第二章 もう一つの世界
異世界への扉
「ホントに、ここに住んでるんだな」
用務員室は、一般校舎の一階にあった。
清掃用具倉庫の奥から出入りするようになっており、そこが用務員室だと知らされなければわからないだろう。
信也は、学校の備品らしい古びた安物のソファに座ってあたりを見回した。
彼女が住み込みのアルバイトをしているというのは本当らしく、一通りの家具がそろっている。
これは、ちょっとした秘密の隠れ家だな。
狭いが、寝室と応接エリアが仕切られており、カウンターキッチン、洗面所、そしてシャワールームまでが設置されている。
想像していたよりアットホームでくつろげる空間だった。
「そんなにジロジロ見ないで」
彼女はお茶を二つテーブルに置き、信也の向かいに座る。
信也は、この状況には場違いな、ごくごく平凡なほうじ茶をすすりながら、ここまでに起きたことを一通り話す。
久世真希名は、それに口をはさむこともなく、ただ黙ってそれを聞いていた。
「で、これは、どういうことなんだ?」
全てがわからない。信也はなんのひねりもなく疑問をぶつけてみる。
彼女は、しばらく黙り込んでいたが、やがて言いづらそうに答えた。
「あなたが巻き込まれているのは、その……来年の生徒会長選挙活動なの」
「は?」
「生徒会長選挙。知らない? 生徒会長っていうのは、生徒の代表で例えば学園祭とか……」
「それは知ってるよ! えぇと、そうじゃなくて。意味がよくわからないんだけど。だって俺、殺されかけたんだぜ? 生徒会長選挙となんの関係があるんだよ」
「そう言いたくなる気持ちはわかるけど。でも……事実だもの」
そういう彼女自身も、自らの回答に納得のいかないという表情をしている。
いったい、これはなんだ?
しかたなく信也は質問を変えた。
「理由は?」
「世界のためよ」
今度は即答だった。そしてよどみなく話を続ける。
「まず私たちの世界。これは、わたしや先辺が属する世界って意味だけれど……。これは、あなたたちが知っている世界とはずいぶんと距離がある。まあ、別の世界と言ってもいいわ。そして、その世界では今、争いが起きている」
「別世界ねぇ……異世界転生とでも言うんじゃないだろうな。いったいどこにあるんだ? クローゼットの向こう側にでもあるのか?」
「茶化さないで。それは場所って意味じゃない。よく、住む世界が違うなんて言うでしょう? どこに所属するか。どういう行動規範に縛られているのか。それが違うだけで世界の意味は変わる。マフィアが法律よりもボスの指令を優先するように、わたしには法律よりも優先しなくてはならないルールがあるわ」
「ずいぶんとアナーキーな発言だな。じゃあ、なにか? この国の法律を守る必要がないと? 治外法権のナントカ国から来たお姫様かなんかってわけか」
「当たらずとも遠からず、ね。わたしは厳密には外国人扱いで、パスポートだって持っているもの。あ、もちろん法律は守るわよ。日本政府と私たちの世界の間にだって、ちゃんとした国交が開かれているから。一般の人が知らないだけで」
彼女はここで一息入れると、信也のほうを見た。冗談をいっているようには見えない。
「話を戻しましょう。私たちの世界だけれど、そこには二つの勢力があって、どちらもお互いが望む世界のために争っている。ところが、この二つの勢力が持つ力は強大すぎるの。もし争い方を間違えたら、それこそ地球が壊れてしまうぐらいの力よ。それで、二つの勢力は被害を大きくしないために、互いに競い合う場所とルールを定めた。それがこの白下岬学園で、その優勝トロフィーが生徒会長ってわけ」
「じゃあ、なんだ? 生徒会長選に勝ったほうが世界を支配するってことか?」
「正確には世界を支配するのではなくって、世界の未来が定まるの」
「未来……」
あまりにも荒唐無稽な話で、内容のほとんどが理解できなかったが、少なくとも信也には彼女を疑う気持ちはなかった。なにしろ信也は先ほど殺されかけたのだ。世界の未来ぐらい大げさなものを持ち出された方がまだ納得できる。
なにより、久世真希名のまなざしは真剣そのものだった。
「でも、なんでこの学園なんだよ。どこでもいいじゃないか。っていうか、戦いにふさわしい場所なんていくらでもあるだろ?」
「どこでもいいわけじゃないわ。ガイアの宣託だもの」
「ガイア?」
「なんて言ったらいいのかしら……スーパーコンピュータと言っていいのかな。もしくは人工知能? それも違うかな。とにかく、私たちや敵の力の源、地球そのものを巨大な
真希名は一息つくとお茶を飲み、そして話をつづける。
「それでね。そのガイアの演算能力は時間を追うごとにどんどん高まっているの。最近では、限定された範囲なら高確率で未来を予測できるようになった……それを、私たちは宣託と呼んでいる」
「選択だって? いったい何を選ぶんだ?」
「違うわ。宣託、よ。ほら、神のお告げってあるでしょう? 予言とか、そういう類の」
「……じゃあ何か。未来を予言するコンピュータが、この学園で殺し合いを指示したって? そんな話を信じろって言うのかよ」
「そんなことを言われたって、それが事実だもの。でも、殺し合いっていうのは少し違うかな。ガイアには、いわゆる人間のような意志はないの。あなたの場合、むしろガイアのシミュレーション範囲から逸脱しちゃったから狙われたのね。宣託に記述されなければ、生きてようが死んでいようがガイアには関係のないことだわ」
「でも、それだったら俺を殺す必要なんてないだろ? ただの、ごく平凡な一般生徒だぜ」
殺すとか殺されるとか。
ほうじ茶をすすりながらのんきにする話じゃ、まったくない。
「先辺はそうは思わなかったみたいね。彼らディバイナーズにとって宣託は絶対だから、その外側にいる私たちは、基本的に全て抹殺したいって思うはず」
「ディバイナーズというのはなんだ? それって敵か」
「そう。宣託に支配される哀れな使徒たち。私たちの所属する未来技研の敵だわ」
「私たちって、まだ仲間になったつもりはないぞ」
「あ、ちょっとごめんね」
電話が鳴っている。
憮然とする信也をスルーして立ち上がると、彼女はカウンターにある電話をとった。なんともクラシックでレトロなデザインの黒電話である。
「局長の許可がもらえた? それは良かったわ。じゃあ細かい部分は進めておいてね。うん、それじゃ」
電話を切った彼女は信也に告げる。
「今、手続きが受理されたわ。これで一両日中には、あなたは
「なんだそれは」
「仮想国家アルタレギオン。それはあなたが知らなかったもう一つの世界。今日、現時刻をもって、あなたはこの日本から亡命したの」
「亡命?」
真希名はこくりとうなずく。
「それって、国を捨てて、他の国に逃げ出すという……」
真希名は再びうなずく。
「ぼ、亡命だって!?」
「落ち着いて。さっきも言ったように、アルタレギオンは、この世界を壊してしまわないため戦う範囲を限定しルールを定めたの。あなたが亡命して市民権を持てば、宣託順守協定の管理下に置かれる。そして同じ市民である以上、先辺も簡単に手出しできなくなる」
「でも、そんな、亡命なんて、俺、どうしたらいいんだ?」
あまりにも突拍子な話に信也はめんくらう。そんな信也に、彼女は軽くほほ笑んだ。
「あんまり気にしなくてもいいわ。亡命と言ったってこの国を出たわけじゃないから。ただ、何かしら働いてはもらうことになると思うけどね」
「亡命……働く……強制労働でもさせられちまうのか……」
「そんなひどい話じゃないわ。いずれにせよ、今わたしが説明した話はほんの一部。詳しくはうちの局長が説明してくれるわよ」
「ダメだ! もう、まったくついていけねぇ! こんな話、誰かに説明できる気がしない!」
久世真希名はその一言を聞いて表情を険しくした。
「誰にも話してはダメよ。当たり前じゃない。そんなことしたら一発で市民権はく奪されて抹殺されちゃうわ」
「友達にも?」
「ダメ」
「親にも?」
「ダメ」
「妹にも?」
「ダメ。ついでにいうと、今日は帰れないわよ。だって、亡命手続きはまだ完了していないもの。校内ならともかく、学校を出たら間違いなく狙われる。せっかく亡命させてあげたのにあっさり死なれたんじゃ寝覚めが悪いわ」
「マジかよ……」
絶句する信也に、彼女はクールに告げた。
「正真正銘の、マジ、よ。あなたの言い方を借りればね」
「つか、手続きっていつ終わるんだよ」
「まあ、明日の夕方には……というところかな」
「じゃあ、今日はどうしたらいいんだ」
「一晩ぐらい泊めてあげるわ。もちろん、ヘンなことしたらわたしに殺されることになるけど」
こういって、彼女は首を切るジェスチャーをしてみせた。
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