そして幕は上がる
慣れない獲物を操り、動きもパワーもある傀儡を傷つけずに倒すのは、パーフェクトワンと称される真希名の技量をもってしても至難の業だった。傀儡は、身体能力に加えて格闘術の動きもプログラムによってサポートされている。
これはアメリカの海兵隊……俗にいうマーシャルアーツね。
真希名はその動きの源流を推測する。いったいどのようなルートでこのモーションデータを取得したのだろう。軍隊で正式採用されている格闘技術とあって、派手さはないものの実用的で隙がない。オートマリオネットのような無個性の戦闘マシンにはうってつけである。
そんな高度な格闘技術をインストールされた傀儡と、真希名は既に三十分以上も渡り合っていた。徐々に呼吸も乱れがちとなり、さすがに疲労の色は隠せない。しかしこれはまだ前哨戦だ。
こんなところで、全力を出し切るわけにはいかないわ。
前の一体からのハイキックをよろめきながらも下にかわし、後ろの一体をフェイントの裏拳で牽制しながらケーブルを打ち込む。そして、崩れ落ちる傀儡の体を右足で蹴とばして牽制し、攻撃されない間合いを作る。
残りは二体。
オートマリオネットに操られた傀儡は、次々とやられる仲間を見て学習したのか、真希名の間合いに不用意に入ってくるようなことはせずに距離を取りながら機をうかがっている。真希名は構えが崩れないよう気を付けながら左手の時計を見た。文字盤は午後9時の少し手前を指している。
宣託の時まで、あとどのぐらいだろう?
一時間後なのか、一分後なのか。それを知ろうにも、未だ本部からの連絡はない。目の前の敵を片付けなければ宣託発動の条件が満たされないのかもしれない。
「ムラマサ、ここから一気にいくわ」
「ハイ、コチラハ問題アリマセンガ、少シ穏便ニコトヲ運ンデハドウデスカ? 真希名サンノ存在確率ガ気ニナリマス」
「穏便に済ませられる状況じゃないでしょう!」
真希名は間合いをつめようとする傀儡をケーブルで威嚇しながら一歩後ろに下がった。
「ワカッテイマス。タダ低下シタ存在確率ハ、様々ナ
そんなの、無理!
戦闘開始後わずか一分で非暴力主義を封印し、打ち身、捻挫、軽い切り傷まではダメージ与えてOKと自分ルールを設定している。この状況で手加減などできるはずもなく、真希名は目の前の敵との距離だけに集中した。
息を小さく吐き出すと、常人では到底不可能な加速で一気に距離を詰める。傀儡の身体能力は強化されているとはいえ、その反応速度は
ラスト一体!
真希名は、最後の傀儡に狙いを合わせようとするが一拍呼吸がずれる。その隙に、傀儡は真希名の横へと回って左腕を取った。振りほどこうとするが、傀儡はその手を離さないで食らいつく。
だめだ。パワーが違いすぎる。
弱いのではない。むしろ真希名の力が強すぎるがゆえに全力が出せない。一歩間違えば大きな怪我をさせてしまう危険があった。
一瞬の思考の後、真希名はケーブルの途中を右手で持ち、カウボーイのようにくるくる回し、気配だけで首筋を狙った。不意を突かれた傀儡の首に、その先端は見事にヒットするが……
断線!?
オートマリオネットをキャンセルするムラマサの信号は、ケーブルの途中で行き場を失くすと小さな火花を散らす。傀儡は真希名が引こうとしたケーブルの先端を右手で捕らえる。真希名はその動きに逆らわず、ベクトルを合わせるとそのまま一歩進んで振り向いた。ちょうどお互いがケーブルを持ち、チェーンバトルのような態勢となる。
「ムラマサ、ケーブルちぎれてもいける?」
「けーぶるの伝導部分サエ相手ニ接触サセラレレバ、ナントカナリマス」
「じゃあ、遠慮はしない」
真希名はケーブルを手繰り寄せると、なんと手元で引きちぎった。いったいどれほどのパワーがあればこれほどの強度を持つケーブルを素手で引きちぎれるというのだろう。オートマリオネットに支配された魂なき傀儡も、一瞬状況が理解できず動きを止める。
行ける!
真希名は引きちぎったケーブルの片方を放り投げると、もう片方、つまり左手に持っている短い切れ端を傀儡の右首に叩き込んだ。小さな閃光とともに傀儡は膝をつき、そのまま横に倒れる。
真希名はケーブルの切れ端を投げ捨てると、肩で大きく息をした。
「オ疲レ様デス。サスガ真希名サンデスネ。アレダケノ数ノおーとまりおねっとヲ、相手ニ大キナ怪我ヲサセズニ行動不能ニスルナンテ」
「そりゃ……生徒に大けがでもさせちゃったら、この学校にいられなくなっちゃう」
真希名は、ムラマサのとぼけたお世辞に答えると、両頬を手でたたいて気合いを入れる。
「これで全部かしら」
「真希名サンガ倒シタ数ト、名無シノ教室ノ生徒数ハチョウド一致シマス。他ニハイナイト考エテ良イ状況デス」
「ま、ちょうどケーブルもボロボロになっちゃったし」
「モッタイナカッタデスネ。コノけーぶる、ヨク見タラはいすぴーどたいぷHDMIけーぶるデ、ナカナカノ高級品デスヨ。家デモ、セメテコノ半分グライノ品質ハ欲シイデス。イイけーぶるハ音ノ豊カサガ違ウンデスヨ」
「……そういう緊迫感のない話は後でね」
真希名は、オーディオオタクっぷりを発揮する左腕の時計を諭す。ムラマサは文字盤をチカチカと点滅させて、真希名の言葉には答えない。もちろん真希名は怒っているわけではなかった。インデックスの会話モジュールは、ユーザーの好みを反映し、会話を繰り返すことでより高度で複雑なコミュニケーションが取れるよう自律学習していく。ムラマサとのこういうやり取りを、真希名は気に入っていた。
真希名が階段のほうに向かおうとしたその時であった。
「本部カラ通信。宣託ノ詳細でーた。宣託ノ場所ハ最上階ノ空中庭園。時刻ハ今カラ22分38秒後。誤差±52秒デス。神ノ統ベル塔ノ頂キニテ、若キ民ノ血ニヨリ古キ民ノ
真希名は、クルーガーとムラマサのデータリンクを通じて知った、先辺の知る宣託を思い出そうとする。
いったい何が違う?
「まあ、いいわ。どうせなるようにしかならないんだし。さあ行きましょう」
宣託が告げるのであればやるしかない。真希名は常にそうやって行動してきた。
大丈夫、わたしは……パーフェクトだから。
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