インデックス
入国管理課の扉を開けた信也を待っていたのは、怪しげな人物のマシンガントークであった。
「デービッドから連絡は受けてるわぁ。高校生のイケメン男子が亡命って聞いてたけどぉ、でも、残念だけどイケメンて感じじゃあないわねぇ。アタシ、もうすこーし不健康そうなビジュアル系男子が好みなのよぅ。ね、アナタのお友達にそういう子いたらぜひ紹介してちょうだい。よろしくネ!」
端的に言って、怖すぎる。
鍛え上げられた筋肉をタンクトップスタイルで惜しげもなくさらし、腰をくねくねと不気味に揺らしながらおねぇ言葉を操る三十代ぐらいの短髪男性は、そういって信也に名刺を差し出した。
入国管理課長 マルコ ミハル ハタナカ。
名刺に書いてある名前から察すると、彼もどうやら日系人らしい。信也が今まで会ったことのないタイプの人間であり、そこはかとない身の危険を感じるが、助けを求めようにも真希名はいない。後で迎えに来るから、と信也を置き去りにして行ってしまったのだった。
「六道信也です。こちらで話を聞くようにデービッド局長から言われました。正直、何がなんだか良くわかってないんで……」
マルコは大きくうなずくと自分の体を抱きしめた。筋肉質の大男にこういうポーズをキメられるのは、何とも言えない迫力である。
「そうよねぇ、アタシも初めて来たときはそうだったわ。見知らぬ世界で生きていくって、か弱い女の子にはホントに大変なことだもの」
か弱い女の子って誰のことだろう?
アイデンティティが男なのか女なのか、ということよりも、そもそもこの人物に大変なことなんてあるんだろうかと信也は思った。あっけにとられている信也を気にもかけず、マルコは部屋の奥から何やら取り出してくる。
「でも安心してちょうだい。これがあるから」
マルコが差し出したのは、メタルバンドのシックな腕時計だった。文字盤の上を音もなく針が回り、時を刻んでいる。男性が着けるにはやや小ぶりだが、地味すぎるかなという点以外は悪くはないデザインだと信也は思った。
「なんすか? これ」
「信也君に、ア・ゲ・ル」
マルコは威圧感のあるウインクをして、信也の左手首に時計を巻く。すると、かすかな金属音と共にバンドが自然に締まり、適度なサイズで止まった。いったいどういう仕組みになっているのだろう。手を軽く振ってみるが、重さはほとんど感じられない。見た目は金属製だが、腕につけた感触はまるでおもちゃだ。
「真希名ちゃんとお揃いにしておいたわ。さっそく、その時計に話しかけてもらえるかしらぁ」
時計に話しかけるだって?
と言われても、何を話せばいいんだろう。
「えっとーあのーもしもし?」
戸惑いながらも、信也は時計に向かって語り掛ける。すると、どういう仕組みになっているのか、時計の文字盤が緑色に淡く輝き、デジタルディスプレイに切り替わった。アナログ表示自体がデジタルデータとして描画されていたのだろう。そして、そのまま時計を凝視する信也の左耳にやや耳障りな合成音声が流れだした。
「利用ニハ、識別コードノ設定ガヒツヨウデス」
どこから聞こえた?
今度こそぎょっとする信也に、マルコがしてやったりという顔をする。
「驚いた? その声、アナタにしか聞こえないわ。
「今、識別コードって言われましたけど……」
「この子の呼び名。なんでもいいから決めたげて。そしたら起動するから」
「……クルーガー」
信也は、呼び名と言われてふっと浮かんだワードを、あまり深く考えずにつぶやいた。それは、銀河美少女探偵ミライちゃんのパートナーであるヒョウの名前である。その声を認識したのか、時計は緑色に二回点滅し音声が流れだした。
「識別コード、くるーがー、ヲ設定シマシタ。以後ワタシノノ事ハ、くるーがート、オ呼ビクダサイ。
「なんだかすごいけど、これは何ですか?」
「これはね、未来技研の職員が持つ住民登録デバイス【インデックス】よぉ。これまでは脳内インプラントされた識別チップと外部の再生端末のセットだったけど、機能も制限されるし不便だったのよね。これなら、外科手術なんて必要ないし。いい時代になったわぁ」
「住民登録デバイス……ですか。でも何をする機械なんですか?」
「まあ、基本的には市民登録カードみたいなものよ。ついでに市民としてのルールを守ってもらうための装置でもあるわぁ。局長から聞いたと思うけど、アタシたちって、ほら日陰者でしょ。でもついつい秘密ばらしたくなっちゃうことあるじゃない。でもインデックスには情報漏洩を未然に防ぐセキュリティ機能があってね。そーゆーのを自動的に制限してくれるってわけ。もし学校でお友達にアルタレギオンのことを話そうとしたら」
「話そうとしたら……」
「ドカン!」
ヤバいヤバい!
慌てて信也は時計を外そうとするが、バンドには継ぎ目が見当たらず、外し方がまったくわからない。焦る信也に、マルコは笑いながら言った。
「ウフフ、冗談よう。でも、マジメな話、ビリビリ来ちゃったり、口の筋肉が動かなくなるぐらいはあるから、気を付けて、ネ」
「いや、ビリビリも勘弁してください。これ外せないんですか?」
マルコはニヤリと笑って言った。
「局長の許可がないと外せないわぁ。それにね。インデックスの携行は未来技研の職務規定で決まってるのよぅ」
「せめて、他に機能はないんですかね。そのヤバい機能以外の」
信也は暗い気持ちを切り替えようとそんな質問をする。少なくとも、これが単なる監視目的じゃなくって、有益な未来ガジェットを身に着けているという高揚感ぐらいは感じていたい。
それを質問されたマルコは、待っていましたとばかりに語りだした。
「もちろんあるわよぉ! まず、アルタレギオンについての一般的な情報は全てこのインデックスに聞けばわかるわ。信也君はアルタレギオンに来たばかりだから、これから少しずつこの世界の事を覚えてもらいたいんだけど、インデックスはその手助けをしてくれるの。この子が説明しだしたら、ちゃんと聞いてあげるのよぉ。あとは、ここの本部との連絡や他のデバイス同士の通信ね。例えば宣託に関するデータは、もう信じられないぐらい大きなサイズのデータだから、通常回線なんかじゃ絶対に送れないしね。まあ活用方法はいろいろあると思うワ」
「そんなもんですかね……」
マルコはしげしげとその時計を見つめる信也を満足げに眺めながら、どこからともなく書類を取り出して信也に突きつける。
「さあ、ではこれから今日のメインイベント、入国審査手続きを始めるわよぉ」
信也はそれを受け取り、ちらりと見る。
入国の手引き、と書いてあるその分厚い書類を前に、深いため息をつく信也であった。
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