異世界案内人
意外と小さいな。
信也がそのビルを見た率直な感想である。六階建ての、新しくも古くもないこじんまりとした建物で、となりにある立派な工場の受付と言われた方がしっくりくる感じだ。ただ、敷地は区切られていて、入り口には株式会社未来技研と書かれた看板が掲示されている。
「あのよ。なんか、見た目が地味っていうか……ぶっちゃけ、しょぼくね?」
真希名が冷たい目でにらむ。
「目立っていいわけないでしょ。世を忍んでいるんだから」
真希名はまっすぐビルに近づくと中に入った。簡単なエントランスはあるが受付には誰もいない。そのまま通路を抜けて、奥にあるエレベータに乗り込む。
「何階だ?」
ボタンを押そうとする信也を手で止めると、久世は左手首の時計を監視カメラにかざして名乗る。
「久世真希名です」
その名前を言い終わるやいなやエレベータは動き出す。上ではない。下だ。
しばらくして浮遊感は止まり、ドアがゆっくりと開いた。
「マジかよ……」
信也がエレベータを降りると、そこはなぜか【外】だった。上には空が広がり、太陽こそ見えないが周囲は真昼のように明るく、整備された歩道のわきには色とりどりの花が咲き誇り、さらさらと風にそよいでいる。立ち並ぶいくつもの建物は、どこか懐かしい田舎風の建物ばかりで、未来というよりもどこか懐かしい故郷に戻ってきたような趣があった。
「未来技研へ、ようこそ」
真希名がちょっと得意げにほほ笑んだ。
「俺たち、地下にいるんだよな。いったい、どうなってるんだ?」
「空や建物は単なるプロジェクションマッピングよ。解像度は段違いだけど。人の労働効率って周囲の環境に大きく左右されるから、可能な限りストレスの少ない仕事環境を設計したらこうなったってわけ」
「そうは言うけど、ホンモノにしか見えないぜ。これが全部偽物か……」
「咲いている花は本物よ。受粉ドローンの深夜労働の賜物ね。さあ、とりあえず受付を済ませましょう」
真希名は、一番手前のログハウスに向かい、カウンターの奥で作業をしている女性に声をかける。
「こんにちは」
受付を担当しているらしい女性が振り向き、真希名の顔を見て満面の笑みを浮かべた。
「真希名さん! ご無沙汰ですねー」
うら若きセミロングのブロンド少女は、完璧なイントネーションの日本語で挨拶を返した。なぜかカントリースタイルのつなぎ姿で、ご丁寧にカウボーイハットまでかぶっている。
そのうち、ネズミの着ぐるみでも出てくるんじゃないだろうな。
それは、まるでどこかのテーマパークのようだった。これも快適な労働環境を作り出すための演出ということなのだろうか。呆れる信也を気にする様子もなく、真希名は少女に話しかけた。
「調子はどう?」
「最近は処理落ちもなくって、絶好調ですっ! ところで……」
透き通った青い目をパチパチとしながら、彼女は信也のほうを向いた。
「彼? 局長に連れてくるように言われたの」
「あ、わかりました! 例の亡命申請をしている方ですね。どうも初めまして! 未来技研のコンシェルジェAI、レジィと申します!」
AIだって? いったいどこが……え、ウソだろ!
「彼女はね、ガイアの上で走っているAIプログラムなの。で、これは彼女が良く使っている受付用の筐体。本物の人間みたいでしょ」
信也は、彼女を改めて詳細に観察した。よくよく見れば、確かに肌には産毛も生えておらず、眼球もガラスめいている気がする。彼女は信也の視線に気づくと、ニコリと笑いかけた。
可愛すぎかよ……
信也は思わず赤面した。もしミライちゃんの実写ドラマがあったなら、主役を張れるほどの愛らしさである。
「初めて見る方は、いつもこの筐体を見てびっくりされるんですよね。どうしてでしょう?」
「レジ子ちゃんが可愛いからじゃない?」
「やだぁ、もう真希名さんたらぁ。おだてたって何もでませんよ?」
この数日で信也の常識は根底からひっくり返っている。今更驚くことはないと思っていたけど、金髪碧眼の人工少女なんてオタクの夢どころの話ではない。この驚きと興奮を与一や大悟と今すぐ分かち合いたいと信也は思った。
「あ、あの六道信也です。こちらこそ初めまして」
信也が手を差し出すとレジィがその手を握った。驚いたことに、ほのかな体温までが感じられる。
「わたしは、この未来技研の対話型インターフェースとして設計されました。わからないことがあったら何でも聞いてくださいね。筐体は三台しかありませんけれど、リモートアクセスによるホログラムでしたら最大で二十人までは対応できますから」
聖徳太子も顔負けだな。
「で、レジ子ちゃん。さっそくだけど局長は今どこにいるの?」
「はい、局長でしたら、事象観測課でラグナ・エンジンの解析作業に立ち会っていらっしゃいます。お呼びしますか?」
「いいわ。今から行くってことだけ伝えておいてね」
「わかりました」
カウボーイハットの少女にニコニコと手を振られながら、二人は受付棟を後にして、先へ進む。道の両脇に咲き誇る花の香りを感じながら、少し先に見えるレンガ造りの一軒家のほうに歩を進めた。二人の頭上には明るい陽射しが差し、未舗装の道に影を薄く落としている。
これが
細部に至るまで緻密に作り上げられたこの地下空間に投入された、未知の科学技術や労力を思うと、信也は気が遠くなりそうになる。
しばらく歩くと目的地に到着した。遠くで見るよりも、レンガ造りのこの建物の大きさは大きい。飾り気のない木製のドアを開けると、そこはようやく信也の見慣れた光景、無機質なよくある研究所らしい雰囲気の部屋になっていた。
さっきの建物は、映像だったのか。
外見から想像していたサイズよりもずっと大きい部屋であることに違和感を感じながら部屋を見渡すと、そこでは十人ほどの白衣を着た研究員たちが忙しそうに働いていた。
みなモニターに向かって忙しそうにキーボードをタイプしている。男性も女性も眼鏡をかけている人が多く、みなきっちりとした身なりだ。白衣を着ていなければ、大きな相場を動かす敏腕トレーダー集団という感じにも見える。
「秘密結社の割には、結構人がいるんだな」
「秘密結社って何よそれ」
信也の表現に真希名がくつくつと笑い出す。
「まあ、でも秘密結社って言うのもあながち間違ってないかもね。だって、未来技研はせいぜい五十人ぐらいの小さい組織だもの。一方、ディバイナーズにはその十倍はいるし、アルタレギオンの外にも信徒はいるから構成員となるともっと多いわ」
「アルタレギオン全体で、いったいどのぐらいの人がいるんだ?」
「そうね。全世界の支部を合わせれば十万人ぐらいじゃないかしら。未来技研は日本ドメインだけれど、未来技研に共鳴する海外の研究機関もあるのよ。一方で、ディバイナーズ寄りの人たちもいるし、我関せずの中立的なグループもあるし。まあ、いろいろよ」
真希名はそのまま奥に進み、周囲にあれこれ指示を出しているリーダーらしき男にあいさつをした。
「局長。久世真希名、出頭いたしました」
「やあ真希名君。ご苦労だった」
声を掛けられた男がこちらを向くと、まず真希名に言った。そして信也のほうを向き右手を差し出す。
「初めまして。いろいろ大変だったね。六道信也君」
日系人……かな。
東洋人とは違う褐色の肌に白髪が意外にも似合っている。眼鏡に口ひげというスタイルは、ロッキングチェアでパイプをくわえているのが似合いそうな、初老の男性だった。
「こんにちは」
信也は彼の手を握る。大きく力強い手だ。
「デービッド
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