アフタースクールミッション

「ね、今日の放課後、用事ある?」


 いつものように校庭の隅にあるベンチに悪友二人と座り、昼食の焼きそばソーセージパンDXを食べ終わった信也のところにやってきたのは里依紗だった。その横には咲の姿もある。


「あ、船戸さん。あのね、六道君はしばらく金曜日はダメなんだって」


 与一の言葉を聞いた大悟がゲラゲラと笑い出し、その後をつづけた。


「もー何をトチ狂ったのか、特別補習だってよ、特別補習。あれって、自分から申し込んで受ける難関大学受験用のだろ? 信也よぅ、俺たちまだ一年生だぜ。ずいぶんと気ぃ早いんじゃねぇの?」

「そうよねー滝本には必要ないもんね。だって一学期の期末、最下位だったじゃない? もう手遅れというか、ちゃんと別の道を探してるんでしょ? ね?」


 天使の笑顔から繰り出される咲のキツい一言。可愛らしい外見に似合わず、咲は結構ひどいことを言うのだ。特に大悟はその最大の被害者である。


「う、うるせぇ! あれは、そのだな、たまたま、ヤマが外れたというか……」

「滝本君、落ち着いて落ち着いて。藤巻さん、あんまりいじらないでよ。滝本君、結果発表のあと校舎裏でこっそり泣いてたんだよ」

「泣いてねぇ! 目にゴミが入っただけだ」


 とりあえず大悟のアホは無視することにして、信也は里依紗のほうを向いた。


「まあ、そういうわけだ。悪いな」

「補習って、どうしちゃったの? なんかあった?」


 里依紗は不安そうな目で尋ねる。ただ大悟と違って、信也の場合は心配されるほど成績は悪くない。それは里依紗も知っているはずだ。


「いや、別に何もねぇけどよ……俺もそろそろ心を入れ替えて、立派な白下岬学園の生徒として」

「信也君ってば、そういうキャラじゃないでしょ? 怪しいなー怪しいなー。あ!」


 咲は意地悪そうに眼を光らせて信也を指さした。


「誰かに誘われたんでしょ! それも女の子!」


 里依紗が驚いたように口元を押さえる。


「え? そうなの」

「ま、まさか六道君、久世さんと一緒に補習を……」

「なんだとぉ! お前、あの眼鏡ちゃんと、いつのまにそんな仲になったんだよ! ちゃんと俺にも紹介しろよ」

「だーっ! 話を勝手に膨らませるなっ」


 たまらず信也は叫んだ。


「誰にも誘われてないっての。それに、一年で申し込んでるのは俺一人だ」


 世の中、そんな何でもかんでも色恋沙汰に結び付けられては困る。信也はきっぱりと言った。信也のまじめな表情に里依紗も笑みを浮かべる。


「そっかー。でもどうしようかな。ほら、日曜日にみんなで集まるでしょ? 五時間目が終わったら、その後でちょっと買い出しに付き合ってもらいたいなーって思ってたんだけど」

「そうか。じゃあ、買い物リストだけ送ってくれよ。補習が何時に終わるかわからないけど、終わった後で買い出し行って、リーシャの家に持っていくよ」


 信也の言葉に、里依紗は首を振る。


「いいってば、そこまでしなくても。うん、大丈夫。そんなにたくさんあるわけじゃないし」

「あの……荷物持ちぐらいだったら、僕でも手伝えるけど、どうかな」


 与一が遠慮がちに言うと、それに大悟と咲が続く。


「あ、俺も俺も!」

「もちろん、あたしも行く!」

「ありがと、みんな。じゃあ、お言葉に甘えてお願いするね」


 なんとなく信也は罪悪感を感じた。とはいえ、ダメなものは仕方がない。


「付き合えなくて悪いな。今度、埋め合わせするから」

「ホント? じゃあ何か考えておこうかなぁ。忘れちゃダメよ」


 里依紗は小指を立てて笑う。

 変わらないな……。

 それは、小さいころからおなじみの指切りのポーズだった。信也も小指を立ててそれに答える。


「じゃあ、放課後ね」


 里依紗と咲が立ち去ってしばらくすると、大悟が信也の方を向いて言った。


「そんで、本当のところは何が理由なんだ?」


 いつもの冗談交じりのテンションではない。珍しく真顔の大悟の横では、与一が心配そうな表情を浮かべている。信也は大げさに手を振ると明るく言った。


「大した理由じゃねぇよ。いろいろと見聞を広めたくなったってだけさ。俺たち、せっかくの高校生なのに中学のころと大してやってること変わりないだろ。そろそろ、何か変化を求めるのもいいんじゃないかって。最近すごくそう思ってるんだ」

「……そんなもんですかねぇ。ま、それでもいいけどよ。でも、せっかくのパーティをすっぽかすとかはナシだぜ」


 完全に納得したようには見えなかったが、大悟はそれ以上は聞かず立ち上がった。


「さあ、俺たちもそろそろ行こうぜ。与一と俺は、美少女二人と放課後ダブルデート! 信也、てめぇは一人で勝手に頭良くしとけ」


 スタスタと歩き出す大悟を、与一が追いかける。信也も腰を上げた。ぎゃあぎゃあと騒ぐ前の二人を見ながら、信也は少しだけ距離感を感じていた。ありふれた学園生活を生き生きと過ごす親友二人と、そこから大きく外れた別の世界に足を踏み入れてしまった自分との間に。

 本当のことはもちろん言えないけれど。

 ただ、さっき大悟に語った言葉は信也の本心でもあった。変化を求めたその先に何があるのかはわからない。でも、今の信也には変わり続けること、求め続けることこそが自分の道だという想いが強くある。

 たとえ、それがどういう結果になるとしても。

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