それがお仕事

「はい、こっちはパンフレット。楽しそうでしょう?」


 冗談とも本音ともつかない淡々とした口調の真希名から、信也は特別講習のパンフレットを受け取る。そこには、難関校突破だの夢の実現だの、まるで進学塾のようなキャッチフレーズが並んでいた。

 全部で四回のコースで、時間は金曜の放課後となっている。きっと全国統一模試の直前レベルアップを狙うということなのだろう。基本は三年生向け、それも上を目指す生徒向けの補習であることが一目瞭然だった。


「なにか、問題でも?」


 あきらかにイヤそうな信也の表情を見て真希名がにらむ。ここで言い返したところで、信也の意見が通るはずはなかった。


「いや……別にない」


 だったら最初からそういう表情をしないで、とでも言いたそうに真希名は髪をかきあげる。信也は愛想笑いをしてみせた。


「さて、じゃあ続きを説明してくれよ。上司殿」


 信也の軽口にも顔色一つ変えず、真希名は説明を始める。


「分岐宣託を顕現させるためには、そのための鍵を集める必要がある。そして、今回それは、この特別補習で発生することが予測されているの。ラグナ・エンジンの解析結果が正しければね」

「なるほど。大体は把握したけど……具体的に何をすればいい?」

「それが……残念だけど、条件が整う直前までは詳細がまったくわからないの。今回の件でわかっているのは、この特別補習で何かが起こるってことだけ」

「時間もわからないのか? せめて今日とか明日とか……」

「残念だけど、ね」


 信也は考え込む。そんな五里霧中の話を自分だけでやりきれるのだろうか。


「真希名はどうするんだよ?」

「わたしは……パス。目立ちたくないし。それに鍵は一つじゃないわ。それぞれの鍵は連動しているから発生日時が近いことも多いの。お互い別に動いた方がいい」

「でもよ、補習に出たって、何をするのかわからないんじゃ……」

「大丈夫、そのためのインデックスよ。鍵の出現状況は手元でしっかりと計算しているわ。時がくればあなたが何をすべきかを教えてくれる」


 また、こいつか。

 信也は左手に巻かれた腕時計を見る。


「クルーガー。お前、そんなことできるのか?」

「開錠ノたいみんぐ及ビ、ソノ成立ノタメノあくしょんノ指示ハ、私ノ基本機能デス。時刻ノ決定ハ、過去ノ事例ニヨレバ、条件成立ノ数十分前カラ数十秒前デス。決定サレマシタラ速ヤカニ通知シマス。終了オーバー


 相変わらず代り映えのしない無機質な人工音声だ。未来技研のコンシェルジェAI、レジィぐらい愛嬌があればともかく、機械が何を言ったって見事に説得力がない。というより、信也はまだクルーガーの言うことをあまり信じていなかった。


「うーん、ますます不安になってきた。失敗したらどうなるんだ?」

「心配しないで。ダメで元々ってところがあるのよ。分岐宣託自体が稀な出来事だし、今回のように鍵の出現条件がある程度わかっていることなんてめったにないの。失敗してもこちらは損をしないし……まあ気楽にやってちょうだい」


 こういうと、真希名は壁の時計に目をやった。信也もつられてそちらを見る。そろそろ授業が始まるころだ。


「ほかに質問は?」

「これ、場所はガーデンって書いてあるぞ。一般生徒は入れるのか?」


 真希名は信也に渡したパンフレットを覗き込む。


「一〇階のB教室ね。申し込みデータは昨日の夜に改ざんしておいたし、通行許可データも更新されてるはず。学生証があればセキュリティゲートを通れるはずよ」


 相変わらずむちゃくちゃだ!

 改ざんなどと気軽に言っているが、ほとんど犯罪の域に達している。


「まさかとは思うが、このテキストも夜中にくすねてきたのか?」


 信也は、先ほど渡された数学のテキストをペラペラとめくる。習っていないことばかりで難しい内容かどうかも判断できない。


「あら、人聞きが悪いわね。もらい忘れた、なんて職員室に出向いたら目立っちゃうじゃない。こっちから取りに行ってあげるのが親切ってものよ」


 こういうと、真希名は悪びれもせず胸を張る。信也がげんなりとため息をついたちょうどその時、予鈴が聞こえた。信也はテキストとパンフレットをカバンに詰め込むと立ち上がる。


「まあなんとかするさ。じゃあな」


 信也は真希名に手を軽く上げると、用務員室を後にして裏口から出た。もう校舎の外を歩いている生徒はまばらで、運動部の朝練もとっくに終わっている。校舎の入り口に近づくと、下駄箱のあたりに与一と大悟の姿が見えた。

 特別補習か。あいつら絶対に大笑いしやがるだろうな……。

 信也は悪友二人の反応を想像して、少しだけ気が重くなるのだった。

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