高き城の男
翌日の昼休み。
特別校舎の前で話し込んでいるのは六道信也と滝本大悟、そして葛空与一の三人である。目的はもちろん久世真希名だ。噂の転校生を一目見ようと、昼食もそこそこに大悟が引っ張ってきたのだ。
大悟が信也の肩をたたく。
「なんかノリが悪いなぁ。元はと言えば、お前が会いたがってたんだろ?」
いつもいい加減で、勢いだけで生きていると言ってもいい性格の大悟にしては、めずらしく正論で、信也も同意せざるをえない。
でも、どんな顔して会えばいいんだよ……。
昨日の夜、既に教室で会ってしまった事を、結局信也は誰にも話さなかった。目立ちたくないといった彼女の言葉もある。口止めもされた。ただそれ以上に、何か普通ではない空気が、あの空間にはあった。信也の知る平和な学園生活とは違う空気。一言でいうなら危険、だ。いったい彼女があの男と何をしていたのかは知らないが、そこには軽々しく立ち入れない、人を寄せ付けない何かがあった。
なんだか深入りしたらヤバいって感じ、するんだよなぁ。
「まあ中に入れてもらえないんじゃ、会いたいも会いたくないもないけどさ」
与一は、メガネをクイっとするお得意のポーズを決めながら、身もふたもない発言をする。
三人の目の前にあるオフィスビルのような外観の建物の入り口には、屈強な体の警備員二名が直立不動で立っていた。
「さすがガーデンだな。俺たちみたいな一般生徒を理由もなく通してくれるわけはないってか」
信也は、先ほどの押し問答を思い出しながら言った。
特別校舎に入るには許可証が必要。そんなものが存在することすら知らなかった一般校舎組の三人は、意気揚々と向かっては見たものの警備員に鼻で笑われ、問答無用の門前払いを食ってしまったのだった。
ガーデン、ねぇ。
白下岬学園の特別校舎。通称ガーデン。学び舎には似つかわしくない武装した警備員と、高度な電子セキュリティシステムを備えた五十階建ての校舎、というよりも巨大なビルディングで、高等部の敷地の外れに威風堂々とそびえ立っている。
特別といっても、特に明確な審査基準があるわけではない。希望さえすれば誰でもこちらの校舎に編入できるが、一般校舎とは比べ物にならない学費がかかるため、実際に通っているのは金持ちか、学費を免除された特待生だけだ。彼女は、果たしてどっちなのだろうか。
あきらめきれない大悟が粘る。
「でもよ。待っていたら、昼休みの散歩に出てくる生徒ぐらいいるんじゃないか?」
「望みは薄いんじゃないかなぁ。この校舎には庭園があるんだって。建物の屋上が緑化された庭になってて、めっちゃきれいな場所なんだってさ。昼休みにわざわざ下界に降りてくるもの好きなんて、いないかも」
「けっ。お高く止まりやがって」
大悟が不機嫌そうにビルの上を見た。
初等部からこの学園に通う信也も、ガーデンをこんな間近で見るのは初めてだった。改めて、高い建物だと思う。あの上から見下ろす白下岬は、さぞかし気持ちの良い眺めだろう。
「まあ、こうしていても仕方ないよ。帰ろうぜ」
信也がそういって、来た道を引き返そうと歩き始めた時、後ろで与一の声がした。
「あ、誰か出てきたよ」
信也と、先に歩き始めていた大悟が振り返る。
あいつだ。
信也は、校舎を出てきた男子生徒に駆け寄った。恐らくこいつは。
「あの、すみませんが」
「ん? なんだ貴様は。ここは一般校舎に通う生徒の来る場所ではないぞ」
「昨日、会いましたよね」
髪を長めに伸ばした、神経質そうな男の眉がピクリと動く。
「……ああ」
やっぱり。
暗がりだったので確信はなかったが、それは昨日の教室にいた謎の男だった。
確か名前は先辺……礼児だったか。
先辺は、ふんと鼻を鳴らすと信也をバカにしたような目で見る。
「信也、誰だよこいつ」
「滝本君、そんな失礼な言い方ダメだよ。この人は三年生だもん」
大悟が滝本をたしなめる横で、信也は名乗った。
「一年三組の六道信也です」
先辺は信也を一瞥すると、目にかかる長髪を右手で直しながらめんどくさそうに口を開いた。
「……で。いったい何の用だ?」
「こいつらは同じクラスのクラスメートで、名前は」
先辺は、まったく興味なさそうに首を振る。
「別に、貴様らの名前などどうでもいい」
立ち去ろうとする先辺に、信也は食い下がった。
「あの、久世さんは、今日は来てましたか」
先辺が立ち止まり、振り返る。
「知らんな。彼女とはそんなに親しくないのでね」
「でも、知り合いなんですよね」
「ガーデンに編入した生徒にしては、実に平凡で地味な存在だ。私とは住む世界が違う」
食い下がる信也に先辺は退屈そうに答え、そしてまぶしそうに空を仰ぐ。
「こんな天気の良い日に貴様ら一般校舎の相手をしている時間などない。失礼する」
先辺は、そう言い捨てると、今度こそ振り向かずに歩き去った。
「なんだよあいつ! いけすかねぇ。これだからガーデンの金持ちは」
「それよりも、六道君はあの人と知り合いなの?」
「うん、まあ、知り合いというか、すれ違っただけなんだけど」
与一の問いに、なんとなく語尾を濁して答える。というか、説明のしようがない。
予鈴が鳴り響く。そろそろクラスに戻る時間だった。
「結局、美少女とは会えなかったなぁ」
「ああ、そうだな」
「そもそも、本当に美少女なのかなぁ? 久世さんって」
「与一のいうことはもっともだ。いくら生徒が多いって言っても、今のところそんな噂一つ聞かないぜ。美少女評論家の俺様としては、ちょっと信憑性に欠けるネタだわな」
「案外、六道君にだけ美少女に見えていたとか」
「一目ぼれってやつかよ。ギャハハ、それ鬼ウケる」
「ばーか。勝手に言ってろよ」
一般校舎のほうに歩きながら、信也はガーデンのほうを振り返った。
何か釈然としない。
先辺礼児。彼は、久世真希名を平凡で地味だと表現した。人目を引く容姿や、凛とした立ち居振る舞い、そして何より圧倒的な存在感。平凡で地味。それは、あまりにも彼女に似つかわしくない形容詞だった。
あれは本音だったのか。それとも。
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