第5話

「ごちそうさまでした。美味しかったよ」

「ごちそうさまでした。中村さんに伝えておきますね。きっと喜んでくれると思います」

 居間にあるテーブルに向かい合わせで座り、風音かざねさんちのお手伝いさん、中村さんの作ってくれた晩御飯を食べ終わった私たち。時間はちょうど8時ぐらいになっていた。

「もう8時ですね、遊里ゆうりさんはそろそろ帰らないといけない時間ですか?」

 そういう風音さんは少し残念そうな表情だった。急に言うと迷惑かもしれないけど、泊まっても良いか聞いてみようと思う。気のせいだったら恥ずかしいけど、寂しそうな顔をしてるし、私ももっと風音さんとお喋りしたり遊んだり、ついでに勉強もしたいし。

「あ、そのことなんだけど……もし風音さんが迷惑じゃなかったら、お泊まりさせてもらえたらな、なんて思うんだけど、やっぱり急にだと迷惑かな」

「え!そ、そんなことないです!大歓迎です!」

 急なことで驚いたのか、大きい声で否定してくれる風音さん。表情は寂しそうな顔から驚き、そしてすぐに満面の笑みに変わった。こういうところが本当に可愛いと思う。

 風音さんのコロコロ変わる可愛い顔を見ながら、ここがどこかオシャレなレストランなんかで、風音さんの反対側、つまり私の席に座ってるのがどこかの男の人だったら、もうイチコロで好きになってしまうんだろうな、と思う。で、男の人が告白したらきっと風音さんは真っ赤になって照れたりして、そこからまた破壊力抜群の笑顔でOKしちゃって、さらに男の人が惚れ直して……

「遊里さん?どうしました?」

「はっ!ちょっと妄想しすぎた……気にしないで」

 いけないいけない、つい妄想が捗ってしまった。きっとこんな展開になりそうな気がする。可愛いなあ風音さんは。……なんだかちょっと胸の奥がモヤッとする。独占欲なのかな、これ。

「えっと、それでお泊まりなんだけど、私何も用意とか持ってきてないから寝るときのTシャツと短パンとか貸してもらわないといけなくて」

 今は6月中旬だし、それさえあれば快適に寝られるだろう。

「もちろんお貸ししますよ。私のパジャマがあるので、それを使ってください!」

 風音さんのパジャマかぁ。イメージだとピンクの可愛らしいやつとかなんだけど、私が着て大丈夫だろうか。私家で寝る時Tシャツと短パンだし、夏なんかTシャツとパンツだけなんだけど。

「ありがとう。お言葉に甘えるね」

「はい。可愛いの用意しますね!」

 なんだか張り切ってる。フリフリヒラヒラのやつとか出てきたらどうしよう……さすがにそんなパジャマは持ってないと思うけども。

「じゃあ私ここの片付けするので、遊里さんはお風呂入っちゃってください。パジャマも用意しておくので」

「え、悪いよ。私も手伝うし、風音さんが先にお風呂入りなよ」

「いえいえ、せっかく泊まってくれるのに遊里さんにそこまでしてもらうわけにはいきません!どうぞお先に」

 一歩も譲らない姿勢だ。風音さんって意外と押しが強かったりするのかな?

「あ、じゃあ一緒に入る?」

「えっ……えぇっ!?」

 驚いて顔を真っ赤にする風音さん。さっきの妄想の中の風音さんみたいで、誰か知らぬ男の人より先に見てやったぜ、と心のなかでガッツポーズを決める。

「冗談冗談。じゃあ、お言葉に甘えて先に入らせてもらいます」

「冗談……ですよね、もう、びっくりしました!お風呂はこっちですから、早く入っちゃってください」

 顔は真っ赤なまま、風音さんは立ち上がってお風呂場の方に歩いて行く。私も立ち上がり、後ろをついていった。

 冗談って言わなかったら一緒に入ったのかな?恥ずかしがりながらもお風呂に入ってくる風音さん。「あんまり見ないでください……」とか言って、照れて真っ赤になって……

「遊里さん……?」

「はっ!?」

 



 結局お風呂に入ってる間も、高級そうなシャンプーなんかを堪能することもなくあれやこれやと妄想してしまった私。これじゃただのエロオヤジだ。







「はい、撮るよー」

「は、はいっ!」

 パシャリ、と。スマホのシャッター音が鳴る。自撮り棒なんかはもちろん持ち歩いてないので、手を伸ばして撮ったスマホ画面に写っているのは、お風呂上がりの私と風音さん。着てるのは風音さんのお気に入り?のパジャマだ。やっぱりピンク色だった。フリフリは無くて安心したけど。

「風音さん、顔が硬いねー、なんか引きつってるよ」

「す、すいません。遊里さんのお母さんに見られると思うとなんだか緊張しちゃって」

 そんなに緊張しなくても良いと思うんだけどな。お泊まりの証拠として送るだけだし。

「ごめんね、なんか実は彼氏といるんじゃないか、とか言い出してさ。一応証拠写真ぐらいは送っとけば文句も言われないだろうから」

「いえ。心配されるのも当然だと思うので全然気にしてませんよ。むしろパジャマで写真が撮れて嬉しかったというか……」

 改めてスマホを見ると、そこには私とその横に、お風呂上がり特有の潤いを帯びて、可愛らしいパジャマに身を包んだ黒髪ロングの美少女が写っている。これは……うん、すごいな。

「あの、遊里さん。記念にこの写真私も貰っていいですか?」

 そんな美少女がおずおずと言ってくる。記念っていうのは初お泊まり記念ってことかな。

「うん、もちろん。送るね。それにしても……風音さんって可愛いよね」

「ありがとうございま……ふぁい!?」

 風音さんから変な声が出た。

「そ、そんなことないです!遊里さんこそ、パジャマ似合ってますしとっても可愛いです!普段はちょっと綺麗系というか、かっこいいというか、そういう感じですけど可愛いパジャマも似合ってて、そういうギャップがまた良いというか!」

「え、え」

 突然まくし立てる風音さん。顔もいつもみたいに赤くなってて、照れてるんだろうか、それとも熱くなってるんだろうか。なんか普段そんなに褒められることがないから、可愛いとか言われると満更でもない。素直に嬉しい、と思えた。

「あっ……す、すいませんつい熱くなっちゃって……」

「う、うん。ビックリしたけど……ありがとうございます」

 私たちはベッドに腰掛けてたけど、なんだか少し照れくさくなって、床のクッションに座りなおす。

「えっと……もうちょっと勉強する?」

「は、はい。そうですね。期末テストも近いですし、勉強しないと」

 照れくささを隠すように、私たちは勉強を再開した。あんまり身が入らなかったのは言うまでもない。

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