そして何かが終わりを告げる
「あなたが時計を大事にしているのはわかったけれど、ちゃんと集中してやらなくちゃ意味ないわよ。まあ、先生も少しやりすぎましたけど」
特別補習が終わったあとで信也は一人教室に残され、奥川に小言を言われていた。しおらしく返事だけはしながら心はここにあらず。そもそもこんな行動に意味なんてあるんだろうか、という疑問が頭の中に渦巻いていた。
大体、宣託というものがどうも怪しい。
信也の常識では、未来とは予測不可能なものだ。ガイアだかなんだか知らないが、少しぐらい計算能力が高いからといって、ビリヤードの球を突くみたいに未来を意のままに操るようなことができるのだろうか。
今回のミッションなんて、まるでお笑いコントだぜ。
果たして男子の魂を賭してまで取り組むべき必要があったのか。一連の騒ぎが終わったら、今度こそ真希名にきちんと問いただす必要がある。
「もう、また話を聞いていないわね……」
「いえ、ちゃんと聞いてます! 反省してます!」
奥川は信也をじろじろと見て、そして大きくため息をついた。
「まあ、今日のところはいいわ。わたしも遅くなっちゃうし。本当に次からはちゃんとしてね」
「わかりましたー。ほんと、すんませんでしたー」
「語尾を伸ばさないの。じゃ、今日はこれで終了。また来週ね。寄り道せずにとっとと帰るのよ」
こういうと、奥川は教壇の書類をガバっと抱えて、あっという間に教室を出て言った。信也もテキストをまとめて教室を後にする。
また来週? そうか、まだ三回も残ってるんだっけ……
ミッションが終わったからと言って、はいサヨナラ、というわけにもいかないし。それから、目立つことを極度に嫌う真希名は決してサボりを許さないだろう。信也は来週の金曜日を思ってげんなりしながらエレベータホールに向かった。
学生証をかざすと扉が開く。乗り込むと、既にエントランス階が押された状態になっていて他のフロアには移動できないようになっている。まるで高級ホテルのような趣のエレベータを降りて、校舎入り口のセキュリティゲートに学生証をかざし外に出た。
「すっかり遅くなっちまったな」
日の落ちた校庭に生徒の姿は見えない。信也は薄暗い校庭を歩きながらスマートフォンを取り出した。真希名にメッセージを送ろうとして、連絡先が登録されていなかったことを思い出す。盗聴が心配、などと言って教えてくれなかったのだ。
仕方ないな。
あまり気は進まないがクルーガーを音声起動する。
「真希名のほうはどうなっている?」
「むらまさトノ通信ハ、16時38分ヨリ途絶シテイマス。コノ付近一帯ニじゃみんぐ波ヲ観測。秘匿回線ノ通信ハ完全ニ途絶シテイマス」
「じゃあ、本部からの連絡は?」
「現在送信不能。受信ハ可能デスガ、特ニ新シイ指示ハアリマセン。
じゃあ……もう、今日は終わりか?
考えたところで、終わった後にどうしたらいいかは聞いてないし、今、通信できない以上どうしようもない。
里依紗たちはまだいるかな?
スマートフォンを確認すると、そこには里依紗からメッセージが届いていた。みんなの楽し気な買い物風景の写真が数点と、少し時間をおいて激おこプンプン丸のスタンプである。
あいつ、むくれてやがるな。
とりあえずバカ殿様の土下座スタンプを送って少し待ってみる。だが、既読はつかなかった。一応電話もしてみるが応答はない。どうやらとっくに買い物は終わってしまったようだ。信也は、里依紗たちに合流することをあきらめ、バス停に向かった。
駅に向かうバスに乗り込むと、会社帰りの人たちで車内は混んでいる。
吊革につかまり、坂道を下るバスに揺られながら、信也は今回のミッションを振り返ってみた。
たかが生徒会長選挙のために……なんだか危うい話だ。
今日の件は、相手が教師であり、単に自分が怒られるというだけで済んだからいいようなものの、この調子では犯罪すれすれのミッションなども出てくるのではないだろうか。
未来がわかってるなら、なぜそれを変えようとしないんだ?
最初に立ち会ったコンビニでの強盗事件もそうだ。それがわかっているなら、なぜ未然に防ぐという行動をとらなかったのか。
本当に、宣託は守るべきものなのか?
宣託が形作られるプロセスがわからない以上、ミッションを善き行いだと言えるかどうかは、信也には判断できない。例えばこのバスだ。今すぐ運転手を殴り倒せというミッションを指示されたなら、自分は理由も聞かずにそれを実行できるだろうか。
答えは、否だ。
真希名や未来技研を疑うわけじゃない。真希名のことは信じると決めたのだし、その真希名が信じている未来技研もまた、信也の信ずべきものと言ってよい。だが、人を信じるということと、行いの良し悪しを論じることは違う。ましてやガイアなる存在は人ですらなく得体のしれない何か非人間的な存在であった。
神、とはよくいったもんだぜ。
人智を超えたものを神だと定義するなら、まさにガイアのもたらす宣託は神そのものである。だが、それは信用に足るものなのか。いったいどんな理由があれば信用できるのか。
既に踏み外しちゃってることもあるもんな。
信也は、高砂プリントの件を思い出した。真希名は実際、用務員の職務特権を乱用したのだから。その恩恵にちゃっかり預かった自分のことは棚に置いて、その行為の善悪を考える。
必要悪……程度問題……
それはきっと、日本国家には属さないアルタレギオンの本質なのだろう。ただ大義のために、多少の逸脱はやむを得ないという考え方は、テロリズムにも通じるところがある。もし、自分の行為がテロに加担するようなことになってしまったとき、果たして自分はどうすればいいのか。
そんな信也の思考は、駅前の停留所を案内する運転手の声に遮られた。ICカードを精算機にかざしてバスを降りると、もう完全に日は落ちている。
駅の方に歩き出そうとしたその時、ふいに信也の携帯が鳴った。
信也は表示されている番号を見た。
それは、知らない番号だった。
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