ボーイズトーク、ガールズショッピング

 里依紗と咲、そして大悟と与一の四人は、バラエティグッズなどを取り扱う大手雑貨ショップに来ていた。見目麗しい女子二人とショッピング、とあって、最初のうちこそ鼻息荒く意気込んでいた男子二名であるが、女子二人のいつ終わるとも知れぬ買い物の付き合いをさせられ、既にテンションはだだ下がりである。

 横にいた大悟がぼそっとつぶやいた。


「俺たち……確かバースデーパーティの買い出しの手伝いに来てるんだよな」

「そうだけど」

「じゃあ、アレはなんだよ!」


 二人が座り込むベンチから少し離れたコーナーに、ハロウィンの衣装を次から次へと引っ張り出し、楽し気に鏡に向かう二人がいる。それは誰がどう考えても、バースデーパーティの買い出しには見えなかった。

 六道君が来なかったのは、割と正解だったかも知れないなぁ。


「どうして、俺らがあいつらのコスプレ衣装選びに付き合わなくちゃなんないんだ」


 大悟は、エスカレーター近くの自動販売機で買った缶コーヒーを与一に差し出してため息をついた。


「仕方ないよ……女子の買い物ってこういうものでしょ」


 与一は缶コーヒーのプルタブを開けながら、大悟に礼をいう。

 もうパーティの買い出しなんて一通り終わっているもんね。

 楽しそうにしている二人に水を差すようなことは言いたくなかった。与一は、不機嫌そうな顔でコーヒーを飲む大悟に尋ねる。


「ねえ、それよりさ。最近の六道君なんだけど」

「おう、信也がどうした?」

「なんか、僕たちに隠し事してない? ほら、転校生の久世さんの件とかさ」


 大悟は、与一をちらりと見たあと視線を缶コーヒーに戻す。


「別に、俺らが気にすることじゃねぇよ」

「でも、最近船戸さんちにもあんまり行っていないらしいしさ。はた目にも仲良く見えたのに。絶対おかしいよ!」

「うーん。ま、最近付き合いが悪いのは事実だよな。今日の特別補習だって、全然ガラじゃないっての」

「やっぱりそう思うでしょ? 何があったんだろう」

「そりゃ決まってるさ。女だよ、女。なんだかんだ言い訳してたけど、もっさりの眼鏡ちゃん」


 大悟は投げやりな調子で答えるが、与一は納得しなかった。


「あれが久世さんだよ。僕も、最近の六道君には何か久世さんが関係してるんじゃないかと思うんだ。でも、付き合ってるとかそんな感じでもなさそうなんだよね……」

「まあ、俺は良くわからん。信也だって、いろいろあるんじゃねえの? ほっといてやろうぜ。それよりも」


 大悟はコーヒーをぐっと飲み干すと、話をつづける。


「幼なじみのハードルは高いぜ。向こうから引かれるぐらいガッツリ行かないと、このままじゃ気づいてさえもらえないぞ」


 わわ、何を言い出すんだよ!

 大悟の言葉に、与一は顔を真っ赤にしながらシラを切る。


「ど、どういう意味かな……」

「信也とリーシャちゃんぐらいじゃねぇの? 気づいてないのは」

「……どうせ僕からしたら高嶺の花だし。いいんだ、別に」

「てめぇ、そういうぬるい考えは感心しねぇな。男なら友情より女を取るんだよ。古今東西、これは男子の掟なんだ。そんな弱気な考えで宇宙の法則を乱していいとでも思ってるのかよ」


 コーヒーの缶をゴミ箱に乱暴に放り込みながら反論する大悟に、与一も言い返す。


「じゃあ、滝本君は相手が結婚してても押しまくるわけ? そんなのダメに決まってるよ」

「既婚者がダメなんて、誰が決めたんだよ? 人妻だってワンチャンあるかも知れないじゃん。そういう少ないチャンスにかけるのだって立派な恋だろ。俺はアリだと思う」


 僕はナシだと思います。

 与一は天を仰いで嘆息した。大悟の意見にはまったくもって共感できないが、大悟は大悟なりの行動理念に基づいて行動しているらしい。ここまで女性に積極的な姿勢は、少し見習ってもいいのかも知れない。でも……。

 なんで彼女ができないんだろ?

 こんなにガツガツしてるのに、と突っ込みたくなるのをこらえ、コーヒーを一口飲んだ。大悟は親指をぐっと立てて謎のガッツポーズ。これで応援しているつもりなのだろうか。


「お待たせー」


 咲が、ハロウィンコーナーのほうから戻ってきた。続いて里依紗もやってくる。


「ずいぶん時間かかっちゃってごめんね。退屈だったでしょ」

「ああ、実のところ思いっきり退屈だったぜ」

「全然そんなことないです!」


 与一は肘でこづきながら、大悟を思いっきり否定する。


「ゴメンね。でも、そろそろハロウィンも近いし、仮装とかちょっと楽しくない? ほらほら、こんなの可愛いでしょ」


 咲が、買い物袋から季節外れのサンタだのナースだの、おおよそハロウィンとは何の関係もゆかりもないセクシーなパーティ衣装を取り出し、隣で大悟の唾を飲み込む音が聞こえる。与一は、その衣装を着た二人を想像して声がうわずった。


「ふ、船戸さんも、ひょっとして仮装とかしちゃうんですか?」

「あたし? えへへ……ちょっと憧れちゃうけど、やめとこうかな。それよりも与一君たちは? 高等部は、ハロウィン当日には仮装通学が認められてるのよ」


 そういえば、この学園はめちゃくちゃ自由な校風だったっけ。


「ハロウィンか……ね、滝本君はどう思う?」

「は? 別にそんなの参加する義理はねぇだろ。俺たち日本男児だし」


 アナクロな価値観を披露する滝本に、咲はきつい目を向けた。


「そういう冷めた意見ってサイアク。いいわよ別に滝本なんか。与一君、あたしたちと一緒に仮装しちゃおうよ。そうだ! 女装なんてどう? 与一君細いし、肌もキレイだし……あたしの服貸したげる」

「わぁ、それとっても楽しそうね! あたしもお化粧手伝いたいな」


 咲のぶっとんだ提案に、里依紗も目を輝かせる。

 うわぁ、もうごめんなさい。

 与一はぶんぶんと大きく首を振った。


「い、いや遠慮しておくよ、細いっていったって、さすがに藤巻さんのウエストは僕、絶対無理だから」

「そっかー。でもちょっと残念だな。もし気が変わったら言ってね。あたしのクローゼットからとびっきりカワイイ服見繕ってあげる」

「あ、ありがとう船戸さん」


 船戸さんの服だったら……

 里依紗の笑顔に、与一は少しだけ心が揺れる。


「さあ、とにかくバースデーパーティの買い出しは終わったんだろ。もういい加減帰ろうぜ」


 大悟が先頭を切って歩き出す。与一は慌ててコーヒーを飲み干して缶を捨てるとみんなの後に続いた。

 店を出て、駅まで歩く。咲と里依紗が並んで歩く後ろを、大悟と与一がついていく。大悟が与一にこそっと耳打ちした。


「もしかして、ちょっと女装したくなったんじゃね?」

「な、なんてこと言うんだよ!」

「でも、リーシャちゃんの服、まんざらでもないんだろ。いいじゃん、そしたらリーシャちゃんにお前の服を着てもらって、二人で仲良く倒錯ハロウィンってのは?」

「そんなの断られるに決まってるじゃん。あーあ。相手が六道君だったら、船戸さんも喜んでそういうの付き合ったりするんだろうけど」

「まあ、そうかもしんないけどよ。でも意外とチャンスだぜ。仮装で普段と違う自分をアピールとか。現状は単なるいい人ポジションなんだからさ、ダメもとで」

「……考えとくよ」

「がんばれよ!」


 与一は大悟に背中をたたかれた。

 もう、絶対に面白がってるよね。

 仮装をすることになったら、大悟や信也にも絶対に付き合ってもらおうと与一は決意する。


「じゃあ、あたしはちょっとお母さんに頼まれたものを買いに行くから、ここでね」


 駅前の交差点で里依紗がくるりと振り向いて三人に手を振る。与一は、そのまま通りを渡って歩いていく里依紗の後ろ姿を見送りながら、凛々しい男装姿で自分の横に立つ彼女を想像して一人赤面した。

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