第三章 交錯する未来
道は同じでも
退屈。
生徒会長選挙に世界の命運がかかっているという木刀少女と知り合いになったり、慇懃無礼な上級生に命を狙われたり、挙句の果てに、仮想国家アルタレギオンに亡命し市民権を得る、というもはや誰に説明しても納得してもらえないような展開から二週間以上が過ぎた。最初の興奮はどこへやら、信也の一日は既に何の変哲もない日常へと逆戻りしている。
真希名が言うには、そもそも介入しなくてはいけないような宣託だの、それを取り巻くミッションなんて、めったにあるものじゃないらしい。これからスパイ映画のような忙しい日々を過ごすものだと思っていた信也は、肩透かしをくらった気分だった。
そう、真希名が問題なんだ。
図らずも信也の上司となってしまった真希名であるが、パーフェクトワンという仰々しいコードネームで呼ばれていることを知った。未来技研の
そんな彼女の指示と言えば、普段通りに生活しろ、だけである。もちろん目立ってはいけないという理由はわかるのだが、それにしたって平凡すぎる毎日だ。そのくせ、どうでもいいことで放課後に呼び出されてどうでもいい雑用をさせられたりする。明らかに職権の乱用だ。おかげで、与一や大悟と遊ぶ時間は大幅に減ってしまっていた。
ほかに変わったことと言えば、左手のインデックスぐらいである。クルーガーと名付けられたこの時計型の端末は、未来技研の職員に配られる相互対話の可能な住民登録用のデバイスということだったが……
住民登録というよりは体のいいお目付け役だっての。
対話ができるとあって、最初のうちこそ物珍しさもあり質問してみたものの、信也の持っているアルタレギオンの知識が漠然としすぎていて、一つ一つ情報を聞き出すには限度もあった。
さらに、アルタレギオンの秘匿という市民の義務を強制するという仕組みがくせものだった。一度、妹のさやかに、この一連の出来事を打ち明けようとしたことがある。しかし、最初の一言を発声するかしないかのタイミングで無慈悲な警告音声が耳元に鳴り響き、信也は強烈な電撃をくらい悶絶したのである。それ以来、クルーガーと会話することは少しトラウマになっていた。
まあ、イヤなことばかりじゃないけどな。
いいことだってもちろんあった。信也の銀行口座の残高が数十万も増えていたのである。真希名によれば、これは
割のいいバイトをしたとでも思えばいいか。
これだけあれば、銀河美少女探偵ミライちゃんの限定ブルーレイBOXや、その他グッズを買ったとしても十分にお釣りがくる。
予算的に無理だとあきらめていた、ワラブキ屋の7分の1スケール限定フィギュアだって……
「なに、ニヤニヤしてるの?」
通学中の信也の背中をショートカットの小柄な女子が叩く。
それはもちろん藤巻咲だった。
「し、してねぇし!」
周囲の男子が、卓球部のアイドルと会話する信也を嫉妬ぶかく見つめるところまでがお約束だ。
はっはっは、うらやましかろう。
「信也君、今日は早いじゃない? あたしの朝練の時間に学校に来るなんて。リーシャと何かあったの?」
「お前なぁ。何でもかんでも俺とリーシャをセットで語るなよ。邪な心を捨ててこの晴れやかな空を見ろ! 単に秋晴れが気持ちいいから早起きしてみただけだって。大体、リーシャとはこの数日話もしてないっての」
この一言は咲のお気に召さなかったようだ。目をつり上げて信也をにらみつける。
「前にも言ったでしょ。幼なじみだからって、ちょっと冷たいんじゃないの? 最近なんだか付き合い悪いみたいだし。学校で会う機会ないんだったら、たまには家にでも寄ってあげたらいいじゃない。これだから男子って……」
「今週は、別にうちの親だっているし、そもそもリーシャの家に世話になる必要なんてねぇんだ。あいつだっていろいろ忙しいだろうし」
咲は額を押さえてため息をついた。
「はぁ、なんでこんなバカで気配りの足りないヤツがいいんだろ。あたしだったら信也君なんて絶対にパスだけど」
「言ってくれるじゃねぇか。大体俺にだって選択権はあるんだからな。こっちだってお断りだ。いつも短パン姿でちやほやされてるからって、誰もがお前になびくと思うなよ」
信也はできる限り怖い顔を作って咲をにらんでみる。が、卓球部のアイドルを本気で脅せるほどクールな性格ではないし、そもそもこいつに本気で言い寄られたら余裕でなびく。
ああ悲しき男の性。
信也は可愛らしくアカンベーをする咲を見て、小さくため息をついた。
「まあ、そんなことより、今度、みんなの誕生日会やるんだっけ」
「バースデーパーティ、よ」
「なんでもいいじゃん。で、何か手伝うことある?」
「うーんと、信也君は……買い出しじゃないかなぁ。リーシャから何か聞いた?」
「まだ何にも。後で聞いてみるよ。結局、誰が来るんだっけ?」
咲が指を折って数えた。
「リーシャ、信也君、あたし、与一君、あと滝本。まあ、結局いつものメンツだけど……他に誰か、呼びたい人とかいる? さやかちゃんは?」
「さやかはバスケの試合だから無理。他に呼びたい人ねぇ……」
やっぱ……あいつかな。
信也の脳裏をよぎったのは真希名だった。彼女と知り合ってまだ間もないが、基本的に引きこもりで出不精だということだけは明確だった。どうせ貴重な休日もジャンクフードとお笑い番組で無駄に消費しているに違いない。
ただ、誘っても来ないだろうなぁ。
とにかく不愛想だし。ご馳走があるって言ったらどうだろう? いや、ダメだ。そしたらガツガツ食うだけ食ってみんなの顰蹙を買うだけに決まっている。それに、なんか不用意に知り合い増やすと存在確率が低下するんだったっけ。
「あ、意外」
咲の声にふっと我にかえる。
「信也君、あたしたちの他にも気になる人がいるんだね」
見透かされたような気がして、信也は少しどきっとした。そんな動揺を覆い隠すように、乱暴に返す。
「ばっか。そんなんじゃねぇよ」
「照れなくてもいいってば。もしかして女の子でしょ。こないだクラスに来たあの三つ編みの子? リーシャには内緒にしておいてあげるから教えて?」
「違うって」
さすがに了解なしに真希名の名前を出すわけにはいかなかった。目立つことを病的なまでに避けているわけだし、咲に知られた時点でクラスの噂になることだろう。
「信也君のけち。いいんだ、あたしリーシャに言っちゃうもんね」
「なんだ、結局言うのかよ」
信也は思わず苦笑する。別に里依紗にどう伝わろうが信也はあまり気にしていなかった。そんなことでぎくしゃくするほど薄い付き合いではないし、明確に誰がどう、という話でもない。
「じゃ、あたしは部活に行くから、後でねー!」
体育館のほうに走り出す咲に、いつものように手を振って、信也はまだ誰もいない教室へと向かった。
本当は言いたい。
信也は心の底からそう思う。自分のせいではないとはいえ、里依紗に隠し事をしていることが後ろめたい。だから、ここ数日、クラスの誰とも会わない時間に通学しているのは気楽だった。
その時計、どうしたの?
アルタレギオンの市民となった翌日に、里依紗にクルーガーのことを聞かれた。本当のことが言えるはずもなく、信也はなんとなくごまかした。彼女もそれ以上は聞いてこなかった。
やっぱ、気づかれてるよなぁ。
腕時計をずっと嫌っていた信也である。里依紗も何かを感じてはいるんだろう。それでも、しつこく聞いてこないのは彼女なりのやさしさでもあった。
いつか、本当のことを打ち明けよう。そのためにも。
信也は用務員室の扉をあけ、中にいる人物に声を掛ける。
「よう」
そこには信也が秘密を共有する仲間、久世真希名が立っていた。
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