なんだろう、少し遅刻するとかかな?私はそのメッセージを開いた。
『遊里ちゃん、ごめんなさい。今日は行けなくなってしまいました。金曜日も行けません。本当にごめんなさい。』
「え……」
私はスマホを持ったまま、その場に立ち尽くした。
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