第6話
「
「いえ、
お風呂を上がってから勉強したりゲームしたりお喋りしたりして、すっかり夜遅くなった。私達はそろそろ寝ようかなとなったんだけど……
「私は床で大丈夫だって。このラグふかふかだし、クッションもあるし」
「ダメですよ、遊里さんはお客様なんですから、ベッドで寝てください。私が床で寝ますから」
と、ベッドの上でなぜか正座で向き合い、どっちがベッドで寝るかの言い合いをしている。私としてはご飯を食べさせてもらって、シャワーに入れてもらって、パジャマを借りて、歯ブラシまで貰っているのでこれ以上はさすがに、と思うんだけど風音さんは譲ってくれない。
「今日はお世話になったし、これ以上甘えるのも悪いよ」
「いえいえ、私こそお世話になってますよ。勉強教えてもらったり、デッキも頂いてしまいましたし。しかも泊まってくださるのに床になんか寝かせられません!」
こうなると風音さんは結構頑固である。普段は大人しいお嬢様感がたっぷりなんだけど、今は絶対譲らないという強い意思を感じる。まいったな、どうしようかなぁ……
「うーん、風音さんは、私が床で寝るのは絶対にだめなんだよね?」
「はい」
「で、私は風音さんが床で寝るのが嫌、と」
「そうなりますね……」
ふむ、じゃあもう解決策はひとつかな。うん。
「よし、じゃあ一緒に寝よう」
「一緒に……」
うんうん。我ながら名案である。これなら争いは起きないはず。幸いベッドも一人用の物よりは大きいみたいだし。多分セミダブルってやつだ。
「えぇぇっ!?」
一瞬固まっていた風音さんが驚いて、それから顔が真っ赤になる。今日は風音さんの赤い顔をたくさん見れている気がする。なんだかちょっと楽しくなってきた。
「あれ、名案だと思ったけど風音さん嫌だった?じゃあ私が床で寝るしか……」
「い、いえ!嫌とかじゃないです!誰かと一緒に寝ることとかなかったもので、ちょっと驚いただけで、その、よろしくお願いします!」
頭を下げてよろしくお願いされてしまった。一緒に寝るだけなんだけど、何かよからぬ事を想像してしまいそうな……いけないいけない、またエロオヤジになってしまうところだった。
「あ、枕ぐらいは風音さん使ってね」
私はクッションでも使わてもらおうかな、結構ふかふかだったし、普段使ってる枕よりよく眠れるかもしれない。
「えっと……一緒に使いますか?」
「え、枕も?クッションでも借りようかと思ってたんだけど」
「あ、クッション!そ、そうですよね!枕一緒はちょっと狭いですもんね!」
あはは、と照れ隠しに笑って、紅潮して熱くなった顔をパタパタと仰ぐ風音さん。相変わらず可愛い。今日はせっかくだし徹底的にいってみようかな。風音さんは反応が面白いし可愛いし、ついつい調子に乗ってしまうけど、良いよね?多分。
「じゃあせっかくのお誘いだし、一緒に使おっか」
「ひゃいっ!?」
私は左手を下にしてベッドにゴロンと横になり、少し大きめの枕の端に側頭部を乗せた。枕これならまあ端と端なら二人寝られるかな。だいぶ近い距離になるけど。
そして、横の空いてるスペースをポンポン、と叩き、風音さんに右手を向けて、笑顔で決めゼリフ。
「さぁ、おいで風音」
キラーン。ときっと白い歯が光っただろう。こういうのやってみたかったのだ。
「えぇぇぇぇぇぇ」
で、当の風音さんはさらに真っ赤になってフリーズしていた。
「えっと……こんな感じのシーン、洋画か何かで見たことあったんだけど、ちょっとやってみたかったんだよね」
「あ、そ、そうだったんですね、私てっきり……」
「てっきり?」
「い、いえ!なんでもないです!さ、寝ましょう!」
ブンブンと手を振って、風音さんが一度ベッドを降りて部屋の電気を消しに行った。パチっと音がして、天井の蛍光灯が消えた。
「じゃあ、横失礼しますね」
「はい、いらっしゃいませー」
風音さんがベッドに横になる。枕が一つなんだから、当然至近距離である。
「えっと……」
「ちょっと……恥ずかしいですね」
「だよね」
ちょっと大きい枕とはいえ、一緒に使うと二人の顔と顔の間は30cmぐらいしかない。なかなかこんな間近で顔を見ることなんてないから、さすがの私でも照れてしまう。部屋が暗いのが幸いだった。
「…………」
「…………」
二人とも恥ずかしくてつい黙ってしまう。これじゃ寝るどころじゃない。何か話とかしないと。
「え、えっと、そうだ、風音さんはなんでカードゲーム始めようと思ったの?」
前から気になってたけどなんとなく聞きそびれてた事を聞いてみる。普通の女子高生はあんまりカードゲームとかしないしね。私は別だけど。
「……実は、私二つ年上の兄がいるんです」
「お兄さんが?今日はどこか出かけてたの?」
「少し遠くの大学に通っているので、今年の春から一人暮らしをしてるんです。お父さんが通っていた大学で、兄はお父さんと同じ大学に行きたいって言って、お父さんは喜んでました」
ふむ。やっぱり自分の子供が同じ大学に行くっていうのは嬉しいことなのかな。風音さんのお父さんはお医者さんだって言ってたし、後継ぎになってくれるっていうことなら尚更なのかもしれない。
「本当は、一人暮らしがしたいからわざわざ遠くの大学に行ったんだ、って兄がこっそり教えてくれましたけどね」
なるほど、上手いことお父さんを説得したわけだ。なかなかのやり手とみた。
「その兄がカードゲームをやってたんです。私は兄と仲が良くて、というか私がくっついていただけなんですけど……何年か前に兄が部屋で並べてたり、一人回しをしてるの見てたんです」
兄弟繋がりでカードゲームを始める人は実際多い。風音さんもその口だったのかな。
「当時は全然やる気は無かったんですけど、兄が一人暮らしを始めてから、その……少し寂しくなってしまって。ある日兄がやってたゲームのことを思い出して、インターネットで動画を見て一度だけやってみようかなと思ったんです」
どうやら風音さんはかなりのお兄さんっこだったみたい。それで私が今日帰ろうとした時も寂しそうな顔してたのかな。
「それでうちのお店に来たんだ」
「はい。結構お店の前で入るかどうか悩んでしまって、時間ギリギリになってしまいました」
そういえば初心者講習会の時、風音さんはだいぶギリギリに来てた気がする。まあ普段カードしない人からすればカードショップなんて未知の世界すぎるよね。
「でも、ドアのガラスのところから遊里さんが見えて、女の人がいるなら大丈夫かなと思ったんです。初めてが遊里さんで良かったです。おかげさまで今もこんなに楽しめてますから」
「いえいえ、どういたしまして。私も風音さんとカードゲームしたり、お喋りしたりお泊まりしたりできてすごい楽しいよ」
「良かった……遊里さんはきっと気づいてると思うんですけど、今日遊里さんが帰るのかと思うと寂しくて……遊里さんが泊まるって言ってくれて嬉しかったですし、気を使ってくれる遊里さんが素敵だなって思っちゃいました」
あれ、逆に気づかれてたのか。それにしても素敵って。全然そんなこと言われたことないんですけど!?こんな至近距離でまっすぐ眼を見て言われるとものすごく照れる。きっと私も顔が真っ赤になってるに違いない。
「寂しがりで面倒くさいかもしれませんけど、これからも私と仲良くしてもらえますか?」
部屋が暗いからあんまりよく見えないけど、風音さんもやっぱり顔が少し赤い気がした。なんかこれって、愛の告白みたいな……いや、違うから!友達として仲良くってことだから!
「うん、もちろん。一緒に色々して遊ぼう!」
そろそろ夏だし、海やプールに行ったり……でも風音さんってインドア派かな?とはいえカードショップとかばっかり行くのも女子高生としてどうなのか、って話だし。あ、そうだ七月と言えば。
「そうだ風音さん、来月のニ週目の週末って空いてる?」
「えっと……空いてると思います」
「実はね、そこで三千人ぐらい集まるとっても大規模なカードゲームの大会があるの。私は土日はそれに出ようと思ってるんだけど、金曜日にもその大会の会場で色々なイベントがあるから一緒に遊びに行かない?お祭りみたいで楽しいと思うよ」
そう、期末テストが終わって夏休みに入ってすぐのこの大会に向けて私を含めたさくさんのカードゲーマーが日々練習を重ねているのだ。私の場合練習と言ってもほとんど遊んでるようなものなんだけど。
「面白そうですね!行ってみたいです!」
風音さんも乗り気みたい。良かった。カードゲームやってない人だとこうはいかないから、同じ趣味の友達は本当に助かるなぁと思う。
「じゃあ決まりね。また詳しいことは連絡するから日程だけ空けててね」
「はい」
「それにしても……夏休み最初の予定がカードゲームの大会っていう女子高生ってすごく変だよね。普通は彼氏と海!とかな気がするし」
まあ当然彼氏なんていないから私には実行不可能なんだけど。
「そうですね、ちょっとおかしいかもしれませんね」
ふふっと笑う風音さん。風音さんも彼氏はいなさそうだし、気兼ねなく遊びに誘えそうで良かった。
「遊里さんは……
伊藤……あ、
「どうだろ、早苗は結構マイペースだから、急に呼び出されて遊びに行ったり泊まりに行ったりするけど、逆にどれだけ誘っても来なかったりもするからわかんないかな」
「ふふ、やっぱり伊藤さんと仲良いんですね。ちょっと羨ましいです」
仲良い……のかな、やっぱり。同じ外部入学組同士、謎の結束がある気はする。
「その……もしよかったら、私も風音、って呼び捨てにしてくれると嬉しいんですけど……」
もじもじして、かけ布団の端で口元を隠しながら風音さんがそう言う。うん、可愛いからおじさんいくらでも呼び捨てで呼んじゃおう。でもその前に私もちょっと気になってる事があった。
「うん、じゃあ呼び捨てにするから、風音さんも私の事呼び捨てにしてね。あと敬語も禁止で!」
「え!?私もですか!?」
「もちろん。私だけだとフェアじゃないでしょ?カード一枚多くドローしてるようなものだもん」
ん?それは違うか。というかよく意味がわからない例えをしてしまった。風音さんはそれどころじゃなさそうで気にしてないみたいだけど。
「とにかく、これから敬語禁止!はい!よろしくね、風音」
「わ、わかりま……わかった、その……遊里……ちゃん」
キュンとするっていうのはこういうことを言うんだな、と思った次の瞬間、体は勝手に動いていた。一瞬で風音を抱きしめ、頭を高速で撫で回す。
「かわいいいいいいいいい!」
「えぇぇぇぇぇ!?」
風音のサラサラヘアーをたっぷりとワシャワシャしてから、元の姿勢に戻る。風音はやっぱり真っ赤になっていた。
「呼び捨てじゃなかったけど、可愛いから許してあげよう」
「あ、ありがとう……」
「よし、予定も呼び方も決まったしそろそろ本当に寝よっか。このままだと力尽きるまでワシャワシャしてしまいそうだし」
一応明日は昼からバイトがあるから、寝不足のうえ筋肉痛で行くわけにもいかないし。持つのは紙束ぐらいだから筋肉痛でも大丈夫そうだけど。
「それはちょっと困るね……じゃあ、おやすみなさい。遊里……ちゃん」
「うん、おやすみ、風音」
私たちはお喋りを切り上げて、目をつむって眠りについた。
ああ、今日は楽しかった。風音とも仲良くなれたし、楽しかった。一緒に大会に行く約束もできたし、夏休みが楽しみだ。これからも仲良く遊べたら、いいな。
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