形勢逆転
先辺は真希名ののど元に
「未来技研もなかなか侮れん。聞きしに勝るというのはこのことだな」
「あなたもね。女の子の首筋を狙うヘンタイさんがいるって聞いてたけど、他の
「負け犬の遠吠えだな。まあいい。そろそろ宣託を顕現させる時間だ」
「わたしを殺す気? あなたの存在確率も消し飛ぶわよ」
先辺はにやりと笑った。
「むろん、私が直接手を下すわけではない」
こういうと先辺は左手を鳴らした。すると入り口から一人の男が現れる。真希名はその男に見覚えがあった。
「まさか……」
それは生徒ではなく、この学園のセキュリティシステムを担当するメンテナンス会社の作業員だった。用務員である真希名に愛想よく接してくれたその男の表情は、今や機械のように無表情だった。
アルタレギオンが独立した国家とはいえ、ここはあくまでも日本だ。宣託がもたらす事象安定に支えられた生徒ならまだしも、学外の人間にオートマリオネットを使うというのは尋常ではない。
「事象の崩壊はあなたたちだって望まない結果でしょうに。カオスの雄たけびが聞こえそうだわ」
「宣託さえ成れば事象などいずれ安定する。今回の騒ぎは貴様の血で贖ってもらおう」
「これほどの揺らぎが人の命一つで収まるとでも?」
「もし、この事件に日常という額縁をはめることが出来なければ、あるいはな」
「あなたは、これをありふれた出来事として処理できるというの?」
「もちろんだ。我が師の描いたシナリオを聞きたいか?」
真希名は、ムラマサのインジケータを見ながらうなずいた。
「この男は君と顔見知りだそうじゃないか。ストーカーに狙われて命を散らす薄幸な少女。メディアは、どこにでもある平凡な凶悪犯罪として、大々的に取り上げるだろう」
「傀儡にした生徒の事はどうするの?」
「あいつらはしょせん名無しの生徒。つまり、ガイアの認識からは外れた存在。宣託にはもともと関係のない、単なる捨て駒でしかない」
「そんな……」
「名前も知らない生徒のことなど知ったことか。宣託に矛盾しない、ありうる出来事でさえあればいいのだ。貴様の死もきっちりつじつまを合わせてやる」
真希名は殺伐とした笑顔を作る。
「さあ、つじつまを合わせるのはどっちかしら」
「この期に及んで強がりか」
「違うわ」
先辺は、突如背後から飛来する物体の気配を感じて横にかわす。それは一直線に飛び、真希名の手に収まった。
影姫。
主の手に戻った木刀が力強い存在感を放つ。
真希名は屋上庭園の入り口を見た。そこには、それを投擲した人物が壁に寄りかかっている。
信也だった。
「落とし物を届けたら、謝礼は一割だっけ?」
「本部に行けって言ったのに……」
「上司が残業してるのに、新人は勝手に帰れないだろ」
まるで世間話でもしているかのような二人を、先辺が憤怒の形相でにらむ。
「そいつをやれ!」
その言葉に反応して、傀儡は身をひるがえすと信也に襲い掛かった。真希名がそれを阻もうとするが、先辺が立ちはだかる。毒のダメージを残している真希名にとって時間が長引くのは得策ではない。
真希名は先辺と剣を打ち合いながら叫んだ。
「ムラマサ、もう一度だけ行く。
視界が再び夕闇に染まる。
全ての音が聞こえなくなった静寂の世界で、真希名は力任せに先辺へと斬りかかった。先辺の
陽炎斬。
アーブネットワークから放出された振動エネルギーを、影姫の固有振動数と共鳴させることで瞬間的に莫大な熱量を生み出す
愛刀を駆る真希名の闘気に押され、先辺は一歩、また一歩と後ろに下がっていた。
「なぜ、貴様らのような……新参者が……」
怨嗟に満ちた先辺の声はムラマサによって文字情報に変換され、若干の遅延のあと真希名の網膜ディスプレイに映し出される。違う時間の流れを生きる真希名には、それに答えることなど出来はしないし、また答えてやる義務もない。真希名に出来るのは、ただ力の限り剣を振るうだけだった。
そして、ついにその時は訪れた。
壁際に追い詰められて焦りを感じたのか、踏み込みがほんの半歩大きい突きが真希名を襲う。真希名はそれを下に潜り込んでかわし、そこから体を大きく回転させると、下から先辺の手首に全力の一撃を見舞った。
「ぐっ」
鈍い音と共に
瞳の光を消した真希名は影姫を上段に構え、先辺を見下ろした。
「さあ、おとなしく投降しなさい」
この絶体絶命の状況であるにも関わらず、先辺は突然大声で笑い出した。
「ふはははは! 宣託は成った!」
真希名の背後でうめき声。
振り向くと、そこには先辺の
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